鍛冶師リュウレイ(11)
「ああ、いつもの倍くたびれた……」
村の共同浴場、いつもより遅い時間に湯船に浸かり体の疲れを癒すリュウレイの姿があった。昼間の顛末はリュウフォンから姫長メイシャンに伝わっており、これ幸いと子供たちを連れた彼女は晩御飯を工房の食堂で取ることを決めてしまっていた。食事を楽しむ姫長一家を横目に、先に汗を流したいリュウレイに付き合う形でリュウフォン、それに新入りのカンショウが共同浴場までついてきた。
「ふふ、ご苦労様。大変だったね、リュウレイ」
「初日でいろいろ、見学させてもらいましたけどやっぱり北の鍛冶場はすごいですね! リュウレイ姐さんもお疲れさまでした!」
幾分、ぐったりした様子のリュウレイに向かい、リュウフォンとカンショウがねぎらいの言葉をかける。気楽そうな二人を見て、リュウレイはため息をつくしかなかった。
いつもの習性とはいえ、カンショウの装束を台無しにしてしまったのはこれで二度目だ。その償いはあとで何とかするとして、彼女の下宿先を聞いて驚いたのはつい先ほどのこと。
その理由はというと――。
「それにしても、驚いたな。姉姫様がカンショウの下宿を受け入れるなんて」
「うん、そうだね。あの二人が納得するなんて……」
リュウレイとリュウフォンが互いに顔を見合わせて、うんうんとうなずき合う。それを見たカンショウはそこはかとない不安を感じていた。
「あの、私何か変なことを言いましたか?商人組合の人には姉姫様の快諾を得たと聞いただけなんですが……」
「考えが甘いよな、あそこの人も」
「そうだよねえ、私なんて一月前のナルタセオの宴の時もいやな思いしたばかりだし……」
普段は陽気なリュウフォンもこの時ばかりは盛大にため息をつく。それを見たカンショウは流石にいたたまれなくなった様だ。
まあ、初心な彼女をからかうのはそこまでにして、両脇から彼女を掴んだリュウレイたちは服を脱ぎ捨てて、白い湯気が立ち上る湯船に盛大に飛び込んだのだった。
… … …
まだ在りし日の王都、今より五十年以上前に一人の王女が生を受ける。彼女の名はアルスフェロー。王と王妃より祝福を受け、彼女の養育を託されたのは王妃の王女時代より長く仕える女官カレオラ。大神殿に仕えた彼女はちょうど、同じころ生まれた自分の姉の孫娘ルタをアルスフェローの側付きを兼ねた護衛士として仕えさせ、純真で思いやりに溢れた王女アルスフェローを陰ひなたに支え続けた。
王都が滅び、二人の王女が囚われとなりし後もそのそばで彼女たちに仕え、炎の王となったリュウシンが王都を奪還するまで、その忠義は変わることはなかった。
やがて悪夢のような戦いが終わり、北の地に逃れたアルスフェローに従いこの鍛冶師の村に落ち着いたカレオラとルタは一人の女として生きることを選んだ王女を世話して共に村外れにある薬草園に今も住んでいる。
姉姫の住居を兼ねるこの館は姫長一家が住まうリュウ家の母屋と同じくらいの間取りを持つ立派な建物だ。元王族の暮らし向きが少しでも安らぐようにと村人やふもとの町の領主フェリナの好意で建てられたその館にカンショウは住むことになる。
しかし、好意的なアルスフェローと違い、王国でも指折りの名門貴族の出であるカレオラとルタは主がかつての奴隷同然の存在であった人間たちと交流することに眉をひそめていた。
神に連なる一族というのは単なる比喩表現ではない。かつての大陸中原を支配した王国は溢れんばかりの富と栄光に包まれた奇跡の時代を謳歌していた。
中原には神の血を引く人々であふれ、人間たちは辺境の厳しい地に住んで誰一人大陸中原に住んでいた者はいない。それが崩れたのはほんの6年ほど前に過ぎない。
恐るべき原初の地より現れた獣たちとそれを従えた終の歌姫シレルレオネ。
その狂奔によって中原の民が根絶やしとなった後、獣使いラグナザレフの将軍により辺境の人間は中原へと移住させられ、そこに土地を与えられて住み着いた。すべては獣使いたちの望む富を生み出すために――。
今や闘争の坩堝とかした中原にもそうした平和な時代があったのは事実だ。それらは過去の記憶となり果ててはいるが。
華やかなりし王都の日々、そこで培われた王侯貴族の誇りは深く心に刻まれて、消え失せることはない。虜囚の枷から解放され、穏やかな北の地に住まうことになっても姉姫アルスフェローに仕えるカレオラとルタの心からその思いが無くなることはなかった。むしろ時を経るごとに望郷の念とともに思いは強まるばかり。
そんな彼女たちの思いを主のアルスフェローは優しくいたわっていた。そしてこの村で夫を迎え、生まれた二人の子供たちが寂しさを湛えた二人の思いを慰めていたのだ――。
… … …
話を聞き終えたカンショウは複雑な表情を浮かべていた。隣のリュウフォンはそんなカンショウの肩に腕を回し、その緊張を解きほぐしている。
「けど、姉姫様が決めたことならあの二人も受け入れることを決めたってことだろう。だから不安に思うことは何もないぞ。私たちもついているからな、この村の連中はおせっかいばかりだから、安心して何でも頼れ! いいな、カンショウ」
「はい、わかりました! その時はよろしくお願いします。リュウレイ姐さん!!」
リュウレイの言葉に安堵と感動を覚えたカンショウは思わず、リュウレイの胸に飛び込んで抱き着いてきた。子供のような彼女の頭を撫でながら、リュウフォンに向かい苦笑する。
「よし、いい返事だ! ところで……」
「?」
不意に言葉を区切ったリュウレイをカンショウが見上げる。リュウレイはその無防備な表情を笑顔で見つめた後、躊躇いなく引き寄せて口づけする。
「ん! あ、あの――」
戸惑いとともにカンショウがくぐもった声を上げる。リュウレイはそれに構わず、彼女を強く抱きしめると、空いた方の手でカンショウの身体を優しくもみほぐす。
「あ、あの、そんなことされたら、わ、私……!」
リュウレイは無言のまま、抵抗できないカンショウの全身をくまなくなめ尽くすような執拗さで、まさぐる。一瞬、リュウフォンと目が合うがリュウレイの意図を察しているのか、初心な反応を見せるカンショウを多少興奮気味に見守っていた。
「ふむ、まあこんなところか」
調べ終えたリュウレイが体を離すと後には涙目で息も絶え絶えになったカンショウがリュウフォンに抱かれていた。まるで愛しい恋人に骨の髄まで貪り尽くされた感のあるカンショウは赤く上気した素肌に恍惚ともとれる満足げだがどこかうつろな表情を浮かべていた。
「カンショウの筋肉の付き具合を見てみたけど、多少鍛えてはいるけど力仕事はほとんどしたことないみたいだな――」
「ふうん、やっぱりそうなんだ。カンショウって育ちがいいもんね」
母親を早くに亡くしたらしいカンショウは父親や周囲にかわいがられて育ったのだろう。一月前のリュウレイとのやり取りの時も、先に息が上がったのはカンショウの方だった。太刀筋はいいものの、肝心の持久力がない。おまけに体力の配分を考えていない無鉄砲さから、リュウレイの反撃を受けて呆気なく引ん剥かれてしまったのは記憶に新しい。
「先はまだまだ長そうだな、頑張らないとだめだぞ。カンショウ」
リュウレイの言葉にカンショウはかすかに頷くしかできずにいる。余程、さっきの刺激が堪えたか、それともその逆か――。そんなことお構いなしに、リュウレイとリュウフォンは彼女をまるで挟み込むように抱いていう。
「あんまりいじめるつもりはないけど、体力つけないと身が持たないぞ。頑張ろうな?」
「そうそう、私もリュウレイも性格悪いから頑張らないともっといろいろしちゃうからね?」
意地の悪いリュウレイたちが微笑むとカンショウは笑い泣きを浮かべて体を起こし、二人の姐に甘えていた。その後、いつもより長く湯に浸かったリュウレイたちは多少のぼせながら、疲れから眠りに落ちたカンショウを背負い、工房に戻った。
… … …
「寝顔、結構かわいいよね。カンショウって」
リュウレイの背中でぐっすりと眠るカンショウを見たリュウフォンが言うと、リュウレイは笑った。
「こいつも苦労しているんだ、いろいろ手助けしてやらないとな」
すっかり手間のかかる妹分に入れ込んだ感のあるリュウレイにリュウフォンがそっと口づけする。
「リュウレイも優しいね、そんなところが大好きだよ」
「それを理解してくれるリュウフォンが大好きさ。いつまでも一緒だからな」
「もちろん――!」
笑い合う二人の背で、カンショウが寝言を囁いた。
「皆、大好きです……」
それを聞いたリュウフォンがそっとカンショウの頭を撫でてやると、彼女は子供のように安堵した表情を浮かべる。赤い煌きに照らされた夜道をリュウレイたちは静かに歩いていった――。




