Scene15 神様《ハレルヤ》なんてさようなら その3
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ウリザネアウスを抜けて、エクオフェシスでカエル商人と別れたノエルは――
停めておいた車が改造されているのを認めた。
普通のスポーツカーだったハズだが、屋根がオープンカットにされている。
さらにその後部座席には、水着姿のミズカがサングラスをかけて座っていた。
「もお、遅いよおにいちゃん。」
「見ねえと思ったら、ここにいたのか? つーか屋根取りやがったな。」
「ツケが溜まってんのよねー。 踏み倒そうたってそうはいかないんだから。」
「へいへい。」
ノエルは車にキーを差し込んだ。
すると黒服姿の男たちが次々と路地からあふれてきて――あっという間に取り囲まれる。
その恰好から、アンナを追っていた〈クーザ・キルティ〉であることがわかる。
「よぉ、久しぶりじゃん。」
アンナはまだ包帯の取れない身体ながら、やる気満々である。
そこへ厳めしい顔の老人が、杖をつきながらあらわれた。
「ティナが世話になったな。」
と不躾に話しかけてくるが、その人物に心当たりはない。
「おっちゃん――だれ?」
「わたしは、アレグラハムだ。」
「アレグラハム?」
とノエルが脳内検索にかける。すぐさまヒットしたのは暗黒街の顔役、〈クーザ・キルティ〉のボスであった。
「アレグラハム・コンマイトか?」
「そうだ。礼を言っておこうと思ってな。」
「マフィアのお礼参りってのは、あまり穏やかじゃねえな。」
「そう肩を張るな。」
アレグラハムが手を上げると、構成員たちは構えていた小銃を下ろした。
みな揃いのスーツに、サングラスと腕時計。胸ポケットから覗かせるチーフは色が違えど同じ物であるようだ。
ノエルは古いギャング映画を思い出した。
「わたしは聖マザーと懇意にしていてな。ウリザネからティナと匣を保護したのはわたしだ。」
「ティナと〈クーザ・キルティ〉がつながっているのは、はじめから気付いてたよ。」
ノエルが臆面もなく言い放つ。
「え? そうなの!?」
アンナが目を丸くした。
「クリプタでティナを追っていた男、おまえたちと同じ腕時計をしてたからな。芝居するなら時計ははずすんだな。それに、ポークルムの『予知』も、巫女の力だと考えれば説明がつく。」
ノエルはいつもの陰険な目つきをしている。
「わかっていたか。そうでなくては困る。」
アレグラハムは感心しているのか、こちら試しているのかよくわからない。
だがノエルにしたって、ティナを仲間に引き入れたのは、べつに裏をかこうとなどという算段からではなかった。ティナの話を聞いて、そこに嘘はないと確信したからである。
「あの匣を奪われなければ、われわれは出会うことすらなかった。この意味がわかるかな?」
「あ?」
アレグラハムが妙ないことを訊いてくるので、ノエルは眉間にしわが寄った。
「わたしがなぜ、おまえたちにティナを託したか――それはお前がいたからだ。ノエル・グロリア。」
そういってアレグラハムは、ノエルを指した。
「おれを知っているのか?」
「わたしも昔、天使とともに暮らしたことがある。その彼女が言っていた――営業に行かされたかわいそうな天使の話をね。」
「っ――!?」
ノエルが見回すと、周囲の時が止まっていた。
アンナもミズカも黒服も、すべてがぴたりと止まっている。
アレグラハムだけが構わず話を続けていく。
「ノエル……その名の通り、降誕祭を司る天使だそうだね……なぜ天界を追放された?」
ノエルも腹をくくった。
アレグラハムもただの人間ではないようである。
砂蟲とも天使とも、もちろん神とも違うなにかなのだろう。
だったら、ノエルには考えても仕方のないことである。
「贖罪さ。聖者も地上を歩いたんだ。天使が地上を歩いてもおかしくはないだろ?」
「思い上がるな、と宗教家なら言うだろうな。」
「なんとでも言うがいい。おれには関係ないね。」
「まあ、わたしとて昔話をするつもりはない。だが――やはりこれらもすべて神の采配だったということなのだろうな。」
「よくわからねえな。」
「われわれは、神に扱き使われたということだ。」
アレグラハムは睨むように天を仰いだ。
「まあその点に関しては――おれも同意するよ。」
すべてが事態を解決するほうへ動かされていた、ということだ。
それでいえば、起点はアンナでもない。
龍華街に潜入していたアンナは、路地から大声が聞こえて発見されたという。その大声は、ノエルのオープンカーから流れたEMラジオであった。
しかもラジオは、ひとりでに起動したのである。
それがすべての「きっかけ」だったのだ。
だとしたら――あれが神の啓示でなくてなんであろう。
すべては、あのときすでに決められていたのだ。
「ねえ、もう終わった?」
砂のパラソルをひろげて、バカンス気分でジュースを飲んでいるミズカが声をかけた。
「あ?」
ノエルが振り返ると、いつの間にか、時が動き出していた。
まるで白昼夢でも見ていたかのように、周囲は誰も気付いていない。
「アンナ・E・クロニクル――」
アレグラハムは顔色一つ変えぬまま、しゃがれた声で言う。
「ん?」
「今回はティナに免じて見逃してやる。」
「お、そいつはどうも。」
「ただし――賞金は取り下げん。地の果てまで追われるがいい。」
そこには暗黒街のボスとしてのプライドがあった。
宝物を奪われ、構成員を返り討ちにされたままでは、〈クーザ・キルティ〉の名も廃るというわけだ。
「わお、手厳しい。じゃあわたしは、おっちゃんとこをぶっ潰すしか生き残る道はないのね。」
そういうとアンナはにっこり笑った。
「おい……この状況でなんで笑ってんだ?」
「だって――まだまだノエルには、助けてもらうことになりそうだなって思って。」
「……!?」
その事実に、ノエルはげんなりした。
「はいはい、熱い熱い。」
またずるずるとミズカがジュースをすする。
「行け、次はない。」
アレグラハムの低い声が響くと、構成員たちが、ざっと道を開けた。
やれやれ、とノエルは肩をすくめてエンジンをかける。
そこへアレグラハムが穏やかに声をかけた。
「ハレルヤ(神を讃えよ)」
言われたノエルは、胸元からサングラスを取り出しながら、
「冗談じゃねえや。」
と悪態をついた。
「ハレルヤなんてごめんだぜ。」
ノエルはサングラスをかけると、アクセルを踏んだ。
砂塵が舞い上がって、ノエルたちの後ろ姿を隠してゆく。
見送るアレグラハムは、砂が口に入ってしまい、唾を吐き捨てた。
「若造め……」
アレグラハムはそうつぶやくと、重たい足を引きずってリムジンへと戻っていった。
〈ハレルヤなんてさようなら〉
―ハレルヤなんてごめんだぜ― 【終】
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