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一泊置いて、迷宮の出入り口から武装した神子達が下りてくる。剣や槍を持つ者がいれば、重厚な鎧を纏っている者もいた。すべて加護で出現させたに違いない。
デジャブを感じる光景だった。それは向こうも同じだそうで、ホッと胸を撫で下ろしてから帰っていく。
「少し変な方法だけど、ケルベロスが危害を及ぼさないって認知され始めてる、かn?」
「威厳が無くなるのも問題じゃないかしら……仮にも高位の魔獣なんだから」
「餌付けされてる時点で駄目だし、それは本人の問題だよ。――ところでさ、ケルベロスとドラゴンってどっちが危ないの?」
「え、どうなのかしら……住んでる層はドラゴンより深い、って聞いたことあるけど」
「そっか。――でもさ」
「?」
「行動的なのは同じみたいだね」
ヘルミオネのずっと後ろ。自分達が通ってきた道を、指差しながら言ってみた。
いつの間にか。
ケルベロスとそう変わらない背丈のドラゴンが、いる。
「な、な、な……」
振り向いた矢先、ヘルミオネは腰を抜かしていた。オルトロスは彼女の腕から離れ、小さいながらも必死に威嚇をしている。
だが肝心のドラゴンは動こうとしなかった。もとい、敵意を感じさせない。こちらを凝視してはいるものの、攻撃どころか移動さえ行わずにいる。
『――』
ドラゴンは何故か礼して、俺達の頭上を飛び越えていった。向かうのはもちろん、第二層への入り口である。
姿が消えた直後に悲鳴が聞こえたが、長続きはしなかった。恐らく素通りしたんだろう。加護の千里眼で気配を探ってみるが、大勢の人がいるだけ。巨大な生物は影も形もない。
「い、いったい何なのよ……」
「お辞儀をしてきたところを見ると、ケルベロスみたいなパターンかな? ゼウスとか、その兄弟に縁のある魔獣とか」
記憶の棚を引っ張ってみるが、直ぐには思い浮かばない。ドラゴンなんて、ほとんどの神話では倒される側だし。
「……一旦帰ろう。オルトロスと一緒に大迷宮を回るわけにもいかないし」
「そ、そうね。ケルベロスのこと、神殿の人達と話さないと」
オルトロスをもう一度抱き上げ、ヘルミオネは出口を目指して歩いていく。
俺はその場に留まり、もう一度千里眼を発動させた。ドラゴンの痕跡は第二層から三層、更に奥へと続いている。やはり本来の生息域から来たのは間違いなさそうだ。
しかし何故? こちらに敵意もなかったし、頭を下げてきたのも気になる。
「ヘルミオネの知り合い、かな……?」
まさかの推測を口にして、自分でも馬鹿らしくなってきた。
だが否定に舵を切ることは出来ない。ドラゴンの視線は一度、彼女の方へと注がれていた。千里眼で感知していたのだから自信を持って言える。
「――ま、敵ではなさそうだし」
じっくり調べよう。仮に戦うことになっても、ケルベロスより浅い層から来たのであれば勝算は大きい。以前、暴走したオルトロスを破ったんだし。
「でもクッキーとは……」
毎日用意することになったらどうしよう? ケルベロスの巨体では、そう簡単に満足すまい。身体の大きさを調節してもらって、胃袋も小さくするのが精々だ。焼け石に水、かもしれないけど。
去る直前、俺はもう一度だけ下層の方を一瞥する。
早くドラゴンと戦ってみたい――子供じみた、若すぎる好奇心に苦笑したくなった。




