3
いつものように向かった、都市国家オンファロスの郊外。
大迷宮の前にある迷宮通りは、攻略に乗り出す神子達で溢れ返っている。露店で行われる取引も盛んで、ここが町の中心ではないかと錯覚するほどの盛況ぶりだ。
「い、いつか仕返ししてやるからね……アタシだって、や、やる時はやるのよ?」
「はいはい、期待しないで待ってるね」
「ゆ、ユキテル君、最近シビュラに似てきてない!?」
そりゃあ一週間あれば、対策ぐらい覚える。
ヘルミオネの質問を笑って誤魔化しながら、俺は大迷宮の入り口へと向かっていく。ここ最近は毎日通っているので、門番を務めている中年神子とはすっかり顔見知りだ。
「ようユキテル。今回もヘルミオネちゃんとかい?」
「ええ。……ところでケルベロスですけど、上の層には最近?」
「ああ、来てねえよ。今後も来ない保証はないがな。――甘い食いもんだっけ? 持ちこんじゃ駄目なんだろ?」
「兄弟揃って大好物みたいですからね。味を覚えさせないようにした方がいいと思います」
最下層に住む魔獣・ケルベロス。
彼が上層にやってきたため、迷宮の生態系に乱れが生じた。となれば上に来ないよう対策するのは当然。大好物のクッキーなんかは、持ち込まないよう告知が出されている。
まあ苦肉の策ではあるんだろう。オルトロスが攫われた日以降、ケルベロスとは会っていない。上層に来ないよう直接指示したいのだが、接触さえ図れていないのが現状だ。
「出現した場合は連絡してください。シビュラの特効薬もありますし」
「おう、任せとけ」
会釈をしてから、だいぶ慣れてきた階段を下りていく。ヘルミオネも直ぐ追いついてきた。
地下に降り始めてから、最初の層が見えるまでは少々時間がある。……この時間は独特なもので、不思議と口を閉ざしたくなる雰囲気があった。
魔獣の住処へ足を踏み入れる覚悟ゆえか、それとも――
「ところでシビュラの名前、考えてくれた?」
いい加減顔色が戻ってきたヘルミオネは、横に並ぶなり問いかける。
「まだ全然。毎晩聞かれてるけど、そう簡単にはね」
「自分一人で決めてくれ、って言われたんでしょ? ……いくつかアイディアがあるなら、賛否ぐらいは答えてあげるけど?」
「――ウラニア、ってどうかな?」
「どっかで聞いたことのある名前ね。意味は?」
「意味……純粋な愛情、じゃなかったかな。肉欲を含まない感じの」
ぶっちゃけた話、美の女神・アプロディテの渾名である。
一時、これにしようかと考えていた。が、名前としては仰々しいというか、個人的な願望が表に出ているというか。
「――つまり俺の嫁宣言なわけね?」
「まあそういう風に聞こえるよね……もう少し落ち着いた名前にするべきかな」
「んー、あの子は喜ぶと思うわよ? それに名前を貰ったからって、世間で名乗るかどうかは別でしょう? 二人の秘密なんだし、恥ずかしがることないじゃない」
「だろうけど……」
意味を知ってる分、こっちが耐えられなくなりそうだ。
もちろん名前のような交流をしたい気持ちはある。だが一方で、シビュラという肉体に興味を持たないのも、それはそれで失礼な気がした。
「ねえ、女性についてちょっと聞きたいんだけど」
「え? アタシに?」
「姿の見えない幽霊と話してるわけじゃないからね。――で、質問なんだけどさ。愛情ってどこから始まるものだと思う? 身体? 精神?」
「え、ええええっ!? アタシに答えろって!?」
「だから君以外に誰がいるのかと」
前後を見てみると、いるのは屈強な男達だけだ。――正直、この疑問をぶつけるには抵抗感がある。
ヘルミオネは少し迷った後、大きく深呼吸して話し始めた。
「あ、アタシに聞かれたって困るわよ。今まで恋人なんていたことないんだし……」
「有益な情報をありがとう。……まあ別にさ、イメージとか理想とかで構わないよ。誰かの受け売りだっていいんだ」
「……じゃあ、母さんからの受け売りでいい?」
「もちろん」




