古の調べ(10)
「ふう、やっと終わったな……」
用意されていた食材もあらかた使い切り、リュウレイは汗をぬぐいながら一息ついた。手伝ってくれた女性たちも宴の方に加わっており、今は台所にリュウレイ一人だけだった。シュンと代わってから、予想以上の忙しさに逆に闘志が燃えた。皆、酒が入っている分、食事の量も落ち着くかと思いきや、義姉一族を筆頭に子供たちや普段身体を動かす農民たちもそれに加わり、空になった皿と新しくできた料理を運ぶ女たちは目まぐるしく寄り合い所の中を行き来していた。そんな中でも、厨房に立つリュウレイは好きな賄いを自由に作れる利点がある。
幸い、リュウレイの作る賄は女たちには好評で、リュウレイの自尊心を大いに満足させた。あとは義姉や姉姫様がリュウレイとリュウシュンの料理、どちらをほめるかだろう。
「まあ、それはどっちでもいいんだけどな……」
それに結果はわかっている。少し悔しい気もするが、その理由がわかるだけにリュウレイは首を振るばかりだった。片づけを終えたところで、声をかけられた。入口にいたのはリュウフォン。
「リュウレイ、お疲れ様! みんなおいしかったって言ってたよ!!」
「ああ、フォンか。相手できなくてごめんな。さすがに途中で抜け出す余裕もなかったよ。この村の連中ってみんな食い意地張ってるからな」
「メイシャンとアルスが一番すごかったけどね……」
言い争いから食事競争まで、何から何まで張り合う元王女二人の戦いにリュウフォンは苦笑いを浮かべるばかりだった。
「そろそろ皆を送っていかないといけないな。義姉さんは?」
「酔いつぶれて寝てる。リュウオウたちも眠いみたい」
「それじゃ、連れていくしかないか。でも姉姫様も送っていかないといけないしな」
互いの家はちょうどこの寄り合い所を挟んで正反対の位置にあることが悔やまれた。
「今度は私が姉姫様たちを送っていくよ。なるべく早めに戻るから、それまでみんなの面倒頼めるか?」
「うん、いいよ! 本当なら私もついていきたいけど……」
義母リュウメイがいないときはリュウレイとリュウフォンがリュウ家の面倒を見ることになっている。子供たちもさることながら、手のかかる姫長の面倒はさすがに家族以外に任せるわけにはいかないかった。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
厨房を後にしたリュウレイたちの前に、ナルタセオが一人やってきた。リュウレイを見て笑顔を浮かべた彼女は感謝を口にする。
「今日はいろいろ助けられたな、ありがとうリュウレイ。お前のおかげでみんなも楽しく過ごしてくれた。リュウシュンにもそれほど負担をかけずに済んだのはリュウレイがいてくれたからだ。この礼は必ず返す。本当にありがとう」
改まったナルタセオの言葉にリュウレイは頬をかいた。
「そんなふうに言われるとなんか照れるな。気にすることはないさ、私は自分にできることをしただけだからさ。どんどん頼ってくれていいぜ」
「ふふ、まあその時を楽しみにしておこう。あまり遅くなるといけないからな」
「ああ、これから先に姉姫様を送っていくんだ。それまでうちの家族のことよろしく頼むよ」
「ああ、それくらいならお安い御用だ」
食卓で休む子供たちや姫長を見守りながら、ナルタセオが答える。
「それじゃ、行ってくるか」
まだ挨拶していない姉姫アルスフェローに手を振りながら、リュウレイは歩き出した。
… … …
「迷惑かけちゃってごめんね、リュウレイ」
「いや、これくらい当たり前ですよ。姉姫様」
隣に並んで歩く姉姫アルスフェローに向かい、リュウレイは首を振る。二人の後を共に子供を抱いたカリンとショウヨウがついていく。
「私たちがいるから、姫長様についていればいいのに」
短く刈り揃えた髪にはっきりした顔立ちのショウヨウが言うとリュウレイは笑った。
「そういうわけにはいかないよ、ショウヨウ姐たちだって子供いるじゃん。それに姉姫様は大事なお客様だからね」
「ふふ、あんたも素直じゃないね。そういうところはリュウメイの姐さんそっくりだよ」
「私が? 勘弁してよ、カリン姐まで……」
からかわれたリュウレイはがっくりと頭を垂れていた。彼女たちのやり取りを見守っていたアルスフェローはおかしそうに笑うばかりだ。
「ふふ、みんな本当に仲がいいね。この村に来て本当に良かったと思うよ。つらいことが多かったけど、それでも楽しいことも同じだけあるんだものね……」
「姉姫様……」
リュウレイたちが心配そうな視線を送ると、アルスフェローは今は大丈夫とだけ答えた。
「皆がいてくれるから私も頑張れるの、アレアスタも気持ちは同じだと思う。これからもあの子のことを支えてあげて。よろしくね」
「それはもう、だって私の義姉さんですから!」
「それもそうか、なら私もリュウレイのお姉ちゃんになるのかな? 今度から私のことも義姉さんって呼んでいいよ、リュウレイ!!」
突然の提案にリュウレイが驚いていると、カリンとショウヨウは面白そうに笑う。
「いいね、そういうの好きだよ」
「よかったね、リュウレイ!」
「二人とも楽しんでるだろ! 全く……」
リュウレイが困った表情を浮かべると、微笑む姉姫は静かに告げる。
「今すぐにじゃなくていいよ、私はみんなのことを家族だと思っているから! それだけは忘れないでね」
「それはもう……」
「当たり前だよね!」
赤い輝きに包まれた夜の畦道に、リュウレイたちの笑い声がこだまする。家まで送り届けられた姉姫アルスフェローはリュウレイたちに礼を言うと二人の幼子とともに戻っていった。
一人、満天の夜空を見上げながらリュウレイは思う。こんな日々がずっと続いていけばいいと。そして、それをかなえた男がいつか戻ってくるようにと。
リュウレイの目指すその先で、風の乙女が笑顔とともにその帰りを迎えていた――。




