鍛冶師リュウレイ(9)
よく晴れた昼下がりの鍛冶師の村、ふもとの町に至る街道の入り口近くにある村の工房の食堂には、珍しく風詠みの歌姫リュウフォンと向かい合って食事に勤しむ鍛冶師見習いの少女リュウレイがいた。
緑色の瞳と髪を持ち、腰まで伸びた流れるような長髪のリュウフォンはリュウレイが作ってくれた小鳥をあしらった銀細工が輝いていた。その図柄の元となったのはリュウレイに良くなついているあの小鳥たちだった。
工房が休みになる昼のわずかな時間を使い、リュウフォンの協力を得たリュウレイが書き起こしたいくつかの図柄はその後、ふもとの町の若い女性たちに人気を博し、そこそこの売り上げを得ていた。
そこには商人組合の優秀な売り子たちの協力もあったが、やはり一番はそれを自分の手で作り上げたリュウレイの努力の賜物であろう。
「うん、今日も腹いっぱいになったな」
そういって、空の食器を食台の上に置いたのは短く刈り揃えた黒髪黒目の少女リュウレイ。
この村の鍛冶師たちをまとめ上げる義母リュウメイに鍛えられた彼女は女性にしては高い背としなやかな体つきをしている。一見細身にも見えるその肉体は頑強に鍛え上げられ並の男では束になっても敵わない膂力を秘めている。
「ふふ、リュウレイもリュウサンやメイシャンのことは笑えないね――」
食後のお茶を楽しみながら、リュウレイを見守るリュウフォンがそっと微笑む。その大胆な成長を遂げた女性らしい体付きを一枚の布だけで覆う彼女はある意味浮世離れした存在にも見える。しかし、リュウレイにとってはリュウフォンはもう一人の自分といっても過言ではない程、強いきずなで結ばれていた。
「固いことは言いっこなしだぜ、フォン! 仕事場の楽しみなんて、ご飯を食べることくらいしかないんだしさ」
「それもそうだね、うふふ」
男に混ざって働くリュウレイは女らしさの欠片もない。そんな彼女に惹かれているのは同じリュウ家の養女でもあるリュウフォンなのだ。リュウフォンにとってリュウレイは頼りになる存在だった。
女の身でありながら、北の地にその名を知られた義母リュウメイの跡目を継いだリュウレイ。彼女を支え、共に生きていくことがリュウフォンにとっての全てなのだから。
「そういえば、もうすぐ届くんだよね。南麓の鉄」
「ああ、そうだな。昼過ぎ頃には届くってマクレベ義兄さんも言ってたけど」
リュウフォンが注いでくれたお茶を飲みながら、リュウレイが答えた。マクレベというのは工房の売店を経営するリュウレイの実の姉、リュウシュンの旦那のこと。二人の間にはリュウレイの姪に当たる、娘のリュウキョウがいる。もうじき、一歳の誕生日を迎えるリュウキョウは工房に来る人の間ではちょっとした人気者になりつつある。
いつもは寝ているリュウキョウも起きれば、誰にでもかわいらしい笑顔を見せてくれる人見知りしない子であった。それも相まって、工房の親方リコウをはじめとする先輩鍛冶師たちや商人組合の職人たち、果ては村に立ち寄った旅人たちまで代わる代わるリュウシュンに抱かれたリュウキョウのあどけない姿に魅了されていた。
「南麓の連中が直接運んでくるらしいけど、どんなもんかな」
「やっぱり気になる?」
リュウフォンの問いかけにリュウレイは無言でうなずいていた。この村が儲かるのはいい、しかし今まで日用雑貨を主に打ち上げていたのがここにきて急に武具の需要が伸びている。中原の争いはこの村に利益をもたらすが、その先にあるのは人間同士の血にまみれた醜い争いなのだ。
どんなに否定しようとも、自分が間接的に人の死に手を貸しているのは疑いようもないことだ。それは鍛冶師になるとき、覚悟していたことの一つでもあった。
この手に掴むのは血に塗れた金と業の深い鍛冶師としての未来。最近、そんなことを考えるようになったリュウレイの耳に親方リコウの声が響いた。
「お――い、南麓の馬車が付いたぞ! 暇な奴は見に来い!!」
「おお、とうとう来たか!」
「質のいい石だといいな!」
食堂で休んでいた男たちが次々と立ち上がり、食堂の外に飛び出していく。それに視線を向けたリュウレイもまた、外に向かう。
「ねえ、リュウレイはうれしくないの?」
後に続くリュウフォンがそっと問いかけると、リュウレイは無言のまま前を向いて歩きだした。その背に、不安を感じながら、風の乙女リュウフォンは宙を翔けた。




