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月夜の来訪者リターンズ 下


「初恋こじらせてんの、あいつ。だから何も見えてない。見たくない。舞踏会であれだけ言われても、まだ聖女ちゃんの事好きなんだよ。っていうか、困った事により燃えちゃってね」


 トライフルは苦笑しながらそう話す。

 その表情は何となくクラナカンがクロテッドの事を――兄が妹の事を話す時に似ていた。

 ああ、そういう関係なのかとノエルは何となく思う。


「あのままだとやばいと思ったから、俺はあの時にアレをした。騎士団長ちゃん近くにいるから何とかすると思ったけど、聖女ちゃんからパンチ食らうとは思わなかったわ」

「いやぁ反射的につい」

「二度目もいただくとも思わなかったけど」

「そこはご自分の行動を反省された方が良いですねぇ」

「ぐうの音も出ねぇ……」


 両手で顔を覆ってトライフルは唸る。

 それにしても、彼の言葉が正しいならば、舞踏会での誘拐騒動はわざとという事になる。

 トライフルの話の信憑性は正直あんまりないが、アルヴィンのためというのは嘘ではない気がした。


「ちなみに何もしなかったらどうなっていました?」

「王命って便利だよねぇ」


 へらり、とトライフルは答えた。

 なるほどなぁとノエルは呟く。


「だけど俺、それはさせたくねーんだよ。自分の恋路を親に介入して貰うなんてさ、だいぶ情けねーじゃん?」

「色々とツッコミたい部分はありますが、そうですねぇ」

「なー。……だから、振られるにしろ、実るにしろ、自分の力で頑張って貰いたいわけよ、俺はね」

「はぁ……。では最終手段を先に持って来たのは」

「先にその方法を騎士団長ちゃんに見せときゃ警戒するだろ? 二度目は出来ねーってアルヴィンには思って貰いたかったんだよ。まぁ、吸血種がいるのは想定外だったけど」


 話を聞いているとこの男は、アルヴィンの恋を応援したいというわけではないなとノエルは思った。

 どちらかと言うとアルヴィンに真っ当な方法で決着をつけさせたい、と思っているようだ。

 うーん、と考えながら、ノエルはアルヴィンとのこれまでのやり取りを思い出す。


「私、結構しっかりと、態度には出していたと思うんですよねぇ」

「ハハハ、あー、聖女ちゃん、かなり塩対応だったな。見てて胃が痛かったわ。逆に何であれで折れねぇんだと思ったよ」

「言う方もそれなりに……というかどこで見てらっしゃったんですか?」

「トップシークレット!」


 良い笑顔でそう言われ、やっぱり昼間も結界を張って貰った方が良いじゃないかとノエルは思った。


「私は誓言の仕事は好きですが、聖人君子ではありませんので。誰に対しても優しい対応は出来ません」

「うん、聞いてて結構酷いなって思ったぜ」

「ですよね」

「ああ。だけどそれくらいでいいんだよ。それでいいんだ。そうじゃなきゃ――――気持ちが悪い」


 最後は吐き捨てるようにトライフルは言った。

 ノエルに対しての言葉ではなさそうだが、彼も彼で色々とあるのだろう。


「トライフルさんとアルヴィン王子はどんな関係なのですか?」

「んー? まー、あれだな、身内を助けてもらった事があるんだよ。その辺りからの付き合いで、ま、兄貴分と弟分って感じかねぇ」

「なるほど……」


 そんな話をしていると、バタバタと幾つかの足音が近づいてきた。どうやら結界の異常を知って、誰かが駆けつけて来てくれたようだ。

 トライフルもその音に気が付いて「もうちょっと話したかったんだけどな」と肩をすくめる。


「なぁ、聖女ちゃん。あんたはあんまり気が乗らないだろうけどさ、頼むよ。アルヴィンと話して、根気強くはっきりと振ってやってくれ。たぶん、それでその内収まると思うから」

「ですがエミリア様を何度も悲しませる事になります」

「聖女ちゃんの好感度はそっちのが高いのね……。……まぁ確かにそうだろうけど、あの子はアルヴィンに対して一途だ。傷つくだろうけど、それでも結構タフなんだよ」


 だから大丈夫だとトライフルは言う。

 アルヴィンと付き合いが長いなら、エミリアの事もしっかり見ているのかもしれない。

 けれど、そういうものなのだろうか。ノエルにはその辺りまだよく分からない。

 そんな事を考えていると、


「今、よく分からないって思っただろ」


 とトライフルにちょっと意地悪な顔で言われてしまった。

 うっ、と言葉に詰まっていると、彼は「図星か」と小さく笑う。

 それからトライフルはフッと優しい顔になって、


「一度、本気で誰かを好きになってみな。そうしたら分かるよ、聖女ちゃんにもね」


 と言うと、彼はそのまま歩き、ノエルの部屋の窓を開け。そしてその窓枠に足をかけた。


「んじゃ、アルヴィンの事さ、直ぐじゃなくても良いから考えてみてくれ。それまでは俺がうまーくやっとくからさ! 俺プロデュース、今話題の吸血種襲撃事件みたいな感じでさ! じゃ、まったな~」

「え、あ、はぁ……って、え!? 何か今、とんでもない事を言いませんでした!?」


 言うだけ言って、トライフルは窓から飛び降りて行った。

 直ぐに窓の外を覗いたが、そこに姿はなかった。姿を消したのか、それとも何か別の方法か。

 その辺りはノエルは分からないが、とにもかくにも不審者はやって来た時と同様に、あっという間に帰って行った。

 直後、ドアが開いてクロテッドが飛び込んでくる。


「ノエルさん、無事!? 今、何かいたよね!?」

「はい、無事です。不審者なら、ちょうど帰って行ったところですよ」

「うー……焦ったぁー……」


 ノエルが安心させるように笑ってみせると、クロテッドはへなへなと床に座り込んでしまった。


「今ね、お兄ちゃんが外で見張ってくれてるから。たぶん追いかけてると思う。だけど誰が来ていたの?」

「トライフルさんですねぇ」

「あの人、もう逃げ出したの!?」


 クロテッドがぎょっと目を剥く。

 何だかんだで王城で捕まっていたのだ。確かによく逃げ出せたなとノエルも思った。


(もしかしたらアルヴィン王子が助けたのかもしれないけれど)


 そう思ったが、口にするのはやめておいた。

 それよりも考えなければいけないのはアルヴィンの事だ。


「ねぇノエルさん、あの人に何かされてない? 本当に大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ、クロテッドさん。ありがとうございます。ただ話をしただけです」

「話?」

「ええ」


 ノエルは頷き、もう一度窓の外を見る。

 空には綺麗な月が浮かんでいた。


「……本気で人を好きになるって、どんな感じなんでしょうね」


 月を見上げながら、独り言のように。

 ノエルはぽつりとそう言った。


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