第十一話 初報酬!
「任務お疲れ様です!」
ギルドに戻るとギルドマスターのホワイティが太陽のような笑顔で出迎えてくれた。
しかし改めて見てみても、やはり見た目にはアヴァンより幼い。
これでギルドマスターというのに違和感を覚えるアヴァンでもあるが。
「いや、任務っていうほど大したことじゃないけどな」
「あはは、随分と苦労していたみたいですけどね」
余裕の体を見せるアヴァンであったが、すぐにクリスが横槍をいれた。ギルマスに労われるのは悪い気がしないアヴァンであったが、猫を抱きかかえていたのがクリスであった以上、言い訳もできない。
「むぅ、でも追い詰めたのは俺だろ?」
「そうですね、ですが、アカデミーで全ての判定でS、首席で卒業した割には正直残念、あ、つい本音が、え~と過大評価?」
「……お前、結構辛辣だよな――」
わりとはっきりと感想を言われてしまい目を細めるアヴァンである。悔しいという思いは勿論あるが、こうも好き勝手言われる結果しか残せなかった自分が情けなくもある。
そしてそんな様子を端の方でお皿に注がれたミルクを飲みながら、のんきに眺めてるミーである。
「ま、まあまあ、アヴァンさんも頑張ってくれましたし、報酬の方をお願いします」
「まあ、そうですね。正直結果は微妙すぎですが、あ、つい本音――」
「それはもういい、判ったよ!」
言われる前にストッパーを欠けるアヴァンである。
とは言え仕事をこなしたことは確かということで報酬は支払われるようだ。
「それじゃあ、はい、これが依頼達成報酬の千ジュエルです」
「……はっ?」
そしてクリスから報酬を手渡される。千ジュエル札を一枚だ。それに思わずアヴァンは目を丸くさせる。
「どうしましたか? いらないのですか、報酬?」
「いやいやいやいやいや! そうじゃねぇし! おかしいだろう! 何だよ千ジュエルって! いや、そりゃ直接捕まえたのは俺じゃないけど、にしても少なすぎだろ!」
大げさなジェスチャーを交えつつ、アヴァンが激しく訴えた。想定では報酬として六千~七千ジュエルは入る筈と考えていただけにこの金額の低さに驚いたからだ。
「貴方こそ何を言っているのですか? これは特に差し引いてもいない、正式な報酬ですよ?」
「……は?」
黒目が胡麻みたいに小さくなるアヴァンである。
「どうしました鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして?」
「いやいや! だってありえないだろ! なんだよ千ジュエルって! どんだけギルドが持っていくつもりだ!」
「どういう意味です?」
「だから! 普通こういったペット探しなら最低でも依頼料一万ジュエルは取るだろうが! なのに冒険者には千ジュエルとかありえないだろう!」
クリスの正面で指をブンブン振り回すアヴァン。確かにそれが本当ならばギルドが九割も持っていくなど搾取しすぎと思えるが。
「あはは、まいりましたね、ギルドの請負金額を勝手に決められると困ってしまうのですが」
「いや、だって普通相場でいえばそうだろ!」
「どこの相場ですか? 何を根拠にしているかわかりませんが、うちにはうちのやり方がありますし他所様の相場を持ち出されても困りますよ」
「……ああ、そうだな。確かにそうだな。普通は相場ってのは安く見るもので、大体は高いことも多いからな。だけどな、ここまで安いのはありえないだろ!」
呆れたような顔を見せるクリスだが、アヴァンは納得がいかない。
とにかくクリスに食い下がるが、そこへホワイティが口をはさむ。
「あ、あのごめんなさい。実は悪いのは私なのです」
「はい?」
突然頭を下げたマスターの姿に、疑問の声を上げるアヴァンである。するとクリスがどこか慌てた様子で言葉を滑らせてくる。
「ちょ、ホワイティ様」
「いいのです。これを見て頂けますか」
しかし構うことなくホワイティがアヴァンに一枚の用紙を見せてきた。
「何? 依頼請負書? おいおいこれは依頼人とギルドとの契約書みたいなもんだろ? いいのか?」
「はい、見てもらえれば納得してもらえるかなと」
本人がいいと言うのでアヴァンは紙を手に取り、しげしげと目を通す。
「ふむ、て! 依頼請負金三千ジュエル!? なんだこれ! 本気か」
そして目が飛び出さんばかりに驚いてみせた。
「本気よ、本気じゃなかったら契約なんて結ぶわけないです」
「……あのさ、言っちゃ何だけど頭大丈夫か?」
「うちのマスターを侮辱する発言はいくら貴方でも許しませんよ」
眉間に皺を寄せて不機嫌な声を発すクリス。折角の美人が台無した。ただ、そんな表情も妙にそそるものがあるが。
「そういう問題じゃねぇだろが! 三千ジュエルって子供のお小遣いじゃないんだぞ!」
しかしアヴァンは声を荒げて抗議する。こんなのはありえない、とかなりご立腹だが。
「だったらその千ジュエルはいらないのですか?」
「いらないわけないだろ!」
「はい、じゃあ納得ということでこの件は終わりですね」
「な!?」
結局クリスに半ば無理やり話を打ち切られてしまった。絶句するアヴァンでもあるが、やれやれと彼女がため息をつく。
「大体、報酬も確認しないで引き受けたアヴァンだって悪いと私は思いますよ」
「うぐぅ――」
「それじゃあ、もういいですか?」
喉をつまらすアヴァン。確かにしっかりと確認していなかったのは事実だ。
「……わ~たよ。この件はもういい、だけどな、こんなんでこのギルドやっていけるのかよ」
「……そこは、貴方が心配することではありませんので」
「といっても気になるだろ。大体他の冒険者は何をやっているんだ? 別の依頼に出ているのか?」
「……え~と、いません」
とりあえず猫探しについては諦めることとするアヴァン。
だが、それでも心配事は消えず質問を続ける、が、そこから一拍おいてのクリスの回答に再び眼を丸くさせるアヴァンである。
「……はい?」
「だから、うちのギルドでは冒険者は今のところ貴方だけです。おめでとうアヴァン、貴方が今現在唯一のドラゴンダンスの冒険者、つまり貴方がナンバーワンですよ」
「おお! ナンバーワンか! そりゃすげー。めちゃめちゃ嬉しいぜ、ってなるかーーーーーー!」
喚くアヴァン。まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「大体俺一人って、だったらお前はなんなんだよ!」
「私はこのギルドの会計担当です。まあ他にも営業とか受付とかも兼ねてますけどね」
「……受付って、そういえばどこに受付があるんだ?」
「ここですよ」
トコトコと歩き、板をポンポンっと叩く。木箱をふたつほど積み重ねて、その上にベニヤ板を乗っけたという代物だ。正直当初はソレが何なのか理解できなかったが、よもやカウンターのつもりだったとは思いもしなかったアヴァンである。
「くそっ、頭が痛いぜ。とにかくだ! こんな千ジュエル程度の稼ぎじゃやってられない。宿だって一日で三千ジュエル必要なんだからな! なんか他に依頼ないのかよ!」
「そうですね、野良仕事とか畑仕事とか種まきとかカカシ役とか」
「全部農業じゃねぇか!」
クリスの回答にツッコむアヴァン。まさか本当に野良仕事が待っているとは思わなかった。特にカカシ役は意味がわからない。
「カカシ役なら、一日中カカシになるだけで五千ジュエルも貰えるそうなのです!」
「あ、うん、そう言われても……」
むしろ一日中カカシをやって五千ジュエルはかなり微妙だ。しかもこれはギルドに入るお金である。
「他に、なんかもっとこう、冒険者らしい仕事はないのか?」
「仕方がないですね。ですが、丁度貴方にお願いしようと思ってたのがあるのですよ」
「あるのかよ! て、なるほど薬草採取か」
依頼書を認めそう呟く。薬草採取は冒険者の仕事としてはわりとポピュラーなものだ。
「そうです。昨日も少し話したと思うけど、この町の西にある森は薬草の群生地であると同時に魔物が縄張りにしている場所でもあるのです。徘徊系はそれほど多くないんだけどね」
「なるほどな。縄張り系は基本、ここと決めた場所からは離れようとしないしな」
魔物は行動パターンによって大きく二種類に分類される。それが徘徊型と縄張り型だ。徘徊型は場所を問わず気の向くままあちらこちらへ動き回るタイプで、街道なんかに出没しやすいタイプはこのタイプである。
逆に縄張り型は、自分たちの縄張りを決めてその範囲内でのみ活動するタイプである。縄張りの大きさは魔物によって異なるが群れを作るタイプほど縄張りの範囲が広がっていく趣向にある。
この縄張りは基本、何もない平原などに決められることは少なく、森であったり山の中や洞窟であったりという場合が殆どだ。
ただ、中には小さな村などを遅い殲滅させてから縄張りにしてしまう場合もあり、そういった場合は即座に冒険者ギルドに依頼が入り討伐隊が組まれたりもする。
「それで、出没する魔物は?」
「現在までに確認されているのは、アルマジラット、ホーンラビット、グラスホッパーエッジですね。グラスホッパーエッジならそんなに多くはないですが討伐報酬も出ますよ」
グラスホッパーエッジはバッタを大きくしたような魔物だが、全身の皮膚が硬質化し刃物のように鋭い。その状態で飛び回り狙った獲物を切り裂く上、大体単体では行動せず七、八匹程度の群れで行動する。
そしてグラスホッパーエッジには縄張りにしている範囲内の植物を噛みちぎっていく修正がある。特に薬草に対してそれが顕著であり、薬草の群生地である森などで出没した際には討伐依頼が出ることが多い。
「それなら、少しは稼ぎになるかそれで報酬は……」
「これが依頼書です。集めて欲しい薬草は全部で八種類。報酬はこの手のは貴方だってわかりますよね? 採ってきた薬草の品質で大きく差が出たりするからはっきりとは明記してないいないのです」
「いや、それにしたって普通、大体幾らかとか書いてるもんじゃないか?」
「別に嫌ならいいのですが……そうですね、ではカカシにしますか?」」
「……薬草採取でいい」
さすがに一日中カカシは勘弁したいので、仕方なくアヴァンも納得を示す。流石に子猫探しとは違い、こういった依頼ならそこまで酷いことになることはないだろうと判断してのことだ。
それに少しでも稼がないと今後やっていられないのも確かなのである。
「あ、あの大丈夫ですか? わ、私治療系の魔法も使えますので、無理せず怪我をしたならすぐに戻ってきてくださいね!」
「そうですね、猫探しの時もちょっと不甲斐なかった、あ、つい本音が、え~と、頼りない?」
だが、そんなアヴァンに心配そうな目を向けるホワイティ。
そして、どうやらクリスに関しては猫の件でかなり信頼を失っているようですらある。アヴァンも中々に悔しい思いだ。
「……ふっ、舐めるなよ。あれは苦手な動物絡みだったから上手くいかなかったが、魔物退治なら俺は大得意なんだよ」
「そうですか、ではもし失敗した時は一週間カカシということで」
「勘弁してくれ!」
失敗する気は微塵もないが、とにかくカカシは勘弁願いたいアヴァンである。
とはいえ、依頼を請け負ったアヴァンは、その足で早速西の森へと急ぐのだった。




