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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~

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納剣堂(3)

 リュウレイたちが村長の家にやってきたとき、洗濯籠を抱えた一人の若い女性が中から出てきた。長身で長い黒髪を髪飾りでまとめた彼女は五年前、この村に嫁いだ傭兵上がりのリシン。彼女の二人の妹分も同じくこの村に嫁入りしていて、リュウレイにとっては気の合う姉貴分だった。忙しくて中々村にいることの少ない義母リュウメイに代わって、剣の稽古相手にもなってくれるリシンは村の女性たちのまとめ役もしている。


 ちなみに以前、リュウメイに無謀な飲み比べを挑んでその酒代を全部押し付けられたのは彼女であったりする。今でこそ、義母を慕うリシンたちもいろいろと言いたいことはあるらしく、リュウレイとは密かに愚痴を言い合う仲だ。


「おはよう、朝から大変だね。リシン姐!」


 リュウレイが声を上げると足元にリュウオウより小さな男の子を連れたリシンはこちらを見た。それから片手を上げて、笑顔を浮かべる。


「おはよう、リュウレイにリュウフォン! あんた達こそ朝から仲がいいねえ……」


「それはそうだよ、だって私とリュウレイだもん!」


 リシンに向かい、宙に浮かんだリュウフォンがえへんと胸を張る。そのよく育った胸がゆさりと震え、リュウレイが一瞬目を奪われたのは不可抗力というものだ。別にうらやましいわけではない、一緒に育ったリュウフォンが女性らしく成長していくのはリュウレイにとっては密かな楽しみであり、また大きな誇りだった。なぜか。


 そういえばいつもの遠駆けの折、山々の風景を堪能するリュウレイの頭上をリュウフォンがよく気持ちよさそうに飛び回ることがある。懐かしい故郷の子守歌を口ずさみながら、勢いよく空を舞うリュウフォンの姿は実に美しい。その際、よく目を凝らしてみると、風圧で薄い布地がさらにフォンの滑らかな肌にぴったりと張り付き、その丸みを帯びた魅力的な輪郭を際立たせるのである。


 注意しないと、そのあまりの見事さについ見入ってしまう。吹き抜ける風に身を委ねながら、フォンを優しくいたわる視線で見守るっているかのように誤魔化すのが極意だ。

 要は自然体、泰然自若、無為自然、無我の境地は言いすぎか。


「リュウレイ、どうかしたの?」


「いや、何でもない」


 リュウフォンがリュウレイの顔を覗き込む。心臓が爆発しそうなくらい驚いたが得意の自然体で受け流す。二人のやり取りを見ていたリシンが、あきれ顔でリュウレイを見ている。


「思いっきりやらしい顔してたよ、あんた。おつむの方は大丈夫だろうね?」


「もう手遅れ!」


 フォンが代わりに答えて、ますますリュウレイの立場がなくなった。リシンの小さな息子は大人たちのやり取りを不思議そうに眺めながら、ただじっとリュウフォンの胸を見つめていた。


「と、ところで村長様、起きてる? いろいろ相談したいことがあるんだけど!」


 わざとらしく咳払いしたリュウレイがリシンに尋ねた。リシンは隣のリュウフォンと顔を見合わせて笑いながら、頷いた。


「ああ、いつもより多めに朝食を持って行ったらあの爺さん、ぺろりと平らげてくれたよ。まったくいくつになっても元気だよね、村長さまはさ」


「そうか、なら少し話すくらいなら大丈夫かな」


「それじゃ私が聞いてきてやるよ、ちょうど洗い物がたまってたから時間かかりそうだしね」


「ありがとう、リシン姐!」


 リシンは洗濯籠を抱えたまま、村長の家に戻り声をかけていた。あとに残っていたリシンの息子リトクをリュウフォンが抱き上げて、あやし始めた。大きな胸に抱かれたリトクはどこか幸せそうに見えた。


「フォン姉ちゃん、大好き――」


「私もリトク大好きだよ――」


 ふわふわと空を舞う二人は気持ちよさそうだ。そんな二人を見つめるリュウレイは経験があるだけにそれほどうらやましくなかった。


 以前、東の山の頂で空を舞うリュウフォンに誘われて、空を飛んだのが大間違いだった。急に手を離されて焦っているとリュウフォンの力の及ぶ範囲なら、自由に飛べるといわれてしばらくの間思う存分に大空を満喫した。しかし、調子に乗って彼女から離れすぎたせいか急に浮力を失い、自由落下。


 フォンが間に合わなければ、危うく岩に叩き付けられて五体がバラバラになるところだった。以来、フォンの手を放して空を飛ぶことは絶対にしなくなった。それに離れてみていた方が堪能できる。それだけのことだ。


「ああ、うちの子の面倒見てくれてんだね、ありがとうよフォン!」


 戻ってきたリシンが呼び掛けるとリュウフォンはリトクとともに笑顔でそれに答える。風のように軽やかに舞い降りたフォンから上機嫌の息子を受け取ったリシンはリュウレイに向かって答えた。


「話を聞いてくれるってさ、村の女衆の相手じゃ退屈らしいからね。精々、覚悟しなよ」


「そこまで深刻な話じゃないけどなあ……」


 しかし、話好きで知られる村長のこと。鍛冶の指導にも熱が入るといつまでも一人でしゃべっていた時のことを思い出し、リュウレイは苦笑いした。


「ボケられても始末が悪いから、あの人はあれくらいがちょうどいいんだよ。じゃあ、私は洗濯に行くからあとは任せたよ」


「うん、またあとで!」


 リシンは頷くと洗い場の方に歩いていく。気を取り直したリュウレイは、二人を見送っていたリュウフォンに声をかけた。


「それじゃ、行くか。フォン!」


「うん、おじいちゃん元気だといいね」


「そうだな、あの人はまだまだ若いよ」


 いつも豪快な笑いを浮かべる村長を思い出し、リュウレイたちは笑い合う。しかし、村長と話すことで何が得られるのか、リュウレイの心には一抹の不安があった。それを振り払うようにリュウレイは村長の家に足を踏み入れるのだった。


新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。



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