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軽く咳払いをして、ヘルミオネは俺と同じように前後左右を確認する。お陰でちょっと足を滑らせそうになるが、手を出すまでもなく自力で留まった。
「アタシの母親はね、身体が第一、って言ってた。自分の美貌には自信持ってる人だったから、当たり前って言えば当たり前なんだけど」
「もう少し具体的な理由とかは?」
「えっと、人は見てくれで大体分かるから、だったかしら。ほら、太ってる人にしろ痩せてる人にしろ、生活習慣は想像できるでしょ? あと表情とか目付きとか、人間はそれで全部分かるって」
「人は見た目じゃ分からない、とは違うんだね……」
「らしいわ」
まあ否定はすまい。日々の生活を積み重ねた結果が、人の外見ではあるんだから。
話しながら歩いていた所為か、いつの間にか大迷宮の一層へ辿りついている。ヘルミオネを含め、ほぼ同時に入ってきた神子以外、人影はまばらだった。
無論、第一層に人が少ないのは珍しい光景ではない。探索し尽くされているため、特定の用事がなければ第二層への通り道になるぐらいだ。
加えてここ数日、ケルベロスを発端とした異変により更に人の数が減っている。
「じゃあさっさと行きましょうか。二層の掃除がまだ終わってない筈だから、まずはそこね」
「あれ? 昨日大部分は終わった、って言ってなかった?」
「今朝になってまた状況が変わったのよ。最下層のドラゴンが出てきたりで大変だったって。重傷を負った人も何人かいるらしいわ」
「へえ……」
楽しみだ、なんて思うのは不謹慎だろうか。
これまで何度も通った二層への道を、俺とヘルミオネは並んで歩く。途中、危険度が極めて低い魔獣を目にするが、彼らは隠れるだけで何もしてこなかった。
「小鬼ね。第一層を含め、上層では一番多い魔獣だわ」
「つまり弱肉強食の最下層と」
「身も蓋もない言い方ね……まあ実際、結構な魔獣が小鬼を餌にしてるんだけどね。草食だからか、小鬼は攻撃力もほとんどないし」
「……大迷宮って、草とか育つの?」
「育つわよ?」
言われて、頭上の光に視線を移す。
ネクタル石――エーテルと呼ばれる根源物質の力で、地下空間は日中のように照らされていた。これが太陽の光と同じ機能を持っているなら、なるほど植物は育つかもしれない。
しかしこれまで地下迷宮を探索してきて、水源を見たことは一度もなかった。水路自体は見つかっても、乾燥しきっているのが常である。
「……ここ、いったい何なの?」
「アタシだって聞きたいわよ。でもこういう場所なんだから、納得するしかないじゃない。――最下層に行けば答えはあるんでしょうけど、辿りついた人は誰もいないしね」
「興味あるなあ……」
「神級の神子だったら、いつか行けるわよ。強い英雄級なら、どうにかドラゴンの相手は出来るんだし」
だといいが。
ついでにドラゴンへの興味も湧いてくる。名前から何となく想像は出来るが、実際に相対した経験はない。火を吐いてくるのか、はたまた純粋な身体能力で圧倒してくるのか――
想像を膨らませていると、逞しい咆哮が大迷宮を揺さぶった。
「ま、まさか……」
「聞き覚えがありすぎるね」
運が良かったと言うべきか、迷惑だと捉えるべきか。
エーテルの光を遮って、俺達の前に巨大な三頭犬が登場する。神子達の頭を悩ませる原因中の原因、ケルベロスだ。




