2−13 選ばれし狼
ハルトにしがみついたその男は、やけにハルトに接触していた。
「かなり疲れているんだな。声は出せるか?」
「...ざ」
ハルトにしがみついている男とそれを支えているハルトははたから見れば薔薇色の関係と言っても納得の光景になっていた。
いや負傷者だからそれも必要な...
「ざまあねえな」
ガブゥ!
...何っ!?
さっきまで立つことですら難しかった男が...ハルトの首を噛んでいる...!?
「なっ...!?」
この光景には噛まれているハルト自身も動揺を隠せずにいた。
一体どういうことだ?殺気探知でもこの男から殺気は読み取れなかった、殺気がなければハルトを攻撃できないはずだ...!?
「ほんっとうに馬鹿だな。こんなに狼が群がっているところに生きてる奴がいるわけねえだろ」
男はハルトの首を噛みながら言った。
...って、こんな冷静に解説してる場合かよ!
『連斬撃・乱!』
攻撃をもろに受けた男は2歩ほど後ろへと下がった。
まずはハルトの救出は成功。
意識も...あるようだな。
「立てますか?」
ハルトに手を差し伸べる。
「問題ない。『魂裁ソウルジャッジメント』ですぐに回復でき...ない?
「え...?」
なんだ?上限回数とかが存在するのか?
「もうお前は『聖騎士セイントナイト』を失っている」
俺とハルトの疑問に答えたのは、ついさっきハルトの首を噛んだ男だった。
「どういうことだ...」
「それを説明するためには、俺の正体を明かす必要があるな...」
男の体は大きくなり、だんだん体毛が濃くなっている。
「お前も狼の一匹か...!」
ハルトも俺も、もうその男を人間としては見ていなかった。
「狼、は少し違うな。俺は賢くて人間に化けることのできる選ばれし狼だ。そうだな、名前をつけるなら...」
男はハルトから吸った血を完全に飲み切ると言った。
「『人狼』、だな」
その一言が勝負の始まりの合図だった。
男、いや『人狼』がこちらに近づいてきた。前と違い殺気がダダ漏れである。
「さっきのように嘘をつく必要は無ぇ!殺気全開で行くぜぇ!」
殺気探知が反応した。
「...っ!殺気が大きい...!」
今まで戦った相手の中で一番かもしれない。
だが俺だって成長したんだ。
狼と戦った中で、二つわかったことがある。
「だが殺気は大きければ大きいほど...」
わかりやすい!そして殺気はただの威嚇に過ぎない!!
今回の狙いは...やはり弱っているハルトか!
「シャアァア!」
『人狼』の爪がハルトに向かう直前に、間一髪で粘糸を吐いた。
粘糸が爪にいい感じに絡まり、攻撃を防ぐとともに爪の機能を停止させた。
そのまま全身に粘糸を吐きまくり、『人狼』の動きを完全に封じた。
「粘糸だ。これでお前はもう動けない」
『連斬撃・乱』の構えをとる。これで終わりだ。
「ほう。確かにこれでは動けない。このままではなっ!」
ん?『人狼』の背中になんか生えてきたぞ?
白くて、軽そうで...まさか!
「この能力の説明がまだだったな。俺は吸った血の持ち主の能力を一時的に奪うことができる。今回はそこの小僧の『聖職者』を奪ったみたいだな。『聖職者』の力は『天使』の力だ。つまり俺の背中には...」
『人狼』の背中には、紛れもない翼が生えていた。
「『虎に翼』ならぬ、『狼に翼』だな。」
いや、まだ大丈夫な筈だ。粘糸が動きを封じている。このまま短剣を振れば息の根をとめれる。
『連斬撃・乱!』
脳天めがけて浴びせる筈だった斬撃は、翼にすべて止められてしまった。
「さすがは『天使』の翼だ。とても軽く、そして硬い。これならこれもすぐに壊せるなぁ!」
言葉のとおり、『人狼』は粘糸を簡単にちぎり、自由の身になってしまった。
まずい。粘糸が攻略されてしまった。
「さあ、まだパーティーは始まったばかりだぜ?」