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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene15 神様《ハレルヤ》なんてさようなら その3

  ***


 ウリザネアウスを抜けて、エクオフェシスでカエル商人と別れたノエルは――

 停めておいた車が改造されているのを認めた。

 普通のスポーツカーだったハズだが、屋根がオープンカットにされている。

 さらにその後部座席には、水着姿のミズカがサングラスをかけて座っていた。

「もお、遅いよおにいちゃん。」

「見ねえと思ったら、ここにいたのか? つーか屋根取りやがったな。」

「ツケが溜まってんのよねー。 踏み倒そうたってそうはいかないんだから。」

「へいへい。」

 ノエルは車にキーを差し込んだ。

 すると黒服姿の男たちが次々と路地からあふれてきて――あっという間に取り囲まれる。

 その恰好から、アンナを追っていた〈クーザ・キルティ〉であることがわかる。

「よぉ、久しぶりじゃん。」

 アンナはまだ包帯の取れない身体ながら、やる気満々である。

 そこへ厳めしい顔の老人が、杖をつきながらあらわれた。

「ティナが世話になったな。」

 と不躾に話しかけてくるが、その人物に心当たりはない。

「おっちゃん――だれ?」

「わたしは、アレグラハムだ。」

「アレグラハム?」

 とノエルが脳内検索にかける。すぐさまヒットしたのは暗黒街の顔役、〈クーザ・キルティ〉のボスであった。

「アレグラハム・コンマイトか?」

「そうだ。礼を言っておこうと思ってな。」

「マフィアのお礼参りってのは、あまり穏やかじゃねえな。」

「そう肩を張るな。」

 アレグラハムが手を上げると、構成員たちは構えていた小銃を下ろした。

 みな揃いのスーツに、サングラスと腕時計。胸ポケットから覗かせるチーフは色が違えど同じ物であるようだ。

 ノエルは古いギャング映画を思い出した。

「わたしは聖マザーと懇意にしていてな。ウリザネからティナとキューブを保護したのはわたしだ。」

「ティナと〈クーザ・キルティ〉がつながっているのは、はじめから気付いてたよ。」

 ノエルが臆面もなく言い放つ。

「え? そうなの!?」

 アンナが目を丸くした。

「クリプタでティナを追っていた男、おまえたちと同じ腕時計をしてたからな。芝居するなら時計ははずすんだな。それに、ポークルムの『予知』も、巫女ティナの力だと考えれば説明がつく。」

 ノエルはいつもの陰険な目つきをしている。

「わかっていたか。そうでなくては困る。」

 アレグラハムは感心しているのか、こちら試しているのかよくわからない。

 だがノエルにしたって、ティナを仲間に引き入れたのは、べつに裏をかこうとなどという算段からではなかった。ティナの話を聞いて、そこに嘘はないと確信したからである。

「あの匣を奪われなければ、われわれは出会うことすらなかった。この意味がわかるかな?」

「あ?」

 アレグラハムが妙ないことを訊いてくるので、ノエルは眉間にしわが寄った。

「わたしがなぜ、おまえたちにティナを託したか――それはお前がいたからだ。ノエル・グロリア。」

 そういってアレグラハムは、ノエルを指した。

「おれを知っているのか?」

「わたしも昔、天使とともに暮らしたことがある。その彼女が言っていた――営業どさまわりに行かされたかわいそうな天使の話をね。」

「っ――!?」

 ノエルが見回すと、周囲の時が止まっていた。

 アンナもミズカも黒服も、すべてがぴたりと止まっている。

 アレグラハムだけが構わず話を続けていく。

「ノエル……その名の通り、降誕祭を司る天使だそうだね……なぜ天界を追放された?」

 ノエルも腹をくくった。

 アレグラハムもただの人間ではないようである。

 砂蟲とも天使とも、もちろん神とも違うなにかなのだろう。

 だったら、ノエルには考えても仕方のないことである。

「贖罪さ。聖者も地上を歩いたんだ。天使が地上を歩いてもおかしくはないだろ?」

「思い上がるな、と宗教家なら言うだろうな。」

「なんとでも言うがいい。おれには関係ないね。」

「まあ、わたしとて昔話をするつもりはない。だが――やはりこれらもすべて神の采配だったということなのだろうな。」

「よくわからねえな。」

「われわれは、神に扱き使われた(・・・・・・)ということだ。」

 アレグラハムは睨むように天を仰いだ。

「まあその点に関しては――おれも同意するよ。」

 すべてが事態を解決するほうへ動かされていた、ということだ。

 それでいえば、起点はアンナでもない。

 龍華街に潜入していたアンナは、路地から大声が聞こえて発見されたという。その大声は、ノエルのオープンカーから流れたEMラジオであった。

 しかもラジオは、ひとりでに起動(・・・・・・・)したのである。

 それがすべての「きっかけ」だったのだ。

 だとしたら――あれが神の啓示でなくてなんであろう。

 すべては、あのときすでに決められていたのだ。

「ねえ、もう終わった?」

 砂のパラソルをひろげて、バカンス気分でジュースを飲んでいるミズカが声をかけた。

「あ?」

 ノエルが振り返ると、いつの間にか、時が動き出していた。

 まるで白昼夢でも見ていたかのように、周囲は誰も気付いていない。

「アンナ・E・クロニクル――」

 アレグラハムは顔色一つ変えぬまま、しゃがれた声で言う。

「ん?」

「今回はティナに免じて見逃してやる。」

「お、そいつはどうも。」

「ただし――賞金は取り下げん。地の果てまで追われるがいい。」

 そこには暗黒街のボスとしてのプライドがあった。

 宝物を奪われ、構成員を返り討ちにされたままでは、〈クーザ・キルティ(宝と名声)〉の名も廃るというわけだ。

「わお、手厳しい。じゃあわたしは、おっちゃんとこをぶっ潰すしか生き残る道はないのね。」

 そういうとアンナはにっこり笑った。

「おい……この状況でなんで笑ってんだ?」

「だって――まだまだノエルには、助けてもらうことになりそうだなって思って。」

「……!?」

 その事実に、ノエルはげんなりした。

「はいはい、熱い熱い。」

 またずるずるとミズカがジュースをすする。

「行け、次はない。」

 アレグラハムの低い声が響くと、構成員たちが、ざっと道を開けた。

 やれやれ、とノエルは肩をすくめてエンジンをかける。

 そこへアレグラハムが穏やかに声をかけた。

「ハレルヤ(神を讃えよ)」

 言われたノエルは、胸元からサングラスを取り出しながら、

「冗談じゃねえや。」

 と悪態をついた。

「ハレルヤなんてごめんだぜ。」

 ノエルはサングラスをかけると、アクセルを踏んだ。

 砂塵が舞い上がって、ノエルたちの後ろ姿を隠してゆく。

 見送るアレグラハムは、砂が口に入ってしまい、唾を吐き捨てた。

「若造め……」

 アレグラハムはそうつぶやくと、重たい足を引きずってリムジンへと戻っていった。




〈ハレルヤなんてさようなら〉

 ―ハレルヤなんてごめんだぜ― 【終】

最後までお読みいただきありがとうございます。

とても嬉しいです!


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