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月夜の来訪者 下


 窓ガラスは大きな音を立てて割れ、破片がパラパラと下に落ちていく。

 音が響いて直ぐに、あちこちから声や足音が聞こえ始めた。さすがカウフマンが選んだだけはある、侵入こそ許したものの反応が早い。

 なんてノエルが思っていると、


「あっらー、アグレッシブねぇ」


 クラナカンは呑気にそう言った。

 ノエルの行動に怒っている様子も、動じている様子もない。

 まもなくここへ騎士がやって来るだろうに、ずいぶんと落ち着いている物だ。


「それで、私に何か御用で?」

「そこは窓を割る前に聞いて欲しかったなー」

「いやいや~御冗談を。さすがに逃げ場のない状況で、不審者とサシで話をする度胸はありませんよ」

「ま、そりゃそーか。だけどちょいちょい言葉遣いアレだよね、聖女様」


 ノエルが肩をすくめていると、クラナカンはあっけらかんと笑って言った。

 何なのだろうな、このやたらと明るい不審者はとノエルは首を傾げる。

 殺害か誘拐か、その類が目的ならば、何か言う前に仕掛けているだろうに、その素振りもなかった。

 目の前の男の目的がわからずにいると、


「話は戻るけど、俺の用事はね、お前さんの誘拐です」


 などと言ってのけた。誘拐だったらしい。


「はぁ」

「気の無い返事じゃなくて、もっとキャー! とかそういう感じのを期待したのに」

「期待されても、悲鳴の語彙が少ないのでどうにもですね」

「悲鳴の語彙って何」

「言っておいて何ですが、ノリです。まぁそんな事より、私を攫う目的などお伺いしても?」


 部屋の外にある階段を駆け上がって来る足音を聞きながら、ノエルはクラナカナンに問いかける。

 クラナカンは「うーん」と少し考える様子を見せた後、


「話したらついて来てくれるかーい!」


 と逆に聞き返して来た。ふむ、とノエルは腕を組む。


「そこはまぁ、内容によりますね」

「軽快にいいともと答えて欲しかったけど、内容は聞いてくれるんだ」

「聞くだけはただですし、単なる時間稼ぎですよ」

「あー、それバラしちゃう?」

「護衛の方がまもなく到着しそうなので」

「困る奴ぅ! ……いやほんと、動じないねぇお前さん。だけど、まぁ、そーよねぇ。んー……まぁ、誓言で病気を治して欲しい人がいるんだよ」


 クラナカンは指で頬をかいて苦笑する。

 おや、とノエルは目を瞬いた。


「それならば普通に来て下さったら良かったのに」


 基本的に『誓言の館』は、誓言を求める者ならば来るもの拒まずのはずだ。

 もちろん身元確認をし、問題ないかどうかは騎士団長達が判断した相手だけを通すが、大体の場合は許可が出る。

 緊急時を除くと順番待ちにはなるが、こんな面倒な事をしなくても、条件さえクリア出来れば誓言は与えられるのだ。

 ノエル自身も基本的に誓言を求める相手を拒む事はないので不思議に思っていると、クラナカンは問いに答える代わりに、自分の腕をまくって見せた。


 ――――その腕には赤い宝石がちりばめられていた。


「あなた、吸血種でしたか」


 ノエルは納得して言った。

 クラナカンの腕にあるような特徴は、吸血種と呼ばれる種族に見られるものだ。

 吸血種、場所によっては吸血鬼と呼ばれる者達。ノエル達人間が野菜や肉等から生命維持に必要なエネルギーを摂取するのと同じく、血液からそれを摂取しているのが吸血種だ。

 

 この世界には人間、獣人、長命種という三つの種族が存在する。

 三柱の創世神がそれぞれの血と肉を分けて作り出したものだ。

 三種族は基本的には不可侵ではあるが、時に協力し、それぞれの文明を発展させてきた。


 そうしている間に、各種族同士でも子供が生まれる事もあった。

 その子供達の中から現れたのが『吸血種』という存在だ。

 主食として血を啜り、また、その血を武器として操る特異な力を持った彼らを、三種族は『化け物』と拒んだ。


 彼らに対する差別は今も続いており、それが原因であちこちで諍いも起きている。この国でもそうだ。

 クラナカンがまともな方法を取らなかった理由は、そこにある。恐らく普通にやって来ても、良くて門前払い、悪くて暴力による排除を食らうからだ。

 なるほど、とノエルは理解する。


「そうそ、だから攫いにきたんだ。オーケー?」

「はい、オーケーです。でしたら、どうぞ。一緒に行きますので、お連れ下さい」


 ノエルが了承すると、クラナカンは意外そうに目を瞬いた。


「え? そんなに簡単に良いの?」

「私は誓言を求める者は拒みません。仕事ですので」


 そう言うと、クラナカンは少し困ったように笑って、


「お前さんは危機感持った方がいいと思うなぁ」


 と言った。ノエルは「どの口が仰いますかね」と言いながら、テーブルまで歩き、メモ用紙にサラサラとカウフマン宛の伝言を書く。


『少々、誓言の仕事をして来ます。戻ったら倍は働きますので、ご安心を』


 攫って、とか、誘拐、とか。

 言葉自体は物騒だが、クラナカンからはあまり野蛮な気配は感じない。

 しかし吸血種が聖女を誘拐なんて騒ぎになったら、色々と面倒である。

 なので自分の意志でもありますよ、という事をノエルはメモに残した。

 これで良し――かどうかは微妙だが、何も無いよりはマシだろう。

 そうしている間に、部屋の前まで足音が聞こえて来た。


「ところで問答をしている時間はあまりなさそうなので、誓言が必要ないなら直ぐに逃げた方が良いですよ」

「いいや、必要だ。恩に着るよ、おじょーさん!」


 クラナカンはそう言うと、私をひょいと肩に担ぐ。

 そして窓を開いて枠に足をかけた。ふわり、と外の風がノエルの髪を揺らす。


「持ち方、もうちょっとありません? お姫様抱っこみたいなのとか」

「俺こっちの方が好きなんだよなぁ」

「いやだって、見た目が完全に誘拐じゃないですか。ところでどうして窓を開けたんです?」

「だってほら誘拐だし」

「だってとかじゃなくて」


 そんな問答をしていると、タイミングで部屋のドアが蹴破られるような勢いで開く。


「聖女様! ご無事で……貴様、何者だ!?」

「無事です。ちょっと出かけてきますので、カウフマン様にご安心をと」

「はい!?」

「はは、それじゃーねー!」


 警護の騎士達の焦る声が聞こえる中、クラナカンは彼らに軽くウィンクして、窓から飛び降りた。

 ところでここ三階……なんて思ったノエルの口から「わあ!?」と悲鳴が零れる。


「舌噛むから閉じてね!」


 などとクラナカンは言ったが、それは是非とも飛ぶ前に言って欲しかったノエルだった。


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