第1話 勇者とアイドルと魔王と俺と
「駄目なのっ! スイはあたしのものよっ!」
「何言ってるんだよ! 俺のものに決まってるだろ!」
「問答無用で私のものだ。当たり前だろう」
…何やってるんだろう…
そこはいつもの食卓。
自分の家で。
自分の町で。
自分の国で。
自分の世界で。
ただ一つ、違うことと言えば。
…変な人たちがいること。
「ねーえ、スイ? あたしたち、コイビトよね?」
…何で?
「いや、スイは俺のカノジョだよな!?」
…どうして?
「スイは私の下僕だよな」
…それだけは遠慮させて頂きます。
―――――さて、何故こんな事になっているのかというと。
俺は藤見 スイ。
「スイ」にあえて漢字をあてるなら「水」で、生物学上一応女。
全てが平凡中の平凡で、成績は中の上、背は中の下、顔も中の下。対して取り柄もない中学3年生である。
家族も普通に四人家族、父は普通にサラリーマン。母は専業主婦。妹は中学1年生。
そんな凡人家族である。
が、丁度半年前だったろうか。
自称「異世界の勇者」と「異世界のアイドル」がやってきて、俺を異世界に掻っ攫っていくという事態に。
そこで「魔王を倒す旅」だか何だかに連れていかれ、山あり谷あり、勇者とアイドルのセクハラ行為ありの末に魔王を見事倒したのだった。
が、そこで物語は終わらず、魔王は最強だった自分を倒したスイつまり俺に惹かれたらしく、俺達についてくることになり、4人で最初に旅立った国の王都まで帰ってきた。
王都に帰ってきた俺達は、とりあえず皆の祝福を受け、一週間もの長い宴を開いた。そこには魔王もいたのだが、良かったのだろうかと今でも思う。まあ、楽しかったからいいか。
そして楽しかった宴も終わり、俺達は別れの時。
…と、漫画やアニメならいくはずだったのだが。
ありえないことに勇者とアイドルが突然俺に告白、因みにその言葉は、勇者「ずっとお前のことが好きだった。旅を続けるうちに分かったんだ、お前に抱くこの気持ちが」アイドル「あなたが女でもいいわ。好きになってしまったのよ」だった。
突然のことだったが、その告白には妙に納得。
セクハラ行為は愛情表現だったのか? 嫌だ。
そこに魔王も乱入、「最初に告白したのは私だ」とかいう謎の理由で俺をモノにしようとしたり、うん…まあ、以下略。
そんなこんなで、その決着をつけるために俺の世界で俺の国で俺の町で俺の家でいつもの食卓にいるのだった。
…長いですね。しかも文字多くて読む気なくしますね。
うん、一言で言いますと。
「異世界の人が俺を取り合って俺の家にいる」
…意味不明? そうですね、でも俺にもよく分かりませんから。
「スイー、こいつらに何か言ってやってよ! あたしのスイに手ぇ出そうとするんだからっ!」
「はあ!? スイは俺のものだっての!」
「私のものだと言っているだろう! なあ、スイ?」
…やめてほしいです、本当に。
因みに俺の異世界での称号は「水の精霊」。名前についてのいじめだったのかどうかは今でも定かでないが。
「えー…ナオ、カイン、ルヴェルト? うちで変なことするのはやめて下さいね」
「だって、だって! 勇者と魔王ったらありえないんだよー! あたしのスイなのにっ」
「いやだーかーらー! スイは俺のものだ!」
「私のものに決まっているだろう」
またぎゃあぎゃあ騒ぐ3人。
因みに、自称アイドル少女がナオ、勇者がカイン、魔王がルヴェルトである。
どうしよう。この集団どうしよう。
家族は今いない。というか、半年前からいないのだ。家族旅行という名のいじめで俺を置いていってしまった。家族旅行とか言いながら長女を置いていく家族がいるものか。理不尽というか不可解な世の中だ。
まあ、家族がいないため楽と言えば楽なのだが…下手すれば家が崩壊する。
異世界でさんざん暴れていた奴らが、こっちに来て急に大人しくなるとは思えない。というか下手したら誰か死ぬかもしれない。
それを止めるのが俺の役目らしいのだが…不安すぎる。
「…何でもいいからやめて下さい」
「「「えー」」」
そこだけ揃うんかい。
心の中で突っ込みを入れる。
「やめないと、絶交します」
その言葉で、その争いはぴたりとやんだ。
うん、さすが。ちょっぴり優越感。
「とりあえず、うちは一応広いんで…3人寝れるの部屋はあると思いますけどね」
俺がそう言うと、3人は顔を見合わせた。
そして、同時にこう言った。
「「「スイと一緒の部屋がいい」」」
…きたか。
「遠慮させて頂きます」
俺は、にっこり笑って言った。
勿論ブーイングの嵐。でも無視。何とでも言うがいい、俺は自分の身が可愛いですから。
と、いうか。たった半年間の付き合いで、誰が一緒の部屋で寝るか。
「宿屋で一緒のベッドで寝た仲じゃないか!」
「誰がいつ一緒に寝たんですか」
カインを殴る。
うわ、涙目だ。どうしよう。殴っただけで涙目の勇者っていいのかな。
おっと、邪念が。ごめんなさいねカインくん。
「あたしたちは同性だしいいわよね?」
「…激しく身の危険を感じますから」
ナオはある意味一番危険だ。そんな事言って風呂にまでついてきそうだし。
「じゃあ私と眠れない一夜を「嫌です」
すみません、ここに歩く18禁がいます。警察呼ぼうかな。つーかまじでやめてくれ。この物語全年齢対象ですよ。
ルヴェルトはほんとに、色々な意味で脅威だ。
「…スイは、そんなに私が嫌いか?」
悲しそうな目で見つめられても…良心が痛みますから。ちょっ、やめて、そんな目で見ないで下さい。
嫌いじゃないですから。ただ、身の危険を感じるだけで…
「スイ、騙されちゃ駄目だ! そいつは魔王だぞ!?」
「あーもうだから、カインもカインです。それは過去でしょう? もう魔王をやめたんですから…ね、ルヴェルト」
「…スイがそう言うなら」
本当に疲れる人たちだ。
一緒に暮らしていける気がしない。
でも、どうせ帰ってくれないだろう。そもそもどうやってあっちとこっちを行き来しているのか分からないが。
「…はあ。とりあえず、いいですか? くれぐれも、騒ぎは起こさないで下さいね」
「大丈夫よ♪」
「おっけー」
「努力はする」
…なんだか、不安だなあ。
ま、半年間なんとかやってきたし…(ルヴェルトは別としても)なんとかなるだろう。
俺は、楽観的に考えていた。
…が、そのあと、部屋を決めるのに4時間半もかかったという。