実践
目にもとまらぬ速さで、イーグルのベルトについていた羽ペンがフィアの手によって奪われる。
「!!」
いつの間にかイーグルの背後には
羽ペンを手にしているフィアがいた。
修練場にいたフィア以外の全ての者が
動揺のあまり声も出せずその場で固まった。
イーグルは魔術を発動すらできずに
軽くなったベルトの感覚と背後にいるフィアに戸惑う。
フィアの勝ちだ。
羽ペンは眩いほどの白い光を放った。
…これは使えるかも。
「…」
フィアは密かに笑みを浮かべる。
フィアは無詠唱で瞬間的に
全身の魔力を最大限に高めて、
イーグルの羽ペンめがけて駆けたのである。
「…。ーーそこまで!勝者 フィア!」
おおおおおおおおおっ
一瞬だけ間をおいてから観客達が声を上げた。
「…いま、見えたか?」
「ううん、全然~」
「…全く見えなかったぜ」
離れた場所で見ていたウィンとウェン
それにロイまでもが驚きを隠せず順に呟く。
「フィア嬢、俺の負けだ。何もできなかった」
「ありがとうございます」
イーグルと握手を交わして試合を終えると、
すごかった見えなかったと騒ぎ立てる集団に
今度はフィアが囲まれることとなった。
「おつかれさん。今の、どうやったんだ?」
ロイが真っ先にフィアに聞きに来た。
赤い瞳が爛々と輝いている。
「それは、俺も聞きたい。教えてもらえるか?」
「ぼくにも教えてほしい」
「ぼくもぼくも~」
イーグルとウィンとウェンが続いてフィアに詰め寄った。
「え、えっと…速度を上げる魔術を使いました」
おずおずとフィアが答えると、
「魔力を高める瞬間を俺は辛うじてだが見た…
次の瞬間にはもう羽を奪われたが
そんなに瞬発的に上がるものなのか?」
イーグルが眉を寄せてさらに問いかける。
「魔力を、駆け出す瞬間に放てば…速くなります」
「!そういうことか…いや、待てよ。
あの速さでいったいどうやって羽を奪えたんだ?
動体視力が追い付かないよな?」
フィアの言葉にロイが首をかしげて尋ねた。
「全身に高めた魔力を巡らせて…
動体視力を向上させました。
局部的に速度を上げたのでは羽はとれませんから」
それだけではないし、
そう容易なことでもないけれど…
フィアは答える。
「ーーやっぱ…お前凄いな」
ロイが感心したように
尊敬の意を込もった眼差しをフィアに向ける。
そんなことないとフィアが言おうとしたとき、
「フィア、おめでとう」
マスターが近づき、フィアに声をかけた。
「あ、ありがとうございます、マスター」
「一瞬だったね。あれはわかっていてもイーグルには止められるものではなかっただろう。ラペーシュも満足したようだよ。」
「ええ、驚いたわ。ほんとうに。
意地悪してごめんなさないね」
満足そうな笑みを浮かべて謝罪するラペーシュ。
意地悪をしていた自覚はあったようだ。
「…疑うのも無理ないことですから」
フィアは苦笑しながら応えた。
「フィアの将来が楽しみだよ。
ラペーシュにも認められたことだし、
遠慮なく修練場を借りるといい。」
「ありがとうございます。」
それから流れ解散して、
フィアは借りた修練場に向かった。
***
時刻はお昼頃。
ギルドの一階にて…
「今回の三人、
あの歳にしては優秀な方だったと思わないか?」
「特に赤い髪のガキが驚くほど強かったぜ」
「まさか、イーグルに勝つとはな」
「イーグルもこれからだよ。
風使いの二人も将来が楽しみだね。どの子も期待できる」
「あの三人よりも注目すべきは
やっぱりあの女の子じゃない?」
「あぁ、イーグルもなにもできずに
あっという間だったしなぁ」
「属性も珍しいけど、それよりもその使い方よ」
「速度をあげることに…
補助に使うとはね恐れ入ったよ」
「末恐ろしいガキどもだぜ、まったく」
***
片っ端から試したいことをしていくうちに
あっという間に時間は過ぎて夕方になってしまった。
日が沈みゆくなか、
フィアはギルドの建物に修練場の鍵を返しにいく。
「修練場、貸していただいてありがとうございました」
「いいのよ。フィアちゃんだもの。
それに聞いたわよ~フィアちゃんの圧勝であのイーグル君に勝ったって。」
受付嬢がにっこりと笑みを浮かべてフィアから鍵を受け取った。
「そんな・・。たまたまですから」
「ふふっ謙遜しちゃって。
まだ春休み中なのでしょう?またいつでも借りにおいでね」
「はい、ありがとうございます。お願いします」
フィアは頷き、頭を下げると
ギルド[ファイテル]の建物を後にした。
「---」
・・ちょっと肌寒いかな・・
フィアは空を見上げてわずかに身体を震わせて思う。
春休みといえど、まだまだ外は寒い季節だ。
夕方の時刻に日が沈むのは冬と変わらない。
「・・・」
真っ暗になっちゃう・・
フィアが再び風の魔法を使って帰ろうと、
魔力を高めて地面を蹴り、駆けだした。
ーーーその瞬間、
ガシッ
右腕を後ろから誰かに捕まれた。
「!?」
っ・・---
小さな痛みが右腕に走る。
捕まれたことで魔法を打ち消され、
挙句、後ろに引っ張られてフィアはやむを得ず動きを止めた。
そして振り返る。
視界に赤い何かが映りかけた・・--
「ふーぅ、なんとか間に合ったぜ」
フィアの腕を捕まえたのは、不敵に笑うロイだった。