9.その願いが背を押す
好きな酒? 白州だな。やっぱり国産に限る。
byグルーパー
フライト王国は平原が国土の八割を占めている。そして水源も多く動植物にも優しい環境である。その反面、金属資源に乏しく輸入に頼っているのが現状である。
「ふう、ちょっとログインが早かったかな」
いつも通り名も無き獣人の村で目を覚ます。
「おはよう、チビ共」
宿代わりの家を出ると獣人の子供が楽しそうに遊んでいる。
「お、グルーパー、一ヶ月ぶり! 随分寝てたね」
「あー、まぁな、それより村長は?」
「畑にいるよ、すごい豊作なんだって! 昨日もおなかいっぱい食べられたよ!」
「そうか、それは良かったな」
グルーパーは子供の相手をそこそこに村長のところへ向った。
「いやぁ、しかし、みんな来るのはゲーム内時間で二日三日というところかな……まぁ、やることは多い、先に始めちまおう」
欠伸をしながらグルーパーは村の畑に向う。
「あらグルーパー」
「お、グルーパーさん」
「グルーパーさん見てくれ、こんなに収穫できた!」
畑に行くやいなや、村人が詰め寄ってくる。
「おいおいおい、そんな一気に来られても」
「ほっほっほ、みんな、今までに無いほど豊かになっていますからの」
村長が嬉しい表情で麦束を担いでいる。
「よぉ村長、重いモノばっかりで腰痛になってねえか?」
「なぁに、こんなに重い麦は初めてでむしろ元気になるばかり、本当にありがとうございます」
「いやいや、俺たちは技術を教えただけ、それを考え実行したのはあんたらさ」
グルーパーは事実を述べる。それに対して村人はいやいやと否定した。周囲は長い間飢えに苦しんだ経験があるのかこれほどまでに食料が豊かになったのは夢だったのだろう。
「最初は政府の使いかと思ったが、疑ってすまなかったな」
「いや、俺が逆の立場だったら同じ事をしたよ、しかし、いずれ国境を越えられるか獣人差別がなくなると……いいな」
自分で言っておきながら、それがいかに難しいことか想像しただけで胸が張り裂けそうだった。
「そうですね……それまで我々はここで影を潜めます。この辺は人っ子一人通らない場所ですからね」
「ええ、そうですね、さて、私は近くにある人の住む村に行ってきます」
「また例の情報収集ですか?」
「はい、ああ、それとしばらくしたら他の者も目を覚まします。私が隣村に行ったとお伝え下さい」
「わかりました」
村長は髭を撫でながら老いた獣耳を動かした。
ちなみにこの世界の獣人についている猫耳、犬耳は魔力を感知するために発達した器官であり、聴覚を持たない。側頭部にはきちんと人間の耳がついているが、獣人の風習で耳を隠す風習がある。性器を見られるレベルで恥ずかしいとのこと。
グルーパーは百リットルサイズのバックパックの側面に休憩用のテントとアウトドア用品を最低限くくりつけるとなれた手つきで背負い込み、大きな布で全身を隠すと村を後にした。
周囲を警戒しながら馬車道に出ると安堵したように道なりに進む。
「とりあえず大丈夫そうだな」
一息つくために、グルーパーは葉巻を取り出すとオイルライターで火を付ける。口にくわえながら道を進む。
時々すれ違う行商人や馬に乗る旅人、中には関所に向う兵などともすれ違う。どれもグルーパーを気に掛けはしない。
「止まれ」
上等な身なりをした男が馬上からグルーパーに声を掛けた。
「何用でしょうか?」
グルーパーは顔を覆っている布を深くしながら聞き返す。
「この辺りで、逃げ出した獣人の奴隷が集落を作っているそうだ、心辺りはあるか? 偽りなく申せ」
男は傲慢な態度で問う。グルーパーはしばらく何かを思い出すように沈黙を保つ。三十秒ほど静かにした後、首を傾げた。
「知らぬか」
「あなた様は私より聡明であると存じておりますので」
グルーパーは答える。
「そうか、もういい、道を空けよ」
グルーパーは静かに道をどき、草むらへ足を突っ込む。
すると他の馬より遥かに装飾が凝った馬飾りに乗り手も豪華絢爛な衣装を身に纏った男が横切る。
「そこの者、頭を垂れぬとは我がフライト王国第一王子リオンであることを知っての振る舞いか?」
金髪に端正な顔立ちそして傲慢を通り越した物言いがグルーパーを僅かに苛立たせた。
「これは失礼しました」
グルーパーはその場に膝を付き頭を垂れた。
「此度は見逃そう、さて、お前」
「何でしょう」
「獣人を探し出せ」
「僭越ながら、私は流浪の民、この国に足を入れてまだ浅く、全ての獣人を探せと言われましても国が広すぎます」
グルーパーは決して嘘をつかない、同時に真実も語らなかった。
「流れ者、良く聞け、ここでは我がルールだ、我が理だ、故にお前は我にやれと言われたことは死んでもやるのだ。もしやれぬというなら――」
リオンは付き人の兵士を顎で使い、グルーパーに仕向ける。危機的状況に苦肉の策を考える。
「お、お言葉ですが、リオン様、フローレンスという女性をご存じですか?」
「フローレンス……その医術師なら我が母と父の流行病を治すために城にいるがどうした」
うわ、こいつクソみたいに口軽いし、途中で早口になるあたりなんかを隠そうとしているのがモロバレで草しか生えない。とグルーパーは内心見下しながら、胸ポケットからフローレンスから頂戴したカードを取り出す。
「私は見境なき天使団と少しありまして、あまり大声では言えぬことではありますが聡明な王子リオン様であればおわかりなられると思います」
「なに……?」
「ここは今一度、私にお与え下さった命を取り下げては頂けぬでしょうか?」
カードは本物であるとリオンも即座に気付き、それ以上は何も言わなかった。
「ふん、そういう事であれば好きにしろ、しかし獣人のことで隠し立てすればどうなるかわかっているな?」
「ええ、もちろんでございます」
リオンは頭を垂れるグルーパーを横目に兵を五十名ほど連れて進んでいった。
五分ほどその場に止まり、蹄の音が消えるまで息を殺して無心となった。
「はぁ……」
ごま粒ほどの王子たちを見送り、右手と左手を交差させて右手の親指を地面に突きだし、左手の中指を天に向ける。
灰がすっかり伸びきった葉巻を携帯灰皿に入れて、グルーパーは村へと向った。
夕方頃に村に付くと早速、見境なき天使団の支部を探す。杖に蛇が巻き付いた白地に赤の紋章は直ぐに見つけられた。
「あの、見境なき天使団ですか?」
「ええ、どうかしました?」
「あーいえ、このカードを頂いたのでお礼を」
フローレンスから頂いたカードを見せる。
「あー、フローレンスさんの知人でしたか」
「そんなところです。今回は挨拶だけです」
「律儀ですね、何かあれば声を掛けて下さい」
「ええ、どうもお姉さん」
グルーパーは少しあることを済ませると、酒場に向った。
店の中は活気に溢れ、既に飲んだくれがいる状態だった。
グルーパーは店の隅で、酒と食い物を頼むと耳を澄ませ、周囲の話を盗み聞く。
「なぁ、聞いたか?」
「なんだ?」
男二人が会話を始めたので、頼んだステーキを豪快にかぶりつきながら。話を傾聴する。
「あのリオン様が獣人狩りに出向いているそうだ」
「お、本当か?」
「ああ、今日、この村に立ち寄った行商がすれ違ったと言っていた」
「となると、噂に聞いた獣人の隠れ村か」
「ああ、どうやら既に場所は押さえているらしい」
「じゃあ、時間の問題だな」
グルーパーは焦燥感と不安に襲われながら、ステーキを口に押し込むと財布から金を取り出しテーブルに置いて店を後にしようとする。
「お客さん!」
ウェイターが声を大きくしてグルーパーを呼び止める。
「釣り銭はいらねえ!」
「違うのよ、全然足りてないの!」
グルーパーは席に戻り、不足分の金を支払う。
「いや、はい、ほんと、すいません……」
「全く、勘定くらいしっかりしておくれよ」
「いや、はい、ほんと、仰る通りです……」
グルーパーは店を飛び出すと急いで獣人の村に戻った。
「うっぷ……おえぇ」
食後直ぐにキツい運動すると食物が口から戻ってくることを学びながら――
途中、嘔吐、転倒、隠密行動に時間を食われながら、何とか村を視界に捉えることができた。
しかし、それはグルーパーにとって、始まりでしかなかった。
「火が……燃えている」
徐々に悲鳴が耳に届くようになる。それと同時に笑い声も混じり始める。グルーパーはそれが何なのか理解することはできたが、心が事実を拒絶していた。
もはや、どうすれば最善なのかさえわからなくなっていた。胸が焼けた空気と絶望と恐怖、そして怒りでグチャグチャになっていた。
女を嬲り、子供虐げ、男を切り捨てる。血と悲鳴、そして焼けた匂いの中にグルーパーはひっそりと足を踏み入れた。
何も出来なかった。
そう、何一つ出来なかったのである。
理由は簡単である、グルーパーが弱いから、力が無いから――
グルーパーは頭を抱えてまだ焼けていない家屋の中に閉じ籠る。
悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、木霊する。グルーパーの耳の穴で何度も何度も反響し音を強める。
「助けて、グルーパーさん」
誰かの声が耳に入る。
しかし、グルーパーは英雄ではない、臆病な日本人である。リスクに怯え何もできない哀れな一プレイヤーに過ぎない。
「助けて、グルーパーさん!」
グルーパーは英雄ではない、気がついていたら体が動いていたなどという都合のいい話はない。
だからグルーパーはよく考えて、心を前に進めた。
顔を布で隠し荷物をおろすと、防刃性の黒い手袋を身につける。あとは練習通りの動きを再現する。
家屋を飛び出し、捕まっていた。正確には違う表現になるが、とにかくグルーパーの逆鱗に触れるような状態であったのは確かだった。グルーパーはストライカーとして力を発揮し、兵士の顎を殴りすかさず背後に回り込むと首を捻り骨折させる。それから鎧を着た死体を持ち上げると女性を取り押さえていた兵士に投げつけた。
女性を抱えるとグルーパーは家屋の中に戻る。
「大丈夫ですか?」
返事はなかった。しかし、女性はまだ生きている。手足は紫色になり、半身は焼けただれていた。
女性は息が出来ないのか、口で五文字の言葉をグルーパーに伝えると直ぐに息を引き取った。
それから直ぐに兵士たちは飽きたのか帰って行った。
その中心には王子リオンがいたことだけは、グルーパーの網膜にしっかりと焼き付けていた。
朝日が昇ると、グルーパーは生き残りを探したが、女、子供も関係なく抵抗した者は無残に殺されていた。
虫の息の長老を見つけるが、グルーパーを見ると、また五文字の言葉をグルーパーに伝え、息を引き取った。
それから穴を掘り、亡骸を埋め、木製の粗末な十字架を立てるとグルーパーは呆然としていた。
焼けた麦畑を背に墓を正面に据えて涙を流すしか無かった。
それから次の日になり、七人が集結した。
全ての顛末を語ると、六人は墓の前で両手を合わせた。
「何が……何が……だよ……クソ……クソが!」
地面に額を擦りつけながらグルーパーは己の弱さに絶望した。
他のメンバーは励まそうとしたが逆効果であることはよく知っていたため、それ以上は何も言わなかった。
「なぁ、グルーパー、そろそろ行こう」
「…………ああ、そうだな」
グルーパーは立ち上がると、泣き腫らした顔でもう一度、墓に手を合わせる。
「あなた方は天から、私を支えて下さい」
そして、背を向け、彼らは前に歩き始めた。
墓にはポップ画面が表示されていた。内容は次の通りである。
『新たな職業ステーツマンに覚醒しました』
画面の後ろでは、かつての仲間たちがグルーパーに笑顔で手を振っていた。
声にならない声でありがとうと口を動かしながら。
そして、光とともにそのエフェクトと画面は消え去った。
グルーパーは獰猛な肉食魚、その貪欲な食欲は時に自分の体の半分ほどの魚を丸呑みにするほど。
白身は絶品とのこと
なお作者は食べたことないので今度楽天で購入予定。