鍛冶師リュウレイ(51)
「へえ……、それじゃ行商人のナルタセオさんって、フォン姐さんの叔母さんだったんですね。道理で……よく似ていると思いました」
「カンショウ……、お前どこ見て言ってる?」
白い湯けむりに香る広い浴室の中、リュウレイとリュウフォンに間を挟まれてほんのり赤く色づいたカンショウとリュウレイの声が重なる。リュウレイの姉リュウシュンの商売絡みの話から、彼女が思いを寄せる行商人ナルタセオに話題が及ぶと以前から時折町を訪れていた褐色肌の麗人こそがリュウフォンと同じ風の民であると知ったカンショウの驚きは大きかった。さらに言えば二重の意味において、だが。
「だって、リュウレイ姐さん! それは仕方ないことじゃないですか、私だってあの人には憧れますよ。……その理由くらいわかるくせに」
「ああもう、二人ともケンカしないの! ほら、おいでカンショウ」
「フォン姐さ――ん!」
そんな叫びとともにカンショウは隣のリュウフォンに抱き着いた。それはとても幸せそうな光景であったとのちのリュウレイは語る。
呆れた様子で妹分を見るリュウレイを見たリュウフォンは意地悪そうな笑みとともにカンショウの耳元でそっとつぶやいた。
「実はね、カンショウ。この前、ナルタセオがこの村に来た時にリュウレイったら東の山の上で、ナルタセオを引ん剝いちゃったんだよ。悪いリュウレイだよねえ――?」
「それ本当ですか? リュウレイ姐さんの浮気者! 信じられない!!」
顔を上げてリュウレイの方を見たカンショウは、彼女を指弾しつつ詰め寄るように今度はリュウレイの胸元に抱き着いてきた。仕草はかわいいのだがいちいち芝居がかったその口調にさすがのリュウレイも怒鳴り声をあげる。
「あのな、それはお前がこの村に来る少し前のことなんだよ! 浮気云々なんて言葉の綾もいいところだろうが!」
「……そういう問題じゃありません! リュウレイ姐さんはちゃんと責任を取ってくれないといけないんです!!」
苦笑いを浮かべながら、リュウレイが反論するとカンショウは涙目でじっとこちらにをら見つけてくる。どうやら、彼女にとってはリュウレイに引ん剝かれていいのは自分だけという強烈な自負があるらしい。
文字通りなんだそれと突っ込みたくなるような思い込みだが、リュウレイもカンショウに対する独占欲はあるのでお互い様だと理解する。やがて根負けしたリュウレイが謝ると今度は姉貴分に言い返してしまったことに不安を覚えたカンショウが泣き出してしまう。
「ああ、そう泣くなって! お前は悪くないし、悪ふざけした私が悪いんだから!」
「そんなこと言われたら、私ますます申し訳なるじゃないですか! 姐さんいい人すぎますよ――」
これも強い感情をまだ抑えることができない精神的な不安定さのなせる業か。カンショウを落ち着かせるために、リュウレイが苦心しているとそんな二人をリュウフォンがそっと抱きしめてきた。
「ほらほら、二人ともそこまでにしようね。私たちは誰よりも仲良しなんだから」
そう言ってその柔らかな胸を当ててくるリュウフォンを見たリュウレイとカンショウが互いの顔を見つめ合う。
「私たちの絆って、」
「その程度じゃありませんよね――」
その言葉を聞いたリュウフォンはうれしいため息をつくほかなかった。
「まったく二人揃って……、でもそうだね。そういう意味においては私たちはまだまだなのかな?」
「そうかもしれないな、ならもっと深い仲になれる様に頑張らないとな」
「ふふ、そうですね! 私たちはまだまだこれからですものね!」
互いの言葉に喜び合う三人は、お互いの顔を見合いながら新たな誓いを胸に刻む。それは輝かしい未来への一歩にも思えた――。
… … …
「親方――、こっちの積み込みは終わったよ――!」
村の工房裏口に並んだ幌付きの荷台から顔を出したリュウレイが近くにいた親方リコウに向けて声を上げる。リュウレイのそばで納品物の確認作業を並行していたカンショウもそれに倣った。
「品物の確認も終わりです、全部抜けはありません!」
「よし、それじゃ少し早いが飯休憩にしよう! お前ら、悪いが他のやつらにも伝えてくれ。もし、まだ手間取っている奴らがいたら手伝ってくれるか!?」
倉庫の中で、別の準備を進めていた親方はリュウレイたち以外の積み込みもあらかた終わったのを確認しながら、そう指示を出した。
「うん、わかったよ。それより、親方の方を手伝おうか?」
荷台からカンショウを連れて戻ってきたリュウレイが問いかけると彼は首を横に振る。その理由を彼はこう説明した。
「いや、こいつはいい。これは俺たち鍛冶師の打ち上げた刀剣の数々だ。昼過ぎの急ぎの便で一足先にふもとの商人組合の会所に収めることになっているんだ。俺たちにとっても明日は二か月に一度、待ちわびた品評会だからな。だからこっちのことは気にせずにお前たちは自分のするべきことに全力を尽くせ。ただし、あまり羽目は外しすぎるんじゃないぞ」
明日は早いんだからなと親方はリュウレイたちに釘を刺すことを忘れない。それを聞いた二人の鍛冶師見習の少女は笑顔でうなずく。やはり親方にとっても自分たちは気が置けない存在なのだろうと知り、その期待に応えようと心に誓う。
その時、工房表の広場にいた先輩鍛冶師の一人がやってきて声をかけてきた。
「お――い、こっちの方を手伝ってくれるか! すまんが手が足りないんだ!!」
「わかった、今行くよ! リョユウさん」
「私も行きます!」
慌ただしく駆けていく二人を見送ったリコウは再び自分の作業に没頭する。リュウレイが自分の道をひた走るように同じ鍛冶師である親方たちもまた見果てぬ夢を追いかけているのだ。
――若いあいつらにはまだまだ負けてはいられないからな、力が入るってもんだぜ!
それに明日にはこの村の鍛冶師たちを束ねるリュウメイが戻ってくる。それを思うと余計に力が入ろうというものだ。久々の再会を前に、リコウは自分の中の鍛冶師の血がたぎるのを感じていた。
今週は朝5時公開で統一します。
どうぞよろしくお願いします。




