Scene14 不具合《トラブル》なんてさようなら その4
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
アンナは大の字に寝転び、息をついている。
「くそぉ……当たらねぇ……」
アンナの銃撃も、体技も、すべて逸らされてしまうのであった。
さらにラースは、『超遺物』によって、獣のごとき様相へと変貌している。
人間離れしたラースの、素早く強靭な一撃一撃が、アンナの臓腑をえぐっていた。
「まったく……反則だよ……」
といいながらアンナはまたゆっくりと立ち上がる。
「人間にしては、よくやるな。」
「なぜなら、それはアンナちゃんだから……」
ぐっと力を込めて、またも拳銃をラースへ向けた。
ラースは地面を蹴ると、まばたきのうちにアンナの眼前へとあらわれ、鋭い爪を突き立てた。
だがそれも飛びのいて回避すると、かすり傷におさめるアンナ。
「おそろしい反射速度だ。わたしの術で鈍らせているというのに。」
「へへっ……まだまだ……」
「たしかに。まだまだ、こんなものではない。次元の壁を超えてゆけば、さらなる可能性へと行き当たる。」
ラースは手中でキューブを転がした。
それは指先で操作をしているというよりも、あらゆるイメージが脳内に浮かぶといったもののようであった。
「ほほう、こんな可能性があったのか!」
ラースの身体が業火に包まれていく。
やがてラースの肌は溶け落ちて、その下から淡く橙色にうごめくものが産まれた。
それは人型ではあるものの、溶岩のように流動する光の塊であった。
頭部の口元であるらしき場所が、もぞもぞと動いて声が響く。
『わたしは人間を超え……生命エネルギー体へと進化した。』
アンナは銃撃を加えた。
しかし銃弾はぬるぬると吸い込まれていくだけで、ダメージにはならない。
ラースはそのスライムのような身体を動かしてアンナに迫った。
アンナはこぶしを振り上げて躍りかかる。
が――
「えっ」
ふわり、とアンナの身体が浮き上がる。
アンナが知覚するよりも速く、ラースの腕が伸びて、アンナを空中に放り投げていた。さらにその視界からもラースは消えると、アンナは猛烈な勢いで地面へ叩きつけられていた。
「があっ!」
「アンナさん!」
ティナの悲痛な叫びが聞こえる。
ラースはその変幻自在の身体で剣山をこしらえ、容赦なくアンナに振り下ろした。
無数の棘に、アンナは全身串刺しとなる。
「がああああああっ!!」
『まだまだ……』
ラースの身を包む業火が、アンナへと燃え移った。
「アンナさん!」
ティナが駆けよるが、
「来るなっ!」
アンナはティナの足元へ撃った。
さらに懲りせず、ラースへも撃ち込んだ。
ラースはアンナを串刺しにしたまま高々と持ち上げ、また叩きつける。
それでもアンナは銃撃を止めなかった。
『こざかしい――』
ラースは剣山をアンナから引き抜くと、今度は十字架を造った。
その十字架に――アンナを磔にする。
手、腿、足と串刺しにして、アンナから完全に自由を奪った。
アンナの両手から、拳銃がこぼれ落ちる。
血が十字架を伝って大地に滴る。
だが燃え盛る炎のなか、身動きすら取れないというのに――
アンナの目は、ラースを睨みつけていた。
ラースは目のようなくぼみを、やや細くする。
『わが血肉となるがいい。』
顎をはずして蛇のように、大きく口を開いた。
にじり寄るラースの前に――ティナが立ち塞がる。
「やめろ……ティナ……」
アンナの静止も聞かず、ラースと対峙するティナ。
その鬼気迫る睥睨は、命をかけても手出しはさせないという気勢があった。
『いいだろう。ならばティナから喰らってやろう。』
ラースはにんまりと笑うと、ティナの頭に手を触れた。
激しい炎がティナにも燃え移る。
しかしティナは身じろぎひとつしなかった。
ラースは大口を開け――ティナの首筋にかじりついた。
しかし、その歯が噛みついたのは――
ノエルの愛銃、H&Gだった。
ノエルが銃口を、ラースの口に突っ込んでいた。
『――!?』
「贖罪の羊!」
銃口が火を噴いた。
『あがっぁ!』
奇声を上げてうめくラース。
その衝撃でアンナの十字架も解かれた。
どさり、と力なく地面に崩れ落ちるアンナ。
そこへ空からユーリエルが降ってきた。
「その炎は幻術だよ。」
ユーリエルが空中をつまんで、なにかを引っこ抜く動作をすると、火はまたたく間に消えた。
「の、ノエルさん……?」
ノエルに抱き留められた腕の中で、ティナは呆然としていた。
「待ってろ。いま『願い』を叶えてやる。」
ノエルはティナを背後へやると、ラースを睨みつけた。
「ノ……エル……」
傷ついたアンナの声が聞こえてくる。
「ちょっと休んでろ。あとはおれがやる。」
「……交代……だね……」
アンナは気が抜けたように、眠りへと落ちていった。
『天使め……冥魚はどうした……』
うねうねと内部を流動させながら、ラースがのそりと立ち上がる。
「手品を使ったんだ。それより……あんたもひでえ恰好だな。」
『これもわたしの『可能性』のひとつだ。』
「よくわかんねえけど――賭けてみるか?」
『なんだ?』
「奇跡と可能性、どっちに未来があるかってな。」
ノエルがにやりと笑うと、ラースも溶けた顔をさらに歪めて笑った。
『ハハハハハっ! 神など、この地球のお飾りにすぎん!』
「じゃあ、賭けは成立だ。」
ノエルはラースへ向けて引き金をひいた。
残弾5発、すべてを撃ち尽くした。
しかし弾丸はむなしくも、ラースの身体を突き抜けてしまう。
ラースはその腕を燃え上がる長槍へと変形させて、ノエルを貫いた。
その一撃は、ノエルの心臓をえぐった。
『わたしの勝ちだ。』
ノエルの眼前で、勝利を告げるラース。しかし――
「どうかな?」
ノエルは不敵に微笑み返した。
と――ラースの身体に変化が生じた。
肉体がぼこぼこと形を変えてゆく。膨らんではしぼみ、隆起しては沈降し、様々に変容しはじめた。
まるで『可能性』のすべてを手繰るように、その肌や肉体を次々に異界のものに変えていく。
『があああっ!?』
やがて強靭であったはずの肉体が、しぼみ、痩せこけ、異様にねじ曲がった。
そこへ――すり鉢の底から、淡い光が降り注がれる。
ラースが振り返ると、『超遺物』が光を発していた。
『ま、まさか――』
長槍から解放されたノエルは、胸に大穴を開けたまま、朽ちていくラースへ近付いた。
「遺跡は、おまえの肉体が弱っている可能性を選んだらしい。」
『ば、ばかな!? キーキューブもなしにそんなこと――』
「誤作動を起こしたんだ――奇跡的に。」
『ふざけるな!! それが神の奇跡だとでもいうのか!!』
「おまえが選ぶべきは――罪のない可能性だったな。」
と、ラースの膝ががくりと曲がる。
バランスを崩したラースは、ゴロゴロと転がって――
『超遺物』へ沈んでいった。
“さすがに死んじゃった?”
ミズカの声が響いた。
「死ぬことはないさ。それが天使の性だからな。」
ティナが駆け寄ってきて、ノエルに胸に手を当てる。
「ノエルさん! いま傷を塞ぎます!」
「ティナ、悪いんだが……おれはもう持たない……」
「そんなことありません!! わたしがなんとかします!!」
ティナはすぐさま詠唱をはじめる。
だがノエルの身体は、さらさらと砂粒のように消えてった。
「え? の、ノエルさんっ!?」
愕然とするティナに、今度は背後からミズカが声をかけた。
「早くしてよね。おにいちゃんもう、限界みたい。」
ミズカはその手に、キーキューブを持っていた。
「えっ? えっ?」
なんだかわからずに混乱するティナだったが、
「ここからは、あなたの出番よ。ウリザネアウスの巫女!」
「は、はい!」
とミズカに焚きつけられ、ティナはそっとキューブを受け取った。
フィバーチェ家に受け継がれた神器――
多元宇宙の果ての『可能性』を選ぶことのできる装置――
いま、世界の『可能性』は、すべてティナの手の中にあった。
幾重にも連なる、『無限』の『可能性』がここにある。
だが……ティナには、選ぶ『可能性』などひとつしかなかった。
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