Scene15 神様《ハレルヤ》なんてさようなら その1
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目が覚めると、ラースは病室のベッドにいた。
様々な管につながれていて、あまり身動きが取れない。が、
――生きている!!
たしかにわたしは生きているようだ……
天使に敗れ、『超遺物』に落ちたはずではなかったか?
わたしの身体はいま、どうなっているのだ?
そう思って、手足を軽く動かしてみるが、どうやらまだつながっているらしい。
天使は人を殺すことができないとネフィエルから聞いてはいたが……
まさかそれで自分が助かるとは……
ふと室内に目を向けると、この部屋の妙な作りが気になった。
窓も扉もない……あとは真っ白な壁と天井に囲まれている。
さらにいえば、まわりにつながれている機器も、見たことがないものばかりだった。
「起きたか。」
男の声が響いた。
ひどくしわがれた、老人の声だった。
機器の死角にいて気付かなかったが、ずっとそこに居たようである。
男は杖をつきながら重たい足どりで歩み寄ってきた。
厳めしい顔つきの老人である。
「君と話がしたくて、少しだけ待っていた。」
――待っていた?
声が出ないうえに、首も固定されているので、視線を送ることしかできない。
「キミのいう『超遺物』は無事に消滅したよ。巫女がその『可能性』を選んでくれた。」
――!?
いま、この老人はなんと言った!?
遺跡が消滅だと!?
「だがね、あれはすでに廃棄されていたのだ。たいした『可能性』も呼び寄せられない、取るに足らなぬ代物だったのだよ。それなのに、キミのように哀れな夢を抱くものも多くてね、困っていたのだ。」
――この老人はいったい何を言っている……?
「困っていたのは――神も同じだったらしい。つまりキミたちは――利用されたのだ。いや、利用されたのはわたしも含め、といったところだな。」
――まさか……
「そもそも、『バグ』なんてものは、あってもなくても大差ないものでしかなかったのだ。だから神も見逃していた。手を出せなかったのではない。出さなかったのだ。」
――この男は……
「けれど、わたしとしても不愉快なことがあってね。聖マザーを手にかけたのを許すわけにはいかない。」
――この男は『超遺物』をもたらした異界の者もたちの末裔か……まだこの地球に残っていたのか……!
「多元宇宙に落ちていったキミたちを探すのは面倒だったよ。天使は命まで奪えないからね。キミは、自分が生き残るいくつもの『可能性』のなかに分かれていったのだ。おかげでわたしは、キミたちの生き残る『可能性』をすべて摘み取らなくてはならなくなった。まったく面倒なことをしてくれたよ、あの天使は。」
そういうと男は、ナイフでさっとラースに傷をつけた。
「せめてその苦しみを少しでも味わってくれ。」
傷口からみるみる鱗が広がっていった。
あっという間に、ラースは全身を鱗で包まれた。
「ハレルヤ(神を讃えよ)」
老人がうっすらと消えていく。
いやそれは老人が消えていったのではなかった。
眼のなかに泳ぐ無数の魚に、視界がかき消されていたのだった……