古の調べ(8)
「これ、お願いね!」
「あいよ!」
リュウレイと入れ替わりに、料理を抱えた中年の女性が台所から出ていく。中ではシュンと二人の女性が、忙しく料理に勤しんでいた。その横顔は真剣そのものだ。
「よう、随分繁盛しているみたいだな。手伝ってやろうか?」
リュウレイが声をかけると、一瞬手を止めたリュウシュンが睨みつけてきた。邪魔しに来たとでも思ったのだろう。無論そのつもりだ。リュウシュンにはここのところ、家のことやリュウフォンのことでさんざんやりこめられている。かわいい姪のリュウキョウのためでもあるがただで代わってやるつもりはさらさらない。
「さすがに昼の食堂からこっち、食い慣れたリュウシュンの料理じゃみんなもさすがに飽きるだろ? 今日はナルタセオの奢りだし、勝負でもするか? 私とお前、どっちの料理がうまいか、みんなに決めてもらうんだ。まさか逃げないよな、シュン?」
「あなた、この忙しいのに何を言ってるの?」
掴みかからんばかりの怒気をはらんだリュウシュンの声。しかし、当のリュウレイはそれを気にすることなく、リュウシュンの作りかけの料理を一口食べて頷く。
「うん、やっぱり代わり映えしないな。私の方がうまい料理を作れるぜ。さあ、どいたどいた! 今度は私の番だ、お前はナルタセオや姉姫様の相手でもしてればいいんだよ!」
呆然とするリュウシュンを強引に退かせたリュウレイはにやりと笑う。
「それとリュウキョウの面倒も忘れんなよ、母親がいないと寂しがるからな!」
リュウレイの言葉を聞いたリュウシュンは無言だったが、納得したのか台所から出ていく。
「もう少し言い方考えた方がいいんじゃないのかい? あれじゃ、シュンがかわいそうだよ」
女の一人がたしなめるとリュウレイは、首を振った。
「あいつ、無理しすぎなんだよ。少しは身に染みろってんだ、ナルタセオが来ているときくらいは気を抜けばいいんだ」
「いつもフォンの尻に敷かれて、気を抜きっぱなしのリュウレイが言うことじゃないね!」
「それはひどいな……、まあどうでもいいや! 気合い入れていくから、よろしく頼むぜ!」
「まかしときな、あんたこそしくじったら承知しないからね!!」
「へへ、その言葉百倍にして返すぜ!」
不敵な笑みを浮かべながらリュウレイは包丁を握る。これは以前、義母がリュウシュンのために打った業物の一つだ。料理を生涯の仕事に選んだ娘のために鉄を打つ義母はいつもとは違い、どこか誇らしげであった。
いつか自分も、人のために生きる鍛冶師となりたい。その思いを胸に抱きながらリュウレイは包丁を振るっていた。
… … …
「まったくあの子ったら、もう少し素直になってくれればいいのに……」
手間のかかる妹のリュウレイに厨房を追い出されたリュウシュンは深いため息をついた。正直、妹の心遣いはありがたいのだが、ああもケンカ腰では腹が立つだけだ。内心のいらだちを抑えながらも、村人の近くを通り抜ける度に彼らに声をかけてリュウシュンは笑顔を絶やさずにいる。それは仕事でもあり、ともにこの村で生きる人々に対する心からの感謝のしるしでもあった。
一通り、席を回り終えたリュウシュンはそろそろ娘と旦那を迎えに行こうと思い立ち、義姉たちのいる席の方を見る。その時、入口の方から見慣れた緑髪の少女が入ってくるのが見えた。義妹リュウフォンと彼女に続いて、髪を首筋で短く刈り揃えた銀髪緑眼の少女が現れたのを見たリュウシュンは思わず声を上げていた。
「姉姫様……! 先にご挨拶しておかないと……」
リュウフォンに先導され、村人たちとあいさつを交わす姉姫アルスフェローのもとに歩き出す。
「今日は賑やかになりそうね。だって、姉姫様と義姉さんが揃うんだもの」
ともに王家で育った誇り高き血族。今はそれぞれ家族に囲まれて平穏に暮らす彼女たちの姿にリュウシュンは笑顔を浮かべていた。
… … …
「ほら、アルス。みんな、こっちだよ」
先を進むリュウフォンが振り返る。その腕の中にはリュウシュンの娘リュウキョウと同じくらいの赤ん坊が抱かれている。実際、少し前後するもののほぼ同じ時期に子供を得た姉姫とリュウシュンは仲のいい友達も同然だった。
「今日は村人総出みたいだね、私も今日は久しぶりにはしゃいじゃおうかな?」
嬉しそうに微笑む姉姫アルスフェローはどこか控えめで言ってみれば平凡、どこにでもいる普通の少女に見える。背も高く豊満で目を見張るような美貌を持つ姫長メイシャンと比べれば、その差は一目瞭然。
背も低く、幼い顔つきの彼女が実は姫長メイシャンの姉とはだれも思わないだろう。そんな彼女の目の前に、懐かしい人物が現れた。それはこの宴を主宰する褐色の麗人、ナルタセオその人。
「アルス、久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」
「こちらこそ、また会えてうれしいわ。今夜はいろいろお話ししましょうね!」
互いの再会を喜び合う二人をよそに姫長メイシャンとその子供たちは運ばれてくる料理に舌鼓を打っていた。
「アルス叔母さん、うれしそうだね。母上」
「姉上は王都にいたから、積もる話もあるのじゃろう。早く食べないと、残りは姉上に食べられてしまうぞ」
「サン、お代わり欲しい――!」
こと食べることになると人一倍貪欲な姫長一家の食欲はまだ収まりそうにない。
「ふふ、今リュウレイが厨房で腕を振るっているからもう少し待っててね。リュウサン」
「あ、シュンだ! ご飯おいしかったのじゃ――!」
頭を撫でるリュウシュンにリュウサンが笑顔で答える。ありがとうねと、それに答えるシュンに一息ついた姫長が声をかけた。
「ちょうど姉上も来たころ合いじゃ、そなたも少し休むがよい。たまにはそなたも息抜きせぬとな」
「義姉さんの心遣い、有難く思います。けど、リュウレイには仕返ししてやらないと気が済みませんけどね」
リュウシュンが少し意地の悪い笑みを浮かべると姫長はうむうむとうなずく。
「それはそうじゃ、復讐は絶対の権利じゃからな!」
「そうですよね、義姉さん」
笑い合う二人をリュウオウたちが不思議そうに見守っている。そこに話を終えたリュウフォンやナルタセオ、姉姫がやってきた。
「何くだらないことをリュウシュンに教えているのよ、アレアスタ! 全くあなたは昔から問題起こしてばかりね、お母様が見たらお嘆きになるわよ!!」
今は亡き母、レイフェリア王妃の怒った顔を思い浮かべ姫長メイシャンがうんざりした表情を見せる。
「久々に出てきたと思ったらまたお小言か。姉上もだんだん母上に似てきたのう」
「あなたがそう言わせているんでしょ! 今日はきっちり最後まで説教してあげるから覚悟なさい!!」
「アルス叔母さん怖い――」
「怖いのじゃ――」
おどけるリュウオウたちにアルスフェローが思わず苦笑いを浮かべる。彼女にとっても妹の子らは目に入れてもいたくないほど愛らしい存在であった。
「ふふ、二人とも大丈夫よ。これは叔母さんとあなたたちの母上の挨拶みたいなものだから。ね、アレアスタ?」
姫長メイシャンの王女としての名を呼ぶ姉姫。それをメイシャンが咎めた。
「今のわらわはリュウ家のメイシャンであるといっておろうに。わらわはリュウシンの妻リュウメイシャンじゃ! それを忘れるでないぞ、アルス姉上!」
「ハイハイ、でもあなたはいくつになったって私の妹なんだから。それも忘れないでね」
「まったく、敵わぬな……」
「それはお互い様でしょ?」
二人息の合ったやり取りを見せる元王家の姉妹にナルタセオは笑顔を浮かべる。
「この村にいると飽きることはないな、うらやましいことだ」
「ナルタセオも一緒に楽しめばいいでしょ? あなただってこの村の一員なんだから」
いつの間にか隣に来ていたリュウフォンが叔母に声をかける。その言葉に目を細めながら、ナルタセオは無言でうなずいた。
楽しい宴は続いていった――。




