Scene15 神様《ハレルヤ》なんてさようなら その2
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荒野で目を覚ましたノエルは、自分の身体から鱗が消えているのに気付いた。
ふらつく頭を支えながら立ち上がると、そこは日陰となっていた。
ノエルは、影を作り出している壁に手を触れる。
「ミズカ、助かったよ。」
すると壁がぐねぐねと解けていった。
それは一匹の土竜であった。
その存在をあらわすには砂蟲と言ったほうが適当なのだが、見た目としては土竜と言ったほうがしっくりとくる。
土竜は鎌首をもたげてノエルを見下ろした。
するとその鼻先にミズカがあらわれる。
「高くつくわよ、おにいちゃん。」
少女はひょいと飛び降りると、ノエルの前に着地した。
「ティナがうまいことやってくれたみたいだな。」
ノエルは身体の具合をたしかめるように、右手を開閉した。
「でも考えたわね、わたしに呑み込まれるなんて。」
「もう二度とごめんだな。」
「わたしもはじめてよ、他人に幻体を操らせるなんてね。」
ノエルは土竜を見上げた。
その巨大な土竜に会うのは二度目である。
聖堂でネフィエルから救ってくれたのも、このミズカの本体であった。
「アンナは?」
「殺したって死にやしないわ。」
「よかった。あれで死なれたら――おれも罪科の仲間入りだ。」
「アンナこそ、人間の『可能性』ってやつなんじゃないの?」
「地上がアンナみたいなのであふれかえったら、たまんねえぞ。」
「わたしもごめんだわ。」
土竜は首をうねらせると、地面へ潜っていった。
硬い岩盤をものともせずに、まるで水にでも浸かるように大地に消えていく――
幻体だけをそこに残して。
「じゃあ帰りましょうか?」
といったミズカだったが、その言葉に、自分でも釈然としなかったらしい。
「『帰る』だなんて……わたしも連中にアテられちゃったのかしら。」
ともどかしい顔をしている。
「顔を合わせてから、まだ一日も経ってないのにな。」
「ひねるよ?」
ミズカは片腕を砂塵に変えて、ノエルを突き飛ばした。
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カエル商人の荷台に乗りこみながら、別れの言葉を告げたふたりに、泣くのを必死にこらえていたティナが言った。
「ほんとうに行ってしまわれるんですか……?」
「ここにいたら命がいくつあっても足りねえからな。」
賞金稼ぎやゴロツキ連中であふれるウリザネアウスに、安住の地はなかった。
それに加えラースの失踪や〈緑の信奉者〉によって、国内は荒れに荒れていた。
「これ以上、厄介事はごめんだ。」
「寂しくなります……」
ティナはうつむいてしまった。
「ティナ!」
アンナの元気のいい声が納屋に響いた。
「またねっ。」
短い短い言葉ではあったが、でもその言葉でティナは少し元気が出た。
「絶対ですよ!」
ティナは顔を上げて、アンナをまっすぐ見つめた。
そんなティナに、アンナはいつもの屈託のない笑顔を向ける。
馬車一台がおさまる程度の狭い納屋。
次またいつ会えるかもわからない別れのときが、こんな場所なのは寂しいが、しかしこんな辺鄙な場所だからこそ、また良き場で再会できるかもしれないという気にもなる。
「ノエルぅ。」
ユーリエルがほろほろと泣いている。
「おめーはいつでも会えるだろうが!」
「どうしてぼくだけ始末書と報告書なのさあー」
納得のいかない様子のユーリエルは放っておき、ティナへ視線を向けるノエル。
するとティナが少し顔を赤らめながら、
「ノエルさん、ちょっといいですか?」
と耳打ちする仕草をした。
「?」
ノエルが身を乗りだしてティナに頭を近付けると、ティナはそっとノエルに手を伸ばして、祝福のキスをした。
はっとして顔を離すノエルに、ティナは真っ赤になりながらうつむいた。
「の、ノエルさんに、精霊の祝福がありますように!」
なんだかノエルも気恥ずかしくて、そのまま荷台へ腰を下ろした。
「では出発するケロ~。」
納屋の入口が開け放たれると、眩しい陽光が差し込んできた。




