鍛冶師リュウレイ(22)
村長ゴウケイの元を訪れたその日の夕刻、いつも通り仕事を終えたリュウレイは工房の事務所である人物と向かい合っていた。ちょうどこの日、他の谷の村の視察を終えて戻ってきたオルセイ・ビダルその人だ。各村々の行政を司るオルセイは、かつてこの地の人々に炎神の恩恵を与えていた人物でもある。民政に携わるようになってすでに300年余り。
人間で言えば40を過ぎたくらいの外見の壮年の紳士はリュウレイの話を聞き、驚いた表情を浮かべた後、真剣な眼差しで考え込んでいた。長い寿命を誇る炎の民レゾニア人。
遥か昔、初代の王アルファムとともにこの地に王国の礎を築いたとされる炎神の姫巫女レゾニアの末裔たち。特に直系の王族とその王族から枝分かれしたすべての貴族たちは炎神、すなわち神に連なる血を受け継ぐ誇り高き一族とされている。
若かりし頃からすでに数百年の長きにわたり、この地に住まう人間たちに関わってきたオルセイにとって彼らは身近な存在であり、いわば身内のようなものであった。八年前、村々を襲った悲劇の時も自ら率先して傷ついた村人たちの救済と復興に当たり、人々から厚い信頼を受けている。
その彼をして、目の前の少女リュウレイが言い出したことは初めて耳にすることであった。オルセイやほかの貴族の祖先たちがふもとの町に領地を与えられたそのきっかけ、それが古の鍛冶場を放棄して当時、北方の辺境で貧しい暮らしを送っていた人間たちを移住させ鍛冶の仕事を与えることであったのだ。
恐らくは祖父や曽祖父の代の話。一族の長を務め、ふもとの町の領主フェリナ・レイアスの後見を務めるフレマス・ビダル。かつての貴族連盟三代目最高議長バフェール・イダムの片腕あり、先の国王アレンダールの長女フェレナスを娶った評議会第二位の名門貴族オスレイ・レイアスより深い信頼を得ていた彼は末娘であったフェリナの後見を託され、その後フェリナの領地となった周辺地域の行政権を与えられた人物でもある。
オルセイの主筋に当たるフレマスでさえも、今では人の住まわぬ緑深き故地へと足を踏み入れようという酔狂な願いを聞いたことはなかったであろう。それは日の出の方角、東に通じるがゆえに橙の隧道と呼ばれた失われし古道の先にあるという。
四百年近く生きたオルセイでさえも、一族の者からその存在を伝え聞く程度のもの。現在、その地がどうなっているのかなど考えたことさえなかった。
「ふむ、これはなかなかに興味深い提案ではあるな……」
金髪に碧眼、穏やかなそうな顔に生やした口ひげを弄びながら、オルセイは思わずそう呟いていた。一見芝居がかったその仕草も彼のような洗練された外見の持ち主がすれば絵になるものだ。
オルセイの返答を待つ間、リュウレイはそんなことをのんきに考えていた。食堂の方では姉のリュウシュン一家と鍛冶師の仲間たち、それにリュウフォンやカンショウが結果を今や遅しと待ちわびているはずである。
机を挟んだ向かい側に座るリュウレイを見たオルセイは落ち着かない様子で先ほどの問いかけを繰り返した。
「リュウレイ、もう一度訪ねるがそなたはこの白の山嶺で採れた鉄で独り立ちの儀に臨みたい。そういうのだね?」
「はい、その通りです。オルセイ様」
迷いのない、どちらかと言えば済ました声でリュウレイが答える。自分ではいつものガサツな面ではなく、こちらの方が本来の自分であると不遜なことを思っていたりするが今は普段の心掛けが役に立っているようだ。全ては元姫巫女に仕える侍女であり、今はリュウ家の名を受け継ぐ跡取り娘としての心構えだ。
「そして、古の鉱脈が眠る我が祖先の遺跡に足を踏み入れたいと――」
十分、無礼であることは承知している。まだ鍛冶師としては未熟なリュウレイにとっても人間に鍛冶の業を伝えた偉大な先達の遺跡探索を前にかなり緊張しているのだ。
――お風呂場でリュウフォンにちょっと甘えたりして、張り詰めた自らの解きほぐすかのように振舞うのもそのためなのだ。ついでにカンショウもかわいがったり……。
いや全ては煩悩のためではなく、神聖な鍛冶の道に全身全霊で臨むために必要な、人として尊い行いなのである!
……尊敬してやまないリュウ家の嫡男、リュウシンが今のリュウレイを見たらどう思うだろうか。多分、別人だと思われるかもしれない。まあ、変わり過ぎた自覚もあるしそれは仕方ない。
心の中で、込み上げてくるどうしようもない考えを振り払うリュウレイははたから見れば非常に真面目な素振りを浮かべているように見えた。事実、目の前のオルセイもまたリュウレイの覚悟を目の当たりにしてため息をついていたのだから。
「仕方あるまい、若者たちが度胸試しの類にかの地に踏み込むのは恐れ多いことだが、そなたには強い動機とはっきりとした目的がある。私とて、この地の鍛冶が衰退していくのを見るに忍びない。先祖代々守り続けてきた鍛冶の業を今度はそなたたちの世代が受け継ぐ時が来たのだ。この一件に関しては私が許可しよう。しかし、すべては自己責任。何が起ころうともそれはそなた自身が責を負うべきことなのだ。それが大人になるということ、それだけは忘れてはならないぞ、リュウレイ!」
「はい、心得ております。お許しいただき感謝の言葉もございません、オルセイ様。この御恩はリュウレイ、一生忘れません。必ずや我が目的を果たしご期待に応えてみせます」
オルセイの言葉にリュウレイは深々と頭を下げて、感謝を述べた。オルセイは弱り切った表情でそれを見るばかりだった。別に許可するのはやぶさかではない。しかし、その先で何かあった時、この優秀なリュウメイの跡継ぎを失うことを恐れたのだ。
炎の王であるリュウシンの実家、リュウ家には今待望の後継者であるリュウオウとリュウサンの二人がいる。しかし、その二人が鍛冶師となるかは定かではなく王の剣を打ち上げたリュウメイの名跡を継ぐのはリュウレイただ一人。
昔から、その悪名とともに鍛冶師の村を支えてきた有力な一族であるリュウ家とその縁者たちをオルセイは頼りにしていた。それはふもとの町の先代領主フレマスも同様だったのだ。しかし、長きにわたり北の地を支えたこの貴族をして物事の本題を見誤っている。
彼が問題としてとらえているようなことが起こるわけではなく、むしろ悪ノリしたリュウレイがかの地で何をしでかすか、その方が大問題である。
それはおいおい語るとして、リュウレイはこの日禁足地探索の許可を得た。
それは彼女が義母リュウメイの跡を継ぐと宣言してから六年余り、様々な困難を乗り越え、鍛冶師としての地歩を築いたゆえの成果でもあった。
かの地でリュウレイを待つものは何か、それは意外な再会から始まるものであった――。




