51.妖精オベロン
何はなくとも酒がある
byヴォトカ
沈黙の国に無事到着すると辺境の村で装備を買い揃え変装する。
ヴォトカはトレーラハウスを隠すために、沈黙の国の中枢を担うウォールという街に向った。
相棒の狼ロボと二人きりで旅するのもヴォトカにとっては良い気晴らしだった。
草の気配すらない荒野を永遠と走るだけの時間だけが過ぎていく。
「ウォール街か、聞いた話じゃウエスタン情緒溢れる場所らしいな」
「らしいっすね!」
ロボは相変わらず楽しいそうに鼻息を荒げている。
ヴォトカはテイマーのスキルでエネミーと会話することができる。といっても相手が対話に応じた場合のみという限定的な条件を含む。
「さて、あいつらがウォール街に来るのは今から三日」
「この調子ならどのくらいっす?」
「あと二時間くらいだな」
「ずいぶん速いっすね!」
「そりゃ、これだけずーっと真っ直ぐな道が続けばそうなるわな。アクセル踏んでるだけでよくて……眠くなるな」
ヴォトカは車に積んであったウィスキーをラッパ飲みする。ここはゲームの世界。無論道路交通法などあってないようなものである。
「まずいっすよ! 寝たら死んじまいます!」
「じゃあ、起こしてくれzzzzzzzzzz」
「ちょっっと!!! 居眠り運転までやったら! あーあーあーあー!!!!」
「冗談だよ起きてるよ」
そう言いながらヴォトカはウィスキーを飲み干す。
「さて、飛ばすぞ」
ウォール街まで特に無かったのでカット。
ウォール街に到着したヴォトカはトレーラハウスを隠せるだけの倉庫を手に入れるために倉庫区画の受付と話をしていた。
「倉庫を一つ借りたい。このトレーラが入るくらいの」
「トレーラをねえ……そうだなどのくらい借りるんだ?」
受付のオーバールに赤いシャツの如何にもな髭親父が腕を組んでいる。
「取りあえず1年」
「それならひとつき10000Gで十二ヶ月かだらか120000Gってところだ」
「……少し勉強してくれないか?」
「110000G」
「男にしてくれないか?」
「お、痺れる言い方だな。良いぜポッキリ100000Gってのは」
「ハナからその額だろ?」
「吹っ掛けられる時にやんだよ」
「余裕だな。もっと値切れるのか?」
「勘弁してくれ……と言いたいが、あるぜ50000Gの倉庫がな」
「随分安いな」
「いわく付きってやつだ。誰も借りたがらない倉庫がある」
「じゃあそこにしてくれ」
「そのトレーラがどうなってもいいならな?」
「生憎オカルトは信じない」
「へっ、そうかよ。案内してやる」
髭親父に案内されると、倉庫区画の僻地、森の中にある倉庫だった
「すいぶんと緑がまぶしいな」
「この場所は木を切っても切っても数ヶ月に森になる」
「伐採し放題だな」
「やめとけ、ティターニアに呪われるぞ?」
「ティターニア?」
「まぁ、それがいわく付きの原因だがな」
「詳しく」
「この国は今でこそ西部劇みたいな世界だが、元々は妖精やら精霊やらがそれはそれはわんさか居たそうだ」
「ロマンチックだな」
「俺たちの祖先は妖精や精霊の恵み教授して細々と生きていた。だが、エルダー合衆国の連中が精霊や妖精を高値で買うと言い始めてな。一部の者は反対したのだが欲に目が眩んだ奴らが次から次へと……」
「結果、この荒野みたいな場所に?」
「そうらしい。俺は生まれた時からこれしか知らねえがな」
「そっか、でここは精霊がまだ居るから緑があると」
「ああ、だが今じゃ精霊と妖精は人間を目の敵だ。憎む理由しかないからな」
「あー、だからいわく付き倉庫か」
「そういうことだ。着いたぞ」
森の中に似つかわしくないほど大きな倉庫が建っていた。鎖を引っ張りシャッターをあけるとトレーラハウスを中に格納した。
「じゃあ、鍵はこれだ」
髭親父から鍵を受け取ると、ヴォトカはトレーラハウス内にある食品類を消費するために早速、倉庫の外にテーブルとくつろげる長椅子を用意する。
それからは身を潜めるために朝昼晩と酒を飲む日々を送り始めるのだった。
ロボは運動がてらどこかに走り去って行った。
「ねえねえ! お酒を分けてくれないか!?」
おもむろに現われた緑の髪に緑の目の青年がそう尋ねた。
「君は?」
「僕はオベロン! 妖精さ!」
「妖精ね……ほら、ウィスキーしかないけどこれで我慢してくれ」
ヴォトカは封を切っていないウィスキーを一本オベロンに渡す。
「気前が良いね!」
「そりゃどうも」
「君は余所から来た人間かい?」
「そうだが?」
「話を聞かせてくれないか、君の旅路を」
「ああいいぜ」
「まずはどんな話だい?」
「そうだな、7匹クソ野郎が国を落とした話だ――」
オベロンは日が暮れるまで楽しそうに話を聞いた。
そして夕刻になると空っぽになった瓶だけが地面に置いてあった。
次の日になるとオベロンはまた現われて酒を催促して、ヴォトカに話を要求した。
ヴォトカは、二つ返事で今度は仲間がイカレた女の村に捕まった話をした。それもオベロンは楽しそうに聞いて、気づけば夕刻、空いた酒瓶がまた地面に置いてあった。
さらに次の日、ウィスキーは残り一本だった。ヴォトカが酒を飲もうとしたらオベロンが現われて酒を要求した。ヴォトカは少し渋ったが結局オベロンにウィスキーを渡し、水だけで我慢した。それからオベロンに話をせがまれると。仲間全員で戦った闘技大会の話をした。
オベロンはそれを嬉々として聞いて夕刻になるといつものように酒瓶だけを地面に残して消えていった。
三日目、ヴォトカは酒が抜けきって清々しく木漏れ日を浴びる。気持ちの良い陽気にうたた寝をしながら余った食料を食っていた。
いつものようにオベロンがやって来る。
「やぁ! ヴォトカ! 酒をくれないか?」
「スマン、昨日ので最後だ」
「君は最後の酒を僕にくれたのかい?」
「そうなるな」
「そうだったのか……すまない」
「いいさ、帰ったらまた手に入るから」
「そうなの?」
「だからいいんだ」
「なぁヴォトカ」
「なんだオベロン?」
「頼みがある」
「なんだ?」
「もうすぐ悪い奴が来るんだ」
「悪い奴?」
「だから守ってくれないか?」
「守る?」
「この場所……いや……僕の妻を」
そう言うとオベロンの体は薄らと透け始める。
「その体……」
「おっとそろそろか……僕はねもう死んでいるんだ」
「死んでいる?」
「魔力の残滓がここに残ってね今までは実体を成していたけど、どうやらもうそろそろだ」
「マジかよ」
「だからさ、頼んでいいかい? 妻を? 妖精女王ティターニアを――」
「わかったよ。お前はここで休んでてくれ」
ヴォトカがいつも座っていた椅子にオベロンを座らせるとヴォトカは犬笛を鳴らした。
そして同時に禍々しい黒い甲冑の男が現われた。
「誰だ?」
「我が名はランスロット、エルダー合衆国PLだ。ここにいるティターニアを捕獲しに来た。貴公は?」
「俺はヴォトカ、わけあってこの森を守っている」
「ならば敵であるな」
「そうなるな。でも俺は正々堂々戦わない」
「なんだと――」
その瞬間、一匹の巨狼がランスロットを押し倒し、牙を突き立てた――




