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絶望の中の調和  作者: 樹林
1/3

重なる -1-

3月16日 土曜日 午後8時23分


 根崎敏男は現場に駆け付けた警察官に逮捕された。


 犯行現場は5階立てのマンションの3階の左奥の部屋で1ルームだった。

 マンションは新しく、入り口にオートロックや防犯カメラが設備されていた。

 

 部屋の奥のカーテンを右手で掴み、うつ伏せの状態で若い女性が横たわっていた。

 女性が来ていたアーガイルチェックのワンピースの背中一面が血に染まって、床にまで血溜りが出来ていた。


 傍らに立つ根崎の手に血まみれの包丁が握りしめられ、小刻みに震えていた。

 警官の問いかけに、"はい"と一言だけ発した。

 抵抗する気力もなく、駆け付けた警察官に手錠をかけられた。


 パトカーに乗っている根崎は少し小太りで白髪頭の大人しそうな初老の男性だった。

 自分が行った罪に対してなのか、下を向いたまま動きがなかった。

 刑事の問いかけに無言を通していた。


------------


 逮捕から1時間後に部屋の入口はブルーシートで覆われて、中が見えないようになっていた。

 入口には警官が立っており、ブルーシートに隔離された空間は見慣れない光景だった。


 突然死や変死体の確認捜査は多くあるが、犯人が事件現場で自首を行う殺人事件は記憶にない。

 犯人は自分の犯行をなかった事にしたいと思い、現場からの逃亡や死体を隠す事を優先する。


 今回の犯人は現場にいた。

 逃げられなかったのか、逃げる意味がなかったのか。

 これからの捜査で分かる事だが、嫌な感じがしている。


 ブルーシートの中に鑑識が大きなカバンを持って入って行くと、鑑識と刑事課の課長が中で話している姿が見える。

 課長は下を向いたまま、話を聞いている。

 この仕草は問題がある時によくしていて、無言なのはもっと強力な問題が発生している。


「野渡さん、犯人は現場で自首しましたね」


 30代前半の小さいが筋肉質の男性が少し笑みを浮かべながら話しかけている。

 優しそうな顔としゃべり口調でネクタイが少し曲がっている。

 彼は大学から上級試験を受けて入ったエリート組の一人で実績を上げれば、大きな昇格もあるかもしれない程度のエリート組に属している。

 だから、問題が発生しない様に後6年で定年の私と組んでいる。


「木田くんは刑事は好きか?」


 白髪が混じりの日焼けした野渡の濁りがない眼が見返す。


「刑事になるために警官になりました」


 子供の様な目が初めての殺人事件で希望に満ち溢れている。

 自分が初めての殺人事件の時も同じ顔をしていたのかもしれないが、先輩が怖かったので表情を読まれない様に努力をしていた。

 刑事になって5年後に後輩と組んでいい先輩だった事が分かった。


「人が死んでいる時は歯を見せるな。

  身内が死んだと思え」


「すいません」


 木田の顔から微笑みは消え、顔が強張ったままで止まっている。


 そんな事は関係がない様に野渡の眼は廊下から下の人混みに向けられていた。

 報道の車も到着しており、人混みは歩道から車道まで伸びている。

  

「木田くん、今日は大きな動きはないと思う。

 下で聞き込みに行ってくれないか。」


 木田は廊下の手すりから体を乗り出し、野渡が見ていた目線の先を追った。

 木田の体が少し固まって、止まっている。


「早く来た人が前の方にいるから"何があったか?"聞いて下さい。

 "女性が殺された"と答えた人を探して、一番最初の情報源を探して欲しい」


 木田は無言で動きが止まったままでいる。

 今の時代だと、パワハラなんだろうな。


「木田くん、全員は必要がないから前の方の人だけでいい。

 これも大切な仕事ですし、聞き込みの訓練だと思ってやって下さい」


 木田は一礼をするとエレベーターに走って行った。


------------

 野渡はブルーシートの中へ入っていき、課長の横に立った。


「課長、現場はまだ見れないですか?」


「現場が綺麗過ぎるから、念入りに調べさせている。

 自首した男は完全黙秘をしているから、本格的な取り調べは明日からになると思う。

 マンションの防犯カメラ映像は管理人から受け取って、今日中に確認作業が終わる」


 野渡は首を軽く左右に動かすと、腕時計を見た。

 人権保護が優先される時代は犯人に人権を守り、刑事の人権は後回しにされている。

 なんとなく、今日の犯人は寝れるのだろうかと思った。


「今日は現場と建物周辺を見て歩いて終わりですね。

 木田くんは聞き込みに行かせています。

 課長は自首した男が犯人だと断定はしてないと思ってもいいですか?」


 課長の額のシワが深くなり、下を向いた。

 

「どうだろうな。

 部屋の状態や犯人の印象は判断できない」


 野渡の電話が鳴った。


「早いな、木田くん」


 木田の声は明るくなり、成果があった事が分かる。


「野渡さん、見つけました。

 女性です。

 若い女性です。」


 電話を切って、課長を見た。

 課長は野渡を見て、少し笑った。


「木田と上手くやっているみたいだな」


 野渡の口元が少し緩むとブルーシートを抜けて、エレベーターに乗り込んだ。

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