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小説版:付喪神戦記  作者: イルミネーション
第1部「非日常編」
1/2

第1話「日常から非日常へ」

 付喪神とは、人類によって作られた器物に誕生し授かる霊的存在である。

 

 ――北海道太平市太平町にある太平高等学校。

 朝のホームルーム前、まだ完全には目覚めていない教室に、元気な声が響いた。

「おっはよー、皆!」

 教室の扉を開けながら、()(とり)(しのぶ)が明るく挨拶する。

 忍は北海道千代市出身。スポーツの天才で成績も優秀な高校二年生である。

「おー、おはよ手鳥」

 軽く手を上げて応えたのは、(きの)(した)(みき)()。高校に入学してからできた友人である。

「相変わらず元気だな」

 幹斗の次に忍に声を掛けたのは(めぐり)()()()。額に赤いバンダナを巻いている。玲衣也は太平高入学してからの友人だが、幹斗は玲衣也とは太平市第一太平小学校からの友人である。

 玲衣也の父親の巡正義は警察官で、“道警の鬼”と呼ばれるほど厳しく優秀な人物である。玲衣也もそんな父の背中を追って、警察官を夢見ている。

 玲衣也の身体能力は非常に高く、体育では忍とまともに張り合える数少ない人物だ。

「忍、今日の数学の単元テスト、自信あるか?」

 声をかけてきたのは、(くろ)(ざき)(たい)()。忍とは千代市立広末小学校の頃からの付き合いで、忍の親友である。

 黒崎という苗字が体を表しており、黒が好きである。服も持ち物もだいたい黒ばかり。しかし、下の名前は明るい性格であることを表しており、苗字と名前で表しているものが逆である。

 黒崎には弟と妹が一人ずつおり、面倒見のいい長男である。

「やべッ! まあ、なんとかなるわな。ちゃんと勉強してるし」

「嫌味~!」

 幹斗が肩をすくめる。

「その驕りに、足をすくわれないといいな、手鳥」

 静かな声で言ったのは、(ふじ)()(じょう)(すけ)。藤木もまた、忍の広末小学校からの友人である。

 少し嫌味っぽい言動が目立つ男だが、本質的には他人を尊重する性格で、人の人格をよく見ている「根はいい奴」タイプ。

 この学年で一番勉強ができるが、その代わり体育は壊滅的。

「忍、ちょっといいかしら?」

 背後から声がかかる。忍は振り向き、思わず顔をしかめた。

「ゲッ! 陽子!」

「『ゲッ!』ってなによ⁉」

 腕を組んで睨んでいるのは、日向(ひなた)(ざか)(よう)()。第二メリー幼稚園の頃からの幼なじみで、今では忍の恋人でもある。日本人には珍しく、生まれつき髪が赤毛である。

 口うるさい性格だが、それは世話焼きで優しい証拠でもある。

「不安だから、あんたの数学の実力見せてごらん」

「俺を信じろよ⁉」

 忍が大げさな反応で言葉を返す。

「相変わらずな夫婦仲だな、お前ら」

 藤木が呆れたように言う。

「うっさい!」

 陽子はすぐさま怒鳴り返した。その横で、黒崎が机に突っ伏しながら小さく嘆く。

「俺も彼女欲しい……勇平と忍は彼女いんのに、俺だけいない」

「俺もいねえよ」

 藤木が淡々と返す。

 そんなやり取りに、教室のあちこちから笑い声が起きた。


 ――放課後。

 黒崎と玲衣也は部活のため学校に残った。黒崎はバスケ部で、玲衣也は柔道と空手の兼部。今日は空手部の日である。

 忍は、藤木と陽子と幹斗の三人といっしょに、太平駅へ向かって歩いていた。

 夕方の空はすでにオレンジ色に染まり、帰宅する他の生徒たちの声が通学路を賑わしている。

「どうじゃ陽子、テストなんとかなったろ?」

「まだ結果が出てないでしょ。全く」

 得意げに言う忍に陽子は呆れた。

「忍~、部活やってねえの勿体ないぞお前」

 幹斗が横から言うと、藤木も進言した。

「そうだ手鳥、俺みたいに才能皆無なわけじゃないくせに」

「そうそう。むしろ天才じゃん!」

 陽子が大きくうなずく。

「おい陽子、それ俺に対する当て付けか?」

「あ、ごめん」

 陽子は軽く藤木に謝る。

 忍は苦笑しながら、手を軽く振って言った。

「別に俺は、助っ人頼まれる時だけでいいよ。部活特有の下らない理不尽な規律と上下関係は俺の肌に合わん」

「嫌味な奴だなあ」

 藤木が呆れた声を出す。

「俺からすりゃあ、藤木の勉強の才能のほうがうらやましい。ま、隣の芝生は青いってやつだってばよ」

 その言葉に、藤木は少しだけ黙った。

「……天才は、確かにいる」

 静かに言う。幹斗は「お、おい」と少し焦る。

「だが俺は、才能があるから勉強できるんじゃない。努力してるからできるんだ」

 一瞬、空気が重くなりかける。

 その空気を破るように、陽子が笑った。

「そう落ち込まないの! 忍はあれだよ、忍者の血引いてるからスポーツできるの!」

「お前、なんで知ってんだよ⁉」

 忍が思わず振り向く。

「あんた小学生の頃、散々言いふらしてたじゃん」

「あ、そうだった」

 思い出した忍は誤魔化すように頭をかく。

「マジかよ忍!」

「マジだぜ木下。俺も最初は『バカかコイツ嘘つきか?』と思ってた。でもガチなんだなこれが」

「さりげなくボロクソ言うじゃんかよお前」

 藤木の発言に、忍は苦笑する。

「そういや、お前の家にある蔵、やっぱ手裏剣とかあるのか?」

 藤木はふと思い出したように言った。

「あー、たしかあったな。何年も見てねえけど」

 忍の答えに、幹斗は「スゲエ……」と思わずつぶやく。

「巻物とか今度見せてくれよ。さすがに読めねえけど中身見たい」

 藤木が要求すると、陽子が即座に乗っかりだす。

「じゃあ明日、ちゃんと持ってきてよ!」

「決定!」

 幹斗も賛同する。

「お前ら勝手に決めんなよ!」

 忍は思わず声を上げた。

 ふと、考える。

(そういえばあの蔵、何年も入っていない)

 忍の家の裏手にある古い蔵。子供の頃、忍具や古い道具があるし、なにより秘密基地にするには充分魅力的な場所だったので、よく友達を連れてイタズラしていた。

 太平駅に着いた。

「それじゃあ、また明日な~」

「おう!」

 幹斗は太平市に住んでいるため、忍達はそこで幹斗と別れた。


 電車に揺られ、忍たちは千代市へと到着した。

 千代市は忍たちの住んでいる市で、“北海道の玄関”で知られる〈新千代空港〉で有名だ。

 千代駅の改札を出ると、藤木が腕時計を確認した。

「そんじゃ、俺バイト。じゃあな」

「おう、頑張れよ」

「また明日ね」

 忍と陽子がそれぞれ声をかけると、藤木は軽く手を上げて駅を出ていった。

 残された忍と陽子は、同じ方向へ歩き出す。家が近いため、途中までは帰り道が同じだった。

 夕方の空気は少し冷たく、街灯がぽつぽつと灯り始めている。

「ねえ!蔵の中からさ、オバケとか出てくるんじゃないの?」

「出てきたら、がんじょう先生呼ぶよ」

 忍が冗談半分で答える。

 がんじょう先生――本名、(がん)(じょう)(ひらぎ)

 忍、陽子、藤木、黒崎、そして尾形勇平――彼らが小学四年生の時の担任教師だった。

 広末小学校は、正直言ってまともな教師が少なかった。しかし、がんじょう先生だけは違った。公平で、児童一人一人の性格をきちんと見てくれて、家庭に問題を抱えていたクラスメイトを救ったこともある。

 教師として当たり前のことを当たり前にこなし、そして、それ以上のことをしてくれる人だった。

 それに、がんじょう先生はよく授業の合間にオカルト話をしてくれてた。現実からかけ離れている内容はがんじょう先生が言うと不思議と本当のように感じられる。

「がんじょう先生! 懐かしいわ~。元気にしてるかな?」

「元気だろ。わざわざ小四終わるとき、卒業式でもないのに“思い出のアルバム”全員分作ったんだぞ。しかもそこに自分の電話番号書いといてさ、『困ったら連絡ください。オカルト関連でも可。なんでもどうぞ』ってよ」

「そんなことしてたっけ?」

「してたしてた」

 陽子は少し考えてから頷く。

「……今度連絡してみようかな。久しぶりに話してみたいし」

「すればいいやん」

 忍が軽く言うと、陽子は急に立ち止まった。

「ここで一つ予言しましょう!」

「なんだってばよ急に?」

 陽子は忍を指差した。

「忍は近いうちに、がんじょう先生に連絡する!」

 忍は少し間を置いた。

「……根拠は?」

「女の勘!」

「やはり」

 忍が呆れたように言うと、陽子は背を向けた。

「じゃあね、忍! また明日!」

「うい」

 手を軽く振りながら、忍は陽子を見送った。

 そして一人になった帰り道で、ふと思い出す――家の倉――忍者道具の話を。手裏剣やマキビシはもちろん、巻物も確かにあった。

「……久しぶりに見てみるか」

 忍は頭をかきながら、頼まれたことを果たしに、足早に帰路を歩いた。


 ――千代市稲田町・手鳥宅

 手鳥宅は和風の少し大きな家で、土地は大きく築地塀で囲まれている。

 古いが手入れは行き届いており、広い庭には松の木と、小さな池、そして奥の方には古びた蔵が一つ建っている。

 塀の門――数寄屋門を開けて跨ぎ、そのまま家の玄関に向かい、帰宅する。

「ただいまー、母さん」

「お帰りなさい、忍ちゃん」

 茶の間から母の声が返ってくる。

 茶の間に入ると、母がソファーに座って、テレビニュースを視聴していた。

『本日午後、千代市内にある違法薬物の密売拠点に、警察の捜査員が一斉に家宅捜索に入りました。

 この拠点は、組織的な密売グループが使用していたとみられ、警察はこれまでに、室内にいたメンバーとみられる男女数人を現行犯逮捕しました。

 その後の捜査関係者への取材で、このグループはこれまでに、違法薬物の密売によって、少なくとも数百万円に上る不正な利益を得ていたとみられることが新たに分かりました。』

 ニュースキャスターの淡々とした声が、忍の耳にも入るが、すぐにほとんど反対の耳から抜け出る。けれど、地元なので忍もなんとなくこのニュースを流し見している。

「やーねえ、ホント。千代市は治安が悪くて」

 母はニュースで気が軽く滅入る。

 テレビのモニターに、いかにもな悪人面をした若い男の顔写真が表示された。

『一方、警察の捜索当時、このグループを率いるリーダー格の男と思われる()(わか)(ゆう)()(すけ)は部屋におらず、現在、行方をくらませていることが新たに分かりました。男自身も違法な薬物を使用し、現在も所持している可能性があることから、警察は――』

 男の顔を見て、母は忍に振り返る。

「この人、まだ若いのに。忍ちゃんの年代も(つぼ)(こう)(しゅん)とかいたし、大丈夫かしら」

 (つぼ)(こう)(しゅん)――忍達の同級生で、広末小どころか、近隣の小学校まで、同年代の人間なら知らない者はいないほどの危険人物だ。

 ただでさえ忍の世代――特に広末小の忍達の世代は、性格の悪い人物が多かった。性悪なのはデフォルト、通常の問題児以上の問題児が多数というレベルの学年だった。

 だが、その中でもなお異質だったのが坪浩春である。中学三年生の頃からクスリに手を出し、さらには売買をしていたのた。最高で月に百万円近く稼いだこともあるらしい。

 もっとも、奴がクスリをやっていたことと売買していたことまでは、一部の近しい人間を除いて、さすがにあまり知られていない。

 忍はリュックを肩から外しながら言った。

「母さん、庭の蔵の鍵ある?」

 母親は少し首をかしげる。

「玄関に置いてあるけど、なにするの?」

「なんでも」

 あまりにもいいかげんな返事だった。

「そうかい」

 だが母親は深く追及しない。忍は昔から、妙なことをしても特に問題を起こすタイプではなかったからだ。

 忍は自室に荷物を置き、すぐに玄関へ戻った。

 靴箱の上に置かれていた古い鍵を手に取る。金属がわずかに冷たい。

 そのまま外へ出ると、夕方の風が庭を抜けていった。視線の先。庭の奥にある蔵、木製の扉は黒ずみ、長い年月を感じさせる。

 忍はその前に立った。

「……何年ぶりだ、ここイタズラするの」

 小学生の頃、秘密基地にしていた思い出の場所に、懐かしさと少しの高揚感を覚える。

 忍は鍵を差し込んだ。古びた錠が、ゆっくりと音を立てて回り、開錠した。

 そして蔵の扉を開けた。蔵の中へ足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 外の夕方の空気とは明らかに違う。長い年月閉じ込められていた、古い木と埃の匂いが鼻を刺す。

 忍は両手を口元に当て、大げさに叫んだ。

「さあ出てこいオバケ妖怪幽霊! 我が恩師、がんじょう先生が相手してくれるってばよッ!」

 そう言いながら、忍は大きく足音をたてて奥へ進む。怖がる様子はまったくない。むしろ少し楽しそうだ。

「うっはー、埃くせえ……」

 床を見て、ふと懐かしそうに笑う。

「あ、チョコの包み紙! こん中で食ってたなァ」

 小学生の頃、この蔵は忍たちの秘密基地だった。

 怒られると分かっていても友達を呼んで一緒に忍び込んでは、お菓子を食べたり妖怪ウォッチをプレイしたりしていた。

 蔵の中には、古い棚や木箱が並んでいる。そして、その多くは忍者道具が収められていた。手裏剣、クナイ、忍者刀、マキビシ――さらには巻物などなど。まるで時代劇の小道具倉庫のような光景だった。

「おおー……相変わらずあるな」

 忍は棚を眺めながら呟く。

「とりま、明日学校に持ってくものを……」

 手裏剣が目に映る。

「……忍者と言えば手裏剣だな」

 忍は棚から一枚、手裏剣を手に取った。

「これ持ってって皆驚かせたるわグヘヘ」

 とりあえず手裏剣一枚は確定。残りは藤木の注文である巻物にすることにした。巻物が並んでいる棚に目を向ける。

 そのときだった。

「……ん?」

 忍の視線が、一つの巻物で止まった。

 他の巻物とはどこか違う。古いのは同じだが、妙に存在感がある。まるでそこだけ空気が重いような、不思議な違和感。

「なんだあれ?」

 忍はゆっくり近づく。心臓がわずかに高鳴った。

「まさか……本当にオバケじゃねえよな? オバケ云々は小四の頃だけで充分だ」

 思わず苦笑する。

 そう言いながら、巻物に手を伸ばした。そして触れた瞬間、

「⁉」

 空気が一変した。蔵の中の温度が一瞬で変わる。静まり返っていた空間が、ざわりと揺れた。

 巻物から、淡い光が滲み出す。その光が形を取り人の姿になった。

 忍者装束を身にまとった、全長が忍の頭一つ分大きい大柄な霊的存在が、ふわりと宙に浮かんでいる。

 忍は思わず叫んだ。

「うおおい⁉ なにこれオバケ⁉ いや、幽波紋(スタンド)⁉」

 その存在は、腕を組み、どこか誇らしげに言った。

「拙者は、(つく)()(がみ)

 声は意外と落ち着いている。そして、一拍置いてから名乗った。

(まき)(もの)(つく)()(がみ)――(にん)()(ろう)じゃ」

 忍者頭巾から覗く瞳――目に当たる部分が左右共真っ白な丸で、同じく頭巾から覗く肌にあたる部分は黒人の肌よりも、そして人間離れした黒をしている。その異様な目を、忍の目にしっかり合わせた。


 ――千代市・市街地

 パトロール中の警察官二人が、愚痴を吐きながら公務に従事している。

「全く……なんで北海道の玄関って言われてるのに、治安悪いんだここは」

 若い警察官が肩をすくめる。

「空港あるからだろ? 外国人の通過門だし、実際」

 片方の警察官も、同期の愚痴の原因について、軽く分析して答える。

「まあ、それもそうか……」

「というか治安が“悪い”というより、治安が“良くない”のほうが適切な気がするぞ。なんかニュアンス的に」

「分からなくもないな、なんかそれ」

 そんな会話をしていたその時、手に古びたハンマーを持ち、俯いている男性が歩いて来ている。警察官二人には目もくれず、というか気付いていない感じがする。

「「……」」

 しかし、あからさまなその様子に、二人共呼び止める。 

「そこの人、ちょっといいですか?」

 許可を取るが、事情聴取なんてほとんど強制である。

「すみませんが、なんでハンマーを持ち歩いているのですカ――」

 警察官は衝突したように後ろに吹っ飛び、そのまま倒れた。

「⁉」

 もう一人の警察官はそれに驚く。遠目に吹っ飛ばされた同期の顔を見ると、目が見開き、口から血が滴っている――死んでいる。

「お前!」

 反射的に男へ振り向く。現状からしてこの男がやったに違いない。とっさに男のハンマーを握っている手の腕を掴む。

「何をしたんだ⁉ ――!」

 男の顔には見覚えがあった。その顔は、今日この千代市で逮捕された麻薬密売グループのリーダーの顔だった。

 取り逃がした犯罪者との思わぬ対峙と思わぬ手柄に緊張するのも束の間、

「⁉」

 吹っ飛ばされた。なにに衝突したのか、見えなかった。間もなくその警官も、衝撃の痛みに事切れた。

 二つの死体――それも警察官の死体に、男は気にもとめずに歩を再開した。


 ――手鳥宅・蔵

 忍は埃まみれの床にしゃがみ込み、スマホを取り出した。画面をスワイプしながら検索する。

「付喪神……っと」

 画面に表示された説明を流し見て、漠然と理解してから呟いた。

「――つまり、お前はその巻物に取り憑いた霊みたいな――すなわち“付喪神”ってわーけね」

 ふわりと数センチ宙に浮かぶ忍者姿の付喪神――忍太郎は、すぐさま訂正した。

「取り憑くではない。この巻物から生まれたのじゃ」

「あーはいはい」

 忍は適当に頷く。

「……ジョジョの幽波紋(スタンド)にもあったなあ。アヌビス神だったか? まあいい」

 スマホをポケットにしまいながら、忍は忍太郎を見上げた。

「お前、とにかくどうする?」

 忍太郎は腕を組み、じっと忍の顔を見つめる。

「顔立ちからして……お主はあのわっぱじゃな」

「わっぱ?」

「ここでイタズラしておった小童よ。拙者はずっと前から付喪神になっておったから、その時から見ておったぞ」

「……」

 忍の顔が固まる。そして、慌てて手を振った。

「こ、ここ子どもの頃のことだし! それに、子どものやったことなんで、みみみ見逃してクレメンス!」

 完全に言い訳である。本来なら被害者側が言うセリフだ。それを自覚しつつも、思わず口から出てしまった。

 しかし忍太郎は特に気にすることなく許した。

「まあいいじゃろう」

 読者へ――『子どものやったこと』やそれと似たセリフは被害者側のセリフだから、もし誰かに迷惑をかけてしまい加害者になってしまった場合は、間違ってもこのセリフを絶対使うなよ? 肝に銘じとけや。

「しかし、拙者を見つけたのもお主ゆえ――今の拙者はお主の所有物にもなった」

「勝手に所有物になられても……」

 忍は眉をひそめる。

「付喪神が宿った物は、普通の物と何が違うんだ?」

「拙者がこの巻物の付喪神として生まれてから、この巻物は――魔道具のようなものになっておる」

「と、すると?」

 忍が身を乗り出す。忍太郎は説明を続けた。

「この巻物を咥えながらかつ、記されている忍具を想像しながら手で印を結ぶことで――忍法が扱える!」

「マジか‼」

 テンションが一気に上がる。こんなに心が弾むなんて、小学生の頃を思い出す。

 しかし忍太郎は指を立てた。

「ただし、書かれている忍具のみじゃ。書かれておらぬ忍具を想像しても意味はない」

「ほうほう」

 忍は頷きながら巻物を見る。

「まあ、たしか忍太郎か? この巻物、俺の部屋持ってくがいいか?」

 忍太郎は腕を組んだまま頷いた。

「構わぬ。拙者の本体はその巻物じゃ。持って行こうが、それがある限り拙者はその場におる」

「なるほどな。じゃ、せめて巻物の中に引っ込んでくれね? 俺の部屋入ったら出てきていいからよ」

 忍太郎はすぐに頷いて了承した。

「うむ、よかろう」

 すると体が光に包まれ、忍太郎の姿は巻物の中へ吸い込まれるように消えた。

 静まり返る蔵。だが次の瞬間、巻物の中から声が発せられた。

「ところでお主、名前は?」

「その状態でもしゃべれんのかよ」

 少し苦笑してから答える。

「俺は、手鳥忍」

 一瞬の沈黙。そして巻物の中から、どこか納得したような声が返ってきた。

「手鳥……。やはりお主は子孫なんじゃな」

 忍は肩をすくめた。

「……こんな倉あるし、なんなら中にいかにもな代物があるから分かってたけど、改めてうちは忍者の家系なんすね」

 蔵の中を軽く見回す。古びた忍具の数々――子どもの頃はただの遊び道具にしか思えなかったが、今は少し違って見えた。

「ま、いいや。家戻るか」

 そう呟き、手裏剣一枚と付喪神が宿った巻物を一つ持って、忍は蔵を後にした。

 家の灯りが、庭の向こうで静かに揺れていた。


 ――忍の部屋

 忍の部屋には、壁には本棚があり、ほとんど漫画しか置かれていない。〈NARUTO〉、〈烈火の炎〉、〈呪術廻戦〉、〈ONE PIECE〉などなど。小説は〈Re:ゼロから始める異世界生活〉がわずか三巻まで。〈とある魔術の禁書目録〉――通称:〈旧約禁書〉も三巻までしかない。

 入ってすぐ隅にはサッカーボールが置かれている。

 入室して忍はすぐさま椅子に座り、机の上に巻物を広げる。どうせなら読もうと思って。

「……読めねえ」

 巻物に書かれている文字は、明らかに現代の日本語ではない。古い崩し字のような、歪んだ文字だ。

 分かり切っていたが、解読は諦めてさっそく機能を試すことにした。まずは書かれている忍具を確認する。

「……手裏剣、クナイ、マキビシ、鎖分銅、鎖鎌! 忍者刀! は? 焙烙玉まで⁉」

 焙烙玉――簡単に言えば爆弾である。

「揃っておるじゃろう?」

 巻物状態の忍太郎が忍に言う。

「武器の時点で危険だが、爆弾は限度超えてるだろ」

 ごもっともな反応する忍だが、巻物の筆者に言うべきである。

「忍具はこれ咥えていると生成できるんだよな?」

「その通りじゃ。ほれ、はやく巻けい」

「急かすなや」

 忍太郎に急かされ、広げた巻物を手早く巻く。

「咥えてためしにクナイを出してみい」

 忍は咥えるのを少しためらう。埃っぽく古びた布であるため無理もない。

 軽く埃を払った。そして、口に咥える。

(ぜってー後でうがいしよ)

 内心でそう固く誓った。

 巻物を咥えたまま、忍は思わず口角を上げた。

「ふふふ……()(めちゅ)(にょ)()(じゅ)()スタンド(ふたんど)ときた(くァ)

 口に物をくわえているので、声が変になる。

「なんと言うたのじゃ?」

「気にすんな」

 わざわざ巻物を外してから声を返した。再び加える。忍太郎がひとりでに、忍の背後に顕現した。傍目からして、背後に守護霊を展開している絵になる。

「ほれ、想像して印を結ぶのじゃ。印ならなんでもよい」

 忍は目を閉じる。頭の中に、クナイの形を思い浮かべる。

 すると、忍太郎の手元に、黒い金属の刃が現れた――クナイだ。

 忍は目を見開いた。

「スッゲエ! マジだ!」

 その瞬間、忍の口から巻物が落ちた。すると、クナイが透明化していき、やがて消滅した。

「……あれ?」

「当然じゃ。発動条件は、巻物を咥えているときじゃからの」

 忍太郎は当たり前のように説明した。

 忍は巻物を拾い上げ、いぶかし気に見つめながら忍太郎の続きの説明を聞く。

「拙者を動かすのはお主。そして、お主が頭の中で想像することにより、拙者はクナイや忍者刀を手にし、強化される」

 少し誇らしげに胸を張る。

「そして、その強化された拙者をお主が操って敵と戦うのじゃよ」

 忍は少し肩を落とす。

「……なーんだ、俺自身はそのクナイとか使えないのか」

「そう沈むでない。忍よ、一応お主もこの忍具を直接使えるぞ」

「ならいいや。けどさあ、戦なんて今の時代ねえよ。ま、防衛には使えるけど……」

 ふと、現実的な問題が頭に浮かんだ。

「いや、周りの目が痛いな。うん」

 忍は想像した――もし街中で忍太郎を召喚して戦ったら、どう考えても大騒ぎになる。スマホで動画撮られて、SNSで拡散されて終わりである。

 しかし忍太郎は、きっぱりと言った。

「命の瀬戸際に、周りの目を気にするなどアホか」

「……言うね君、たしかにその通り」

 一本取られた。

 その時、階下の茶の間から声が聞こえてきた。

「忍ちゃーん! ご飯よ〜!」

 母の声。忍は立ち上がる。

「ほーい!」

 巻物を机の上に置いた。

「じゃ、続きはまた後で頼むよ」

 ドアへ向かいながら、ふと思い出したように振り返る。

「あ、ところでお前飯食うか?」

「付喪神に食事は不要。お主、忍者なら飯など兵糧丸で充分じゃろう」

 忍は眉をひそめた。

「兵糧丸? ……あーあれか、忍たま乱太郎であったな」

 兵糧丸は〈忍者飯〉というお菓子のアイディア元にもなった食品である。

 忍はため息をつき、ドアノブに手をかけながら言う。

「……時代を考えろよ。そもそも俺は忍者じゃねえ、先祖が忍者なだけだ」

 なんなら忍と忍の両親は先祖の忍者に全く興味ない。

「むう、そうか」

 忍は部屋を出る直前、本棚を指差した。

「そこにNARUTOと烈火の炎とかあるから、読みたければ読んでていいぞ」

 そしてそのまま部屋を出て、階段を降りていく。

(そういや忍太郎……多分漫画読めねーな。まあいいか)

 一瞬考えたが、すぐにどうでもよくなった。


 ――手鳥宅・茶の間

 食卓には、温かい夕飯が並んでいた。

 焼き魚、味噌汁、白いご飯――ごく普通の家庭の夕食である。

 テーブルを囲むのは、忍と忍ママ――()(とり)椿(つばき)の二人だけ。忍の父――()(とり)(たい)()は、まだ仕事中であるので不在。

 忍が箸で魚をほぐしながら食べていると、椿がふと聞く。

「ところで忍ちゃん、蔵の中でなにしてたの?」

 忍は少し考えてから答えた。

「久しぶりに秘密基地を拝みたかっただけさ」

 小学生の頃の思い出だ。

 椿は少し笑う。

「そう」

「母さん、ゆで卵ある?」

「冷蔵庫に入ってるよ」

「センキュー」

 立ち上がって冷蔵庫に向かい、ゆで卵を一つ取り出した。その時、なにかが壊れる音が大きく響いた。音は玄関の方からだ。

「⁉」「なんだ⁉」

 忍はゆで卵をポケットに入れる。

 椿も立ち上がった。二人一緒に廊下に出る。

 玄関を見ると、そこで立っていたのは一人の男だった。異様に血走った目つきは焦点が合っておらず、顔が少し青く、呼吸も荒い。手には古びたハンマー――明らかにまともな人間ではない。

 忍は思わず叫んだ。

「誰だよお前⁉」

 椿は男の顔を見て気付き、顔が蒼白となる。

「あ……テレビに報道されてた人」

「⁉」

 その言葉に、忍も流し見していたさっきのニュースを思い出した。この男は現在、麻薬密売グループのリーダーで、ヤク物中毒者であることも。

 男はゆっくりと口を開いた。

「……サツの野郎は、多分死んだな」

「おおおい、物騒なことを」 

 忍は思わずツッコむ。

 男はゆっくりハンマーを持ち上げ、忍たちへ向けた。

「おいお前ら、しばらく俺をかくまえ。さもなくは殺す」

 忍の背中に冷たい汗が流れた。

(クソゥ……どうすればいい⁉ こんな漫画みたいなことがあるなんて)

 ふと、ある考えが頭をよぎった。

(……ん? 漫画といえば……)

 忍はゆっくり言った。

「母さん、ここはひとまず大人しく従ったほうがいい」

「……かしこいガキだな。とりあえずお前ら、携帯さしだせ」

 男は不敵に口角を上げて言う。しかし忍は心の中、

(バーカ! 俺にゃあ秘策があんのよマヌケ)

 男を嘲り、その秘策を信じて、忍はスマホを差し出した。

 椿も忍の行動に釣られて、差し出そうとしたスマホを取り出した瞬間、忍は母の腕を力強く掴んだ。

「――え⁉」

 そのまま引っ張って、母をトイレへ押し込んだ。

「はやく鍵閉めろ! そして警察呼んで!」

 母親は慌てて頷いき、鍵を閉める。鍵が掛かる音を確認した忍はすぐさま二階の怪談に走る。

「ガキ!」

 思わぬ行動に男が怒鳴るも、忍は上階からゆで卵を男に投げつけた。この行動で、標的をトイレに閉じこもる母から自分に移した。

「バーカ! 来いよ異常者!」

 男の顔が歪む。怒りが完全に忍へ向いた。これでトイレにいる母親を狙うことはない。

 忍の秘策――それは、付喪神という漫画のような存在がいることだ。

 忍は一気に階段を駆け上がって自室に飛び込み、すぐにドアを閉めて鍵をかける。

 ドアの向こうから足音が迫る。だがこれで少し時間は稼げる。

 忍は机の上の巻物を掴み、息を切らしながら叫ぶ。

「忍太郎! 緊急事態だ!」

 巻物から忍太郎が顕現した。

「さっそく、拙者の出番じゃの」

 忍は真剣な顔で言った。

「ああ」

 机に置きっぱなしだったコップを目にし、取って残っていた水を一気に飲み干す。殺されるかもしれない。だから少しでも、落ち着くために。

 

「――あのガキ、舐めやがって……!」

 怒りで目をさらに血走り、クスリの影響もあるが手を震えている。階段上がってまっすぐにあるドアが忍の部屋だが、男はそのことをもちろん知らない。

 けれど、いちいち考えるのも面倒のため、すぐに目に映ったそのドアに向かい、蹴り破った。破片が部屋の中に飛び散る。

「ガキが! 調子に乗るな!」

 忍は即座に巻物を口にくわえた。そして、この異常事態に意識を集中する。

 背後に忍太郎を備えた。戦いの準備は整えた。

「⁉ 付喪神⁉」

 男は忍太郎に驚く。

 忍は頭の中で、手裏剣をイメージする――忍太郎の手元に、手裏剣が浮かび上がる。

 忍が腕を振り、投げる動作をした。忍太郎も連動するように同じ動作をする。忍がなにも持ってない手を開くと、手裏剣を所持している忍太郎の手から、手裏剣が放たれた。

 鋭い音と共に飛んだ刃は、まさかの付喪神使いであることにあっけにとられていた男の肩に突き刺さる。

「ぐっ!」

 男が顔を歪める。忍は叫んだ。

「クズが! 「調子に乗るな!」だと⁉ ヤク中のゴミ人間が人の調子にケチつけんなや!」

 男は一歩後ずさる。そのまま部屋を出た。忍はその隙を逃さない。一気に踏み込み、勢いをつけて拳を飛ばす。

 男の鼻ッ柱に直撃した。

 衝撃で男はさらに後ずさる。

 忍は、部屋の隅に置いていたサッカーボールを、リフトアップで上げ、

「キンタマァッ‼」

 全力で蹴り放った。運動神経抜群の天才高校生によって蹴られたボールは、迷うことなく男の股間に向かって一直線に飛ぶ。そして、直撃。

「ふぐおッ……」

 忍は、“男との戦い”の暗黙の禁止ルールである金的攻撃をした。例え相手が外道でもしてはいけない行為である。男はクスリで痛みがかなり遮断されているのだが、金的攻撃はいつも通り痛い。

「おおォ……」

 男は股間をおさえるように前屈みになる。

 前屈みになることを想定していた忍は間合いを詰めて、

「オルァ‼」

「ゴフッ⁉」

 男の顔を思いっ切り蹴り上げて追撃する――蹴り上げやすくするため、金的を狙ったのだ。

「さすがにちと不憫に思うわい」

 忍太郎も軽く引く。

 顔を蹴り上げられて強制的に体勢を元に戻されて、胸を張るように後ろに腰を沿った男は、

「ハァッ‼」

 忍に胸を蹴り押された。止まらぬ追撃。蹴り押されたことで、男は階段に足を踏み出し、ひっくり返って転び落ちた。

「できればそのまま死ね!」

 男はそのまま階段を滑り落ち、下の階で男が倒れる。

 忍は階段を一気に駆け下り、そのままバク中ジャンプして男の体を飛び越えて床に着地した。

 男を見ると、まだ動作している。

「チッ! 生きてたか」

「うぐッ……」

 生きてたら、戦い続けるまで。

「どうしたよオイ⁉ ガキにやられるなんて情けねえな! ま! まともな人生送ってなさそうだし当然か!」

 すかさず煽る。斜め後ろで忍太郎が小言を呟く。

「忍、結構口悪いの~」

 忍は気にせず叫んだ。

「オラ立てよ! 表出ろや! 俺の幽波紋(スタンド)が相手してやッから!」

「付喪神じゃ」

 忍太郎が即座にツッコむ。

 床に倒れていた男が、ゆっくり体を起こす。口元から血を流しながら、笑った。

「……仕方ない」

 ハンマーを持ち上げる。

「常に……念のために、これを持ち歩いておいて良かった」

 忍は眉をひそめる。

「……は?」

 男はハンマーを掲げた。その瞬間、ハンマーの周囲の空気が歪む。

 黒い霧のようなものが浮かび上がり、形を取った。

 それは、ハンマーの形をした異様な霊的存在。全体的には人型。頭は兜に大きな槌を取り付けたもの、目元は太い横線一本のみ。肩パットは大きな槌状のもの。手の指部分は、間接も含めて小型ハンマーの槌のように、硬いものをしている。

 目の横線の光が不気味に輝く。

 男が叫んだ。

「ブレイクイット!」


 ハンマーの付喪神――ブレイクイットが顕現した。


 ブレイクイットを目にした瞬間、忍は思わず口にした。

「……『スタンド使いはスタンド使いとひかれ合う』って言うけど……いくらなんでも早すぎんだろ。俺、今日付喪神を知ったばっかなのに」

 忍太郎が首をかしげる。

「なんなんじゃさっきから、その“すたんど”って」

「気にすんな」

 忍が答えると、男がハンマーを振り上げた。それに呼応するように、ブレイクイットが拳を振るう。忍は躱し、行き場を失った拳は壁に直撃する。

 次の瞬間、壁が車に突っ込まれたかのように崩壊し、瓦礫と化したる。

「家が……ッ!」

 忍は目を見開いた。

「――あーもう! 滅茶苦茶だよ!」

 慌てて巻物を咥え直す。頭の中に手裏剣をイメージする――忍太郎の手元に、手裏剣が現れる。

 忍は腕を振った。投擲の動作。それに連動して忍太郎が手裏剣を放ち、計四つの刃が飛んだ。

 だが男はハンマーを激しく振るう。ブレイクイットがそれに合わせて拳を繰り出した。

 四つの手裏剣を、正確に両手で叩き落とす。 

 拳を振るわれた手裏剣たちは、勢いよく砕け散った。忍は焦る。

(どうすりゃあ……あッ!)

 閃いた忍は、巻物を口から外した。そしてわざと後退りする。男を見て、ニヤッと笑った。

「おい異常者! お前もしかしてひよってんの?」

「なんだと⁉」

 男の目がギラつく。それでも忍はさらに煽る。

「ま! クスリに逃げる奴なんてとても(なまら)弱いもんな! すごくなったと錯覚しないと生きていけねえもんな!」

 一拍置いてから、力強く、そして嘲笑交じりに言い放った。


「中身空っぽだから!」


 忍太郎が小さく言う。

「口が悪いのう」

 男の理性が完全に切れた。

「ガキャアアアアアアアアアアアアア‼」

 男が突進する。だがそれこそが忍の狙いだった。

 忍は巻物を再び咥える。そして――マキビシをイメージする。忍太郎の手元から、無数のマキビシが表れた。

 忍はそれを床一にばらまく。鉄のトゲが床一面に敷かれる。

 怒りで冷静さを失っていた男はそのままマキビシを踏んでしまっだ。

「ぐああああ‼」

 足の裏に刺さり、痛みでバランスを崩して転倒した。体中にマキビシが刺さり、全身にわたる針の痛みでのたうち回る。

「ああッあが‼」

 忍はその様子を見て、思わず呟いた。

「うはー……レゴより痛そ」

 また巻物を放したことで、全マキビシは消える。

 男が痛がっている隙に、忍は壊された玄関の前に立った。

 外へ出ることはできない。視界から消えれば男がまた母を狙う可能性がある。それだけは避けなければならない。

 男はゆっくり立ち上がる。

「クソガキ……が!」

 それでも忍はまた笑みを浮かべた。

「お前、どうせ親からの愛情が不足してっからそんなんなったんだろ⁉」

「ぐッ……」

 図星を突かれた。しかし、だからといって同情する気など一切ない。むしろそれを利用して煽るまで。

「オラ来いよ! 表出ろや! お前の親の代わりに俺がかわいがってやッからよッ!」

 説明するまでもないが、この『可愛がる』は親が子に向ける愛情の類ではなく、不良やヤクザなどの生きる価値のない人間のクズ共が使う『痛める』の隠語である。

 忍太郎が呆れた声を出す。

「ホント、口が悪いのう」

 男は全身血だらけになりながらも忍の挑発に完全に乗っかった。

「ガキィィィ‼」

 怒号とともに突進する。それを見た忍も、すぐに家の外へ飛び出した。庭を抜け、門の方へ走る。

 男もすぐに外へ出た。だが、そこに忍の姿はなかった。

 男は辺りを見回す。

「どこだ……! クソガキが、出てこい! ぶっ殺してやる‼」

 歩みながら忍に向けて叫ぶ。庭の広いところについたその時、

「ここだ!」

 声が上から響いた。男が見上げる。忍は塀の上に立っていた。月明かりの下で、風に髪を揺らしている。右手には、導火線に火が付いた焙烙玉。

「じゃあなクズ野郎、司法に代わって死刑執行してやるよ」

 私刑の間違いである。

 忍はそう言って、焙烙玉を投げ渡すように男に投げた。手元を放した瞬間、忍は塀に伏した。

「⁉ ブレイクイッ――」

 間に合わなかった。焙烙玉は忍と男の距離の中間あたりで爆発した。爆炎が男を呑み襲う。

「ぐああああああああああ‼」

 服に引火し、ハンマーも手放してしまった。手放したことで、ブレイクイットがハンマーに引き戻った。

 必死に池に向かって飛び込み、消火する。池から出てくると、男は気絶した。

「忍、無事か?」

「ああ……」

 戦いが終わると、忍はやっと冷静になった。

「……死んでないよな?」

 少し不安になる。勢い任せに殺そうとしてたが、肝心なことに気付く。

「仮に死んでたら、どう正当防衛と証明しようか……あ」

 忍は奪われたスマホのことを思い出した。気絶している男のポケットから自分のスマホを取り出す。

 画面は少し割れていたが、まだ使える。忍は連絡先を開き、ある番号へ電話をかけた。

 数回の呼び出し音、やがて電話がつながった。

「――もしもし、がんじょう先生ッスか? お久しぶりッス、手鳥ッス」

 少し笑いながら続ける。

「あの、ちょっと……ガチ目に今すぐ来てくれませんか?」

 忍は庭を見回した。壊れた玄関、気絶している男、そして付喪神。

「住所は昔のまんまなんで」

 こうして、『忍は、近いうちに恩師のがんじょう先生へ連絡することになる』という陽子の予言は、見事に当たってしまったのである。


【後書き】

北海道太平市は完全に架空の場所です。

千代市のモデルは千歳市です。


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