鍛冶師リュウレイ(20)
「村長様、この村で採れた鉄が欲しいんだ。私はその鉄を使って独り立ちの儀に使う剣を打ちたい――」
無理は承知でリュウレイが言う。それはまるで抜身の剣で今にも寝たきりの村長に切りかからんばかりの気迫に満ちていた。一方、それを受ける村長もリュウフォンたちをかわいがっていた好々爺の雰囲気などどこかに吹き飛び、かつての名工ゴウケイの勇ましさを覗かせていた。
「リコウや他の者たちから聞いていたが、やはりそれにこだわっておったか。お前さんも今やすっかりリュウ家のものというわけだな、リュウレイよ」
「それが先祖代々受け継いだリュウ家の業ってことだよ、村長様。私が納剣堂で思い知ったのは、鉄がないってこと。私より以前の鍛冶師たちはみなこの村で採れた鉄を使ってあの剣の祠に納めていた。だけど今の私にはそれがない!その悔しさが、あんたら先輩たちにどれだけわかる!?」
突然、声を荒げたリュウレイの姿にカンショウが怯えた様子で、隣のリュウフォンに抱き着いた。
「レイ姐さんが怖いです、フォン姐さん――」
自分を見上げるカンショウの視線に表情を殺したリュウフォンはただ首を横に振るだけだった。納剣堂に行ってから今日まで一月以上の間、リュウレイは人知れず自分なりに独り立ちの儀の準備を進めていた。リュウフォンもずっとそれに付き合っていたのだ。
しかし、当初から困難は予想出来た。まず、二人が目をつけていたのは以前の主要な鉱脈が存在した、東の頂の向こう側だ。リュウレイの義母リュウメイは、よくこの先の山々をめぐり質が悪いとはいえ、鉄を含んだ石を採取していたのだ。
それはリュウレイがまだラナと名乗り、リュウシンやメイシャンとともに初めてこの白の山嶺にやってきた日も同じだった。その日、ほぼ三日ぶりに山から下りてきた義母リュウメイは真っ赤に染まる夕日を背にラナやメイシャンたちの前に姿を現した。
その時の感動ともつかない込み上げる思いはいまだにこの胸に焼き付いている。自分たちはこの人に会うために旅を続けてきたのだとその時理解した。そして今では鍛冶師の村の一員となり、独り立ちの儀に臨もうとしている。
自分はよそ者に過ぎない――。
そんな卑屈な思いがリュウレイの心の片隅に存在する。それは義姉メイシャンに妹として認められ、リュウフォンと義理とはいえ姉妹となり、リュウメイの娘となった今も変わらずに残っている。
くだらない感傷に過ぎないのは自分でもよくわかる。けれど、この村で一日一日と過ごすうちに、村の皆と親しく接するたびにその思いは少しずつ大きくなっていく。止めは南麓の鍛冶師たちが訪れた時だった。
あの時、自分より遥かに恵まれた鍛冶師の娘カンショウを見たとき、殺意すら覚えたのはそうした理由もあった。自分には無いものを持つ彼女を見て、醜い嫉妬に駆られていたのも事実だ。
リュウフォンの執り成しがなければ、今こうして彼女と接することすらままならなかったろう。だからこそ、余計に自分に懐くカンショウがかわいく思えてしまうのかもしれない。
皮肉にもカンショウもまた、名門であるカン家を再興させるという見果てぬ夢をその小さな胸のうちに抱いている。それは母や大先生の跡を継ごうという自分にも通じるところがある。
いずれ、彼女も納剣堂に剣を納めることになる。その前にどうしてもこの村、かつての白の山嶺で採れた鉄を用意してやりたい。そんな無謀な思いが今のリュウレイを支配していた。そして、この状況とは裏腹に当てがないわけではないのだ。
それをするにはこの村の生き字引であり、自分とって恩人、師匠に一人である村長ゴウケイの口から聞き出さねばならない。しばしの間、リュウレイと村長は無言のままにらみ合っていた。
そこには常人には立ち入ることのできない、思いの交錯があった。二人の思いの深さを知るリュウフォンはだたじっと、この村に来て間もないカンショウはかつて南麓の町で垣間見た男たちの激しいやり取りを思い起こしながら二人の師弟を見守るしかなかった。
しばらくして、深く息を吐きだした村長は久々に見せる鍛冶師の顔を覗かせて笑った。
「ふん、忌々しいリュウ家の小娘どもめ! 全く血のつながらない親子の癖によくその眼光の鋭いところはリュウメイ譲りだな。リュウレイよ、ないものはない! それを覚悟のうえでワシに禁を犯せというのだな!!」
「……そうだよ」
凄みのある笑みを浮かべたゴウケイにリュウレイは短くつぶやく。そのあまりの気迫にリュウフォンの身体を抱くカンショウの腕にも力がこもる。
「必要なら、義姉さんや領主様の許しももらってくる……」
リュウレイがそういうと突然村長は声を荒げた。
「わかっとらん!」
やはりそうかとリュウレイは肩を落とした。村長もまた深いため息をついて、表情を改めた。そこには深い後悔と疲労がにじんでいた。
「仕方あるまい、出来の悪い弟子がそこまで覚悟を決めたのならばワシも腹を括るしかなかろうて」
「すまねえ、村長様」
珍しくリュウレイはしおらしくなり、深々と頭を下げた。それを見た村長は首を振り、言葉を紡ぐ。
「謝罪など無用だ、何しろこれは村人の禁忌であって領主様や姫巫女様は関係ない。逆に言えば、いかに高貴な王族や貴族の名門であろうと口出し無用ということなのだ」
そんなことを言えばいくら姫長である義姉や領主フェリナであろうと激怒しかねない。しかし、事頑固で知られる北の鍛冶師がらみともなればそれは通用しない。彼らにも積み重ねた歴史というものがあるからだ。
「お前さん、ふもとの町の以前の領主で今はフェリナ様の後見をしておられるフレマス・ビダル様のことは知っておるな?」
「ああ、義姉さんのお供で行ったときに何度かあったことがあるよ。温厚で気さくなお方だろ?」
「うむ、ならばこの村周辺を直接治めておられるオルセイ・ビダル様も知っておるな?」
村長の問いかけに頷くリュウレイ。聞きなれない人の名を聞いたカンショウにリュウフォンが小声でささやく。
「二人とも、この一帯を昔から治めていた貴族の末裔なの。特にフレマスさんはこの村の奥に住んでいた古の鍛冶師たちの子孫だって聞いたことがあるの」
「それ、本当ですか?」
驚いたように問いかけるカンショウ。衝撃の事実の連続に我を忘れて腕に力のこもる彼女は無意識のうちにリュウフォンを包む薄地の布を掴んでしまっている。そのせいでリュウフォンの豊かすぎる胸元が露わになってしまっているのに気が付いていない。
流石に恩人とはいえ、異性に肌を晒すのは恥ずかしいリュウフォンはそれを悟られまいとして、平穏を装うのに精一杯だった。リュウレイに付き合うといつもこうだ。何かしら気の抜けた展開になるのだから、それこそ大いなる皮肉だ。
――後で思いっきり甘えてやるんだから!
たまには私がリュウレイをいじめちゃおうかなと怖いことを考えてしまう。そこにカンショウがついてくれば、いつもとは違った展開になるだろうが。
この場に満ちる緊張にリュウフォンは人知れず小さなため息をついていた。




