鍛冶師リュウレイ(43)
「よっしゃ、着いた――!!!」
村を一望できる東の峰の頂に黒髪の鍛冶師見習リュウレイの声が響き渡る。彼女の脇にはこれまた黒髪の華奢な少女カンショウがぐったりした様子で、抱えられていた。
そんな二人のすぐそばに空から白い布地をまとった緑髪緑眼の少女、暁の歌姫を継承する風守りの末裔リュウフォンがふわりと舞い降りた。
「二人ともお疲れ様――! 空の上から見てたけど、結構早かったね」
「……私、死ぬかと思いました。次からはフォン姐さんか、自力で登ります――」
いつもより少し汗をかいた程度のリュウレイに比べて、よほど怖い目にあったのかカンショウは今にも死にそうな顔に大量の冷や汗を掻いていた。いや、全身と言い換えたほうがいいか。
カンショウを岩場の上に座らせたリュウレイは自分の手ぬぐいで彼女の汗を拭ってやりながら、声をかける。
「どうだ、結構迫力あっただろ? 五年位前にこの修業を始めたころは毎朝、義母さんに背負われてこの山を登ってたんだよ。途中で自力で登る道を覚えてからは何とか朝飯に間に合うように必死で上り下りするようになったんだけどな」
「私の考えが甘すぎました。炎の精の加護があっても、私ではまだまだレイ姐さんやフォン姐さんにはかないません。それがよくわかりました……」
がっくりとうなだれるカンショウを前に、リュウレイはさすがにやりすぎたことを痛感する。しかし、今朝はリュウレイにもカンショウに付き合ってもらう理由があった。それは彼女の体に宿る姉姫たちの加護、それが同じ炎の眷属であるリュウレイにどれだけの影響を及ぼすのかを調べるためでもある。
案の定、人の感情に強く左右される炎の精はリュウレイがいつも以上の無茶ぶりを発揮して妹分のカンショウを自分の脇に抱えたまま、東の岩肌を上っていくうちにその力を示したのだ。
まず、体が軽くなったかのように錯覚が生まれ、次には自分の望み通りに体中の筋肉が躍動を始めた。いくら体が軽いカンショウとて、人ひとりの重さである。それなりに苦戦を強いられると思いきやその重さすら羽のように感じられる始末であった。
結果として、カンショウが先に述べた通り体力が圧倒的に勝るリュウレイはさらにその伸びしろを大きく伸ばして、いつもより若干早く遠駆けを制覇してしまった。
これほどの感覚、リュウレイにとっても初めての経験である。
――道理で、初心者のカンショウがあそこまで動けるようになるわけだ。これになれると後が怖いな。普段はなるべく自分の意思で抑制するように仕向けておこう。力の制御なら、私よりリュウフォンの方が向いている。あとは二人に任せるしかないな――。
リュウレイの視線を受けたリュウフォンは持ってきたお菓子や飲み物を準備していた手を止めて、こくんと頷いた。この実験とも言い難い出来事はカンショウの願いを聞いたリュウフォンがリュウレイに提案したことだ。
この前の大樹前での稽古の時に見たカンショウの姿は明らかに強い力に酔いしれている感があった。カンショウとて、まだ自分の心さえ持て余す15の少女に過ぎない。
昨日、姉姫アルスフェローのもとを訪れたリュウフォンはそのことを彼女に指摘した。すると姉姫は自分たちの力が強く作用しすぎたことを反省し、その抑制と制御をリュウフォンに依頼してきたのだ。
「ごめんなさいね、私の力だけで十分すぎたのにルタとカレオラの願いを聞いたら断り切れなくて。カンショウに立派になってほしいと思うのはみんな同じだから。リュウレイとリュウフォンに力になってあげてほしいの。ちゃんとお礼もするか、お願いね」
「まあ、アルスのお願いなら、リュウレイも嫌とは言わないよ。それにカンショウは私たちが思うよりもあの力になれているような感じもあった。うまく鍛えれば、そのうちある程度炎の精を使いこなす可能性はあると思うよ」
「そうなんだ……、さすがはうちのカンショウ! リュウレイたちには負けてないわね!!」
そう言ってほほ笑む姉姫の姿にリュウフォンはどれだけ親バカなのと心の中でつぶやいた。
そうしたいきさつもあり、今日はカンショウの希望を聞いたうえでリュウレイがかつて義母リュウメイに受けた仕打ちを再現することになったわけだ。
もっともリュウメイはちゃんと今より幼かったリュウレイのことを考えて、なるべく負担の少ない道筋を選んでいた。今日のリュウレイはこの前のカンショウと同様に自分の力に狂喜乱舞していただけという見方もある。
強すぎる力をうまく使いこなすにはどうすべきなのか、よくよく考える必要があった。当のリュウレイはまだそこまで思考が追い付いてはいないだろうが、これもかわいい妹分のためである。
リュウフォンはようやく落ち着いたカンショウにリュウシュン特製の焼き菓子と飲み物を差し出して、その労をねぎらった。
「ありがとうございます、フォン姐さん」
そう言ってカンショウは焼き菓子をおいしそうに頬張る。それを見たリュウレイも負けじと焼き菓子にかじりついた。一度に半分食いちぎるのは行儀が悪いと何度も言っているのだが、こればかりは食い意地の張ったリュウレイのこと。改善の兆しなど、たとえ比嘉西から上がってもあり得ないと断言できた。
それじゃ私もと、リュウフォンが焼き菓子を口に運んだ時、カンショウがぼそりといった。
「姐さんたちはすごいですよね、リュウレイ姐さんのそばで感じていたからなんとなくわかるんです。お二人とも、何かとてつもない力を隠していませんか?」
「……なんだ、それ?」
思わずリュウレイがたちが顔を見合わせる。自分の隣に座るリュウレイたちの反応を交互に見比べたカンショウはそれでも自分の推測に微塵も疑いを抱いていないようだ。
――確かに彼女の言わんとすることに心当たりがないわけではない。しかしそれを使うことなどありえないことなのだ。まあ、リュウレイの方は禁足地に赴いたときに、縁があるかもしれないが。
「カンショウには悪いけど、そればかりは何とも言えないな。あってはならないこと、だからな」
「あってはならないこと、ですか?」
「私とフォンが義姉さんの眷属になったのは、義姉さんと子供たち、ひいてはこの村の人たちを守るためなんだ。だからこそ、この五年必死に鍛えてきたわけだけどな」
リュウレイが語るのをリュウフォンは黙ってうなずいているだけだった。おそらくこういうことはリュウレイの口から語ったほうがいいと感じているからだろう。
「もし、仮にカンショウの言うものがあるとして、それを使う時を考えてみろ。それが自ずと答えになるはずだ。そしてそれはそのまま、カンショウ自身にも当てはまることになるぞ」
「私も、ですか?」
リュウレイはカンショウの頭を撫でながら、首肯する。姉姫アルスフェローは決して彼女を自分の盾にしようとはすまい。むしろ身内を大事にする彼女は自分がカンショウを守ろうとさえするはずだ。
それに対し、リュウレイは自らの意思で姫長の盾となることを望んだ。両者の違いはまるで正反対だ。だがそれは今の段階に過ぎない。いずれ力をつけたカンショウもまたリュウレイと同じ結論に達する可能性もある。
いずれにせよ、眷属は主に逆らうことはない。あってはならないことの一つだ。その先に待つものは、炎神の裁きによる破滅。
こう語ると暗い面しかなさそうだが、それを別にしても眷属となることは恩恵とともに主の信頼を勝ち得たあかしでもある。むしろ誇るべきことであるといえた。
それに引き換え、生まれながらにしてずば抜けた身体能力を持つものが一人いる。いうまでもなくリュウレイの義母リュウメイだ。彼女も姫長メイシャンの加護を受けているものの、それは後から授かったことに過ぎない。
のちに彼女はさらにとあることがきっかけで自分の力を伸ばし、先祖返りを成し遂げてしまった。その大きな変化は弟リュウシンの運命を大きく変えてしまうことになるが、今はまだ語らずにおこう。
眷属となって、リュウレイは大きく成長を遂げた。それは自分を妹としてかわいがってくれた姫長メイシャンのやさしさであり、またリュウ家を背負って立つ身内としての期待の表れでもある。
同じく、姉姫の期待と村人たちの信頼を受けるカンショウにも大きく羽ばたいてほしい。そのためならリュウレイは自分の持てるものすべてを彼女に叩き込むつもりでいる。
そして自分の未来のためにも独り立ちして鍛冶師リュウレイとなるのだ。
強い決意を秘めた眼差しで大切な人々が住まう鍛冶師の村を見つめるリュウレイ。そんな彼女の横顔を見つめていたカンショウは高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死であった。
「……わかりました。今はまだよくわからなくても、私にもそのうち理解できるようになるってことですよね?」
リュウレイは静かにうなずく。こればかりは積み重ねた思いの先にあるものだと思う。願わくばこのかわいい妹分にもそうした思いが宿ることを祈るばかりなのだ。
自分を温かく見守るリュウレイの視線に気が付いたカンショウはそっと彼女に寄り添い、身を委ねる。
――でも、今はまだこのままでも構いませんよね? 私のリュウレイ姐さん……。
リュウレイをうるんだ瞳で見上げるカンショウ。二人は静かに、そして情熱的な口付けを交わしていた。
「――私のことも忘れないでね?」
「絶対、忘れるわけないじゃないですか。フォン姐さん――!」
二人の姐に囲まれたカンショウの心はこの上もなく、晴れやかであった。その後、ふもとまでの下りでカンショウは何とか半分以上までリュウレイについていき、そこで力尽きた。自分を胸に抱いて、岩棚を下るリュウレイの力強い姿に改めて尊敬と彼女への思いを深めるカンショウ。
汗を流すためにやってきた共同浴場では、いつも以上にリュウレイとリュウフォンに甘える彼女がいた。
「これも私にとっては大事な稽古です!」
笑顔でそう言い切るカンショウに、案外そうなのかもしれないなと苦笑いするリュウレイたち。楽しい日々はこれからも続きそうだった――。




