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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene15 神様《ハレルヤ》なんてさようなら その2

  ***


 荒野で目を覚ましたノエルは、自分の身体から鱗が消えているのに気付いた。

 ふらつく頭を支えながら立ち上がると、そこは日陰となっていた。

 ノエルは、影を作り出している壁に手を触れる。

「ミズカ、助かったよ。」

 すると壁がぐねぐねと解けていった。

 それは一匹の土竜であった。

 その存在をあらわすには砂蟲サンドワームと言ったほうが適当なのだが、見た目としては土竜と言ったほうがしっくりとくる。

 土竜は鎌首をもたげてノエルを見下ろした。

 するとその鼻先にミズカがあらわれる。

「高くつくわよ、おにいちゃん。」

 少女はひょいと飛び降りると、ノエルの前に着地した。

「ティナがうまいことやってくれたみたいだな。」

 ノエルは身体の具合をたしかめるように、右手を開閉した。

「でも考えたわね、わたしに呑み込まれる(・・・・・・)なんて。」

「もう二度とごめんだな。」

「わたしもはじめてよ、他人に幻体を操らせるなんてね。」

 ノエルは土竜を見上げた。

 その巨大な土竜に会うのは二度目である。

 聖堂でネフィエルから救ってくれたのも、このミズカの本体であった。

「アンナは?」

「殺したって死にやしないわ。」

「よかった。あれで死なれたら――おれも罪科の仲間入りだ。」

「アンナこそ、人間の『可能性』ってやつなんじゃないの?」

「地上がアンナみたいなのであふれかえったら、たまんねえぞ。」

「わたしもごめんだわ。」

 土竜は首をうねらせると、地面へ潜っていった。

 硬い岩盤をものともせずに、まるで水にでも浸かるように大地に消えていく――

 幻体(ミズカ)だけをそこに残して。

「じゃあ帰りましょうか?」

 といったミズカだったが、その言葉に、自分でも釈然としなかったらしい。

「『帰る』だなんて……わたしも連中にアテられちゃったのかしら。」

 ともどかしい顔をしている。

「顔を合わせてから、まだ一日も経ってないのにな。」

「ひねるよ?」

 ミズカは片腕を砂塵に変えて、ノエルを突き飛ばした。


  ***


 カエル商人の荷台に乗りこみながら、別れの言葉を告げたふたりに、泣くのを必死にこらえていたティナが言った。

「ほんとうに行ってしまわれるんですか……?」

「ここにいたら命がいくつあっても足りねえからな。」

 賞金稼ぎやゴロツキ連中であふれるウリザネアウスに、安住の地はなかった。

 それに加えラースの失踪・・や〈緑の信奉者〉によって、国内は荒れに荒れていた。

「これ以上、厄介事はごめんだ。」

「寂しくなります……」

 ティナはうつむいてしまった。

「ティナ!」

 アンナの元気のいい声が納屋に響いた。

「またねっ。」

 短い短い言葉ではあったが、でもその言葉でティナは少し元気が出た。

「絶対ですよ!」

 ティナは顔を上げて、アンナをまっすぐ見つめた。

 そんなティナに、アンナはいつもの屈託のない笑顔を向ける。

 馬車一台がおさまる程度の狭い納屋。

 次またいつ会えるかもわからない別れのときが、こんな場所なのは寂しいが、しかしこんな辺鄙な場所だからこそ、また良き場で再会できるかもしれないという気にもなる。

「ノエルぅ。」

 ユーリエルがほろほろと泣いている。

「おめーはいつでも会えるだろうが!」

「どうしてぼくだけ始末書と報告書なのさあー」

 納得のいかない様子のユーリエルは放っておき、ティナへ視線を向けるノエル。

 するとティナが少し顔を赤らめながら、

「ノエルさん、ちょっといいですか?」

 と耳打ちする仕草をした。

「?」

 ノエルが身を乗りだしてティナに頭を近付けると、ティナはそっとノエルに手を伸ばして、祝福のキスをした。

 はっとして顔を離すノエルに、ティナは真っ赤になりながらうつむいた。

「の、ノエルさんに、精霊の祝福がありますように!」

 なんだかノエルも気恥ずかしくて、そのまま荷台へ腰を下ろした。

「では出発するケロ~。」

 納屋の入口が開け放たれると、眩しい陽光が差し込んできた。


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