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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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納剣堂(5)

 村長の家を飛び出したリュウレイは社がある森の端へとひた走る。リュウ家の母屋からも近いこの場所に自分の望む答えがあったとは盲点だった。リュウレイを追いかけるリュウフォンの顔にも笑みが浮かんでいた。


「村長のおじいちゃんと話せてよかったね、リュウレイ」


「そうだな、あの人には一生頭が上がらないよ!」


 やがて二人の向かう先に一際大きな木々に囲まれた一角が見えてきた。古ぼけて使い古された石の参道。その先にはかすかに差し込む光に照らされた石造りの社の輪郭がぼんやり浮かんで見える。


 しばしその光景を目に焼き付けたリュウレイは静かに社の森へと足を踏み入れた。ひんやりとした心地の良い風が吹き抜けていく。隣のリュウフォンがくすぐったそうに髪を抑えたのが目に入った。


 社の前に立ったリュウレイは静かに手を合わせ、鍛冶師の守り神足る炎の神に祈りをささげる。リュウフォンもそれに倣うその先には、遥か昔に炎神の姿をかたどった雄々しき石の立像が安置されている。そこに入ることを許されるのは一人前の鍛冶師だけだった。


 祈りを終えたリュウレイは社のわき道に向かい歩きだす。彼女の意図が読めず、戸惑いながらもリュウフォンはその後に続いた。こちらには村人たちの共同墓地がある。


 代々この村で生まれ死んでいった人々が眠る静なる場所。以前、リュウフォンは村長の息子夫婦と同じ流行り病でなくなったリュウゲンの妻の墓をお参りしたことがある。そこまで思い出して、リュウレイが尋ねる相手が誰なのか、おぼろげに理解できた気がした。


 整然と並ぶ、墓石の中に一人見覚えのある人影が佇んでいる。風に揺れる銀髪が誰なのかを、リュウレイたちに知らせていた。


「義姉さんも来ていたんだね」


「なんじゃ、リュウレイにリュウフォンか。ここに来るとは珍しいな。誰かの弔いに参ったのか?」


「うん、村長様のところに行ってたんだ。だから、お孫さんたちのお参りしたくてさ」


「そうか……」


 リュウレイの言葉を聞いた義姉は目の前の墓に視線を戻すと懐かしそうに語りかけた。


「今日はわらわ一人ではないそうじゃ、よかったなリヨウよ。」


「それは、親方の妹さんの?」


「うむ、今までは村長が墓の掃除や手入れをしていたのだが、今は身動きできぬからな。わらわが後を引き受けたのじゃ。草むしりは腰に来るがのう」


 義姉はおどけたように腰を叩く仕草をする。それを見たリュウレイは笑ったが、実際にはそれなりにつかれていたのだろう。何せ、義姉は大陸を統べる王家の姫君だった人だ。それが十年にも及ぶ庶民暮らしを経験したとはいえ、やはりそれなりにつらいはずだ。


 義姉は普段の色鮮やかな装束ではなく、村の女たちが纏う動きやすく汚れを気にしないでいられる質素な服を着ている。その所々が泥に汚れていた。


「私たちも手伝うよ、一人じゃ大変だろ?」


「そうしてくれると助かるぞ。やはり体を動かした後の食事は格別だからのう」


「やっぱり行きつくところはそれか……義姉さんらしいね」


「ふふ、そういうところ大好きだよ。ね、メイシャン」


 義姉の名を呼ぶフォンも楽しそうにくるくると体を回転させている。


「さて、そなたたちが手伝ってくれるなら早い。もう一息じゃ、さっさと終わらせてしまうとするか」


「うん、それじゃ私はこっちから始めるよ」


「……私もやるの?」


「お昼ご飯が食べたければ、努力するのじゃ!」


「は―い……」


 それからしばらくの間、リュウレイたちは黙々と墓場の草むしりに追われた。途中、フォンが風の刃を使い、草の根元部分を刈り取っていたが、根が残るとまたそこから草が生えてくると義姉からお叱りを受けていじけていたのはお愛嬌というものか。


 参道近くを流れる水路で、手足についた泥を洗い流した後、リュウレイは念願の納剣堂前にいた。


「ほう、ここが納剣堂なのか。村長から聞いていたが、近くまで来るのはわらわも初めてじゃな」


「義姉さんも入ったことがないのか、なんだか少し緊張するな」


「私もドキドキしてきたよ」


 リュウフォンの言葉に背中を押されつつ、リュウレイは鉄の扉を押し開いていく。重々しい音を立てて開かれた扉の先には採光の窓辺から差し込む光に照らされた納剣堂の内部が見て取れる。光の加減に目が慣れていないものの、何百本もの剣が所狭しと立てかけられている。


 鞘に納められたそれらはまるでリュウレイを待ち受けていたかのように周囲を取り囲んでいる。目が慣れてくると、それらには家ごとに収めた鍛冶師の名前がわかりやすく示してあった。その中になじみ深いリュウ家の名を見つけたときは、リュウレイは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。最初に目に入ったのは義母の祖父リュウエン、ついで大先生リュウゲン、そしてその横にあったのは義母リュウメイの文字。


 リュウレイは迷うことなくその剣の元まで歩み寄ると、それを手に取った。ずっしりと手に重いそれはリュウレイの両腕によく馴染んだ。


「これだ、これが義母さんの独り立ちの作……」


 リュウレイの呟きを待っていたかのように、義姉が声をかけてきた。


「抜いてみるがよい、それがここに来た理由なのであろう?」


「うん、わかったよ。義姉さん」


 義姉の言葉に従い、リュウレイは納剣堂の中心に移動した。そこには窓辺の光が集まり、剣を持ったリュウレイを照らしていた。


「行くぞ……!」


 耳に心地よい金属音とともにリュウレイは義母の剣を引き抜いた。剣の切っ先が光を受けて鮮やかな軌跡を描く。


「キレイ……」


 吸い込まれそうな純粋な輝きを放つ刀身を見つめるリュウレイの耳元に リュウフォンの微かな声が届いた。それから剣を構えたリュウレイは数回素振りをしてその出来を確かめる。義母の打ち上げた剣は自宅の工房に何本か保管してある。大先生の作も一本だけ、リュウレイのために打ち上げたものが残っていたが、どれもみな素晴らしい作だ。今のリュウレイにはとてもまねできるものではない。


 今手にしている母の剣も、荒々しさが目立つ作りだ。とても今の義母には比ぶべくもない。だがそれだけに迷いなく打ち上げられた剣だけが持つ、清々しさに満ち溢れている。これを打った時の義母はきっと自分のこれからに一片の迷いなどなかっただろう。



 義母さんらしいや、私が人一倍バカなのは親譲りってことか……。



 それだけ分かれば十分だった。剣を鞘に納め、一礼して元に戻すとリュウレイは次にリュウゲン、リュウエンの作を手に取り同じように出来を確かめるべく、素振りを繰り返した。


 皆それぞれに己の個性を持っており、リュウレイにとってはいい刺激になりそうな気がした。


 恐らく、村長はこのことを伝えたかったのだろうと初めて気が付いた。村長が外の世界を求めたのはこの村にいては得られない刺激だったのだ。事実彼は、遥か東方の地にて古の技術に触れて、それを村に持ち帰っている。それは今の村人はおろか北の地の鍛冶師たちに余すことなく伝えられているのだ。


 いつか、自分も村長のように外の世界を知り、そこで得た技術を皆に伝えることが出来れば、最高だろうなと思った。


 最後の剣を戻す時、義母リュウメイの隣に空きができているのに初めて気が付いた。村長か、義母か、そのどちらかはわからないが、いずれ来るリュウレイの独り立ちに備えて用意されていたのだろうか。


 なら、それに答えるのが北の地の鍛冶師の心意気だ。リュウレイは振り返ると、義姉やリュウフォンを見た。その顔にはもう一片の曇りもない。


「それじゃ、そろそろ戻ろうか。リュウオウたちも待っているだろうしね」


「気は済んだようじゃな、今日は工房でお昼を食べることになっておる。一度家に戻り、着替えておかねばな。さすがにこの格好では具合が悪いわ」


「私、お風呂に入りたいかも……」


 なれない肉体労働に勤しんだリュウフォンは汗にぬれた体を振り返り、ため息をついた。


「それなら、早めに行ってくるか。ひと風呂浴びれば、気分転換にもなるだろ」


「……そなたと一緒に風呂に入ると、やたら視線を感じるのはわらわの勘違いかのう。フォンよ、油断するでないぞ、こやつは狼より怖いからのう」


「は―い、気を付けま―す」


「二人とも何言ってんだ……」


 義姉とうなずき合ったリュウフォンは呆れるリュウレイを一人置いて先に行ってしまう。二人においていかれそうになったリュウレイは焦りながらその後を追いかけた。


「おいおい、二人とも待てってば! お――い!!」


 先を進む二人はいたずらっ子のように笑いながら、リュウレイの方を見た。


「ほれ、早くせぬと本当においていくぞ!」


「は――い!」


 緑鮮やかな社の森にリュウレイの元気な声が響き渡る。彼女たちが去った後の社を穏やかな日の光が優しく照らしていた。


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