恋というものが分からない 上
あの後、ノエルはクロテッドと共に誓言の館のダイニングに移動していた。
すると少ししてカウフマンが誓言の館へ駆けつけて来る。
彼にしては珍しく焦った様子でノエルの無事を確認してホッと安堵の表情を浮かべた。
「想定した以上に、あちらが上手だったようですね。申し訳ありません」
「いえいえ、守っていただいているのは私ですので。むしろ何も出来なくて申し訳ないです」
まぁ顔面にパンチは食らわせたけれど。
その辺りは後で話せば良いかなと思っていると、クラナカンも戻ってきた。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「悪い、一発は殴ったけど逃げられた」
どうやらクラナカンもパンチを食らわせたらしい。
トライフルは色々と技術はありそうだが、回避能力は低そうである。
ふむふむ、と思っていると、カウフマンに顔を覗き込まれた。
「……ノエルさん、少し顔色が悪いですね。何かおかしな事を言われましたか?」
そしてそうも言われた。どうやらトライフルの言葉が、思った以上に効いているらしい。
しかしどう話せば良いか分からず、ノエルは「いえ、それほどは」と誤魔化す。
するとそれを見ていたクロテッドが、
「急に変な奴が部屋にいたら、びっくりするものね。あ、そうだ、私、ホットミルク淹れて来るからちょっと待ってて! ほら、お兄ちゃんも手伝って手伝って!」
「待って待って、俺、今戻って来たばかりよ?」
「いーからいーから! じゃあ、二人共ちょっと待っててくださいね!」
と言って、クラナカンを引っ張って部屋を出て行った。
(ああ、これは気を遣わせたかなぁ)
そう思っていると、カウフマンがノエルの方を見た。目が合う。
その眼差しから、彼は本当にノエルを心配してくれているのが分かる。
カウフマンはそのままノエルの向かい側の席に腰を下ろした。
「……無理にとは言いませんが、話せるようでしたら、伺っても?」
「えーと……いえ、でも、本当に、そんなにおかしな事は言われていないのですよ」
「それでも」
大丈夫ならば、そうカウフマンは続ける。
彼は決して無理には聞いて来ない。たぶんノエルが「話したくない」と断れば、それ以上は口を閉じるだろう。
(カウフマン様、いつもそうだったなぁ)
口は悪いし、意地悪な事もカウフマンは言うが、ノエルに何かを無理強いした事はない。
吸血種の街へ行った時もそうだ。あの時のノエルのワガママをカウフマンは却下しなかった。
カウフマンはいつだってノエルの意志を尊重してくれる。
「アルヴィン王子の事を、根気強くはっきりと振って欲しい、と言われました」
先程トライフルとした話を、ノエルはカウフマンにそのまま伝える。
舞踏会での事、アルヴィンの事、そしてトライフルの目的の事。
すべてを信じるにはトライフルへの信用が足りないけれど、でも全部が嘘とも思えない。
ノエルがそう言うとカウフマンは顎に手を当て、しばし思案していた。
「……なるほど。ですがノエルさんはその事だけで悩んでいる……のではないですよね」
「おや、分かりますか」
「付き合いが長いですからね。これでも私、心の機微の察知は鋭い方なのですよ」
「どこかで聞いたセリフですね!」
「ハハハ」
カウフマンを見ていてノエルもつられて笑う。
変に誤魔化さなくても良いかと、ノエルは指で頬をかきながら話を続ける。
「最後にトライフルさんに言われたんです。一度、本気で誰かを好きになってみたら、アルヴィン王子達の気持ちが分かるって」
「……………」
「恋をするって、どんな感じなんでしょうね、カウフマン様。私には……正直に言うとよく分からないんですよ」
テーブルの上で手を組んでノエルはそう言った。
ノエルは恋を知らない。恋がどんなものであるかは、本で読んだ程度の知識でしかない。
幼い頃から聖女として誓言の館で過ごしていたノエルは、他人との付き合いはとても薄い。
自分の恋はもちろんだが、他人が恋する様子ですら見た事がない。
だから理解らない。本当の意味で理解れない。
「そばにいるとドキドキしたり、一緒にいると幸せだったり。そういうものであるのだろうと、言葉の意味は分かります。ですけどそれがどういうものなのか、言葉以外では分からない」
「…………」
「――――なんて事を考えてですね! まぁ、自分がだいぶアルヴィン王子に酷い事をしているんだなってのも改めて自覚してですね。何かこう……こうなんですよ」
上手く言葉に出来ないもどかしさを、ジェスチャーでそのままカウフマンに伝える。
カウフマンは少しだけ間を空けて「申し訳ありません」と謝った。
え、とノエルは目を丸くする。
「カウフマン様が謝るような事は何も」
「その対応を勧めたのは私です。ノエルさんを余計な事で悩ませてしまった。申し訳ありません」
そしてカウフマンは頭を下げる。
ノエルはぎょっとして、慌てて、ぶんぶんと首を横に振る。
「いやいやいや、私、結構ノリノリでやってましたよ! カウフマン様、何も悪くないですよ! 元はと言えば私がもっとちゃんとアルヴィン王子と話さなかったからで!」
「いえ。――――私がそうさせたくなかった、というのもあるのです」
カウフマンは少し視線を落とし、そう続けた。




