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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
39/44

Scene14 不具合《トラブル》なんてさようなら その3

  ***


 ノエルは夢を見ていた。


 それはいつか見た、田舎町の風景である。

 ノエルは女と、若草の生い茂る土手へ腰かけ、流れゆく川を眺めていた。

「ねえ、ノエル。わたしの好きなところを3つ言って。」

「よく眠る、よく食べる、そしてよく笑うとこだな。」

 ノエルは即答する。

「なによそれ、わたし赤ん坊みたい。」

「そこがいいんだ。」

 女の名はステファン・ビヨルク。この町の銃職人だった。

 そして彼女は、ノエルがこの地上でただ一人、恋をした女であった。

 誰にでも分け隔てなく、心の底から愛し、笑う。

 そんな女は、ノエルもはじめてだった。

「ノエルがあまり笑わない分、わたしが笑わないと。ねえ知ってる? 世界の涙の分量は決まってるんですって。だからだれかが泣くときは、誰かが泣き止んでる。だったらたぶん、笑顔の数も一緒でしょ? ノエルの分を、わたしが笑ってるの。」

「ステフが笑っていたら、誰も笑えなくなる。」

「わたしは何人分、笑ってるのよ。」

「ステフは他人の分も笑って、その笑顔で他人を幸せにしてるんだ。」

「あら、嬉しいこといってくれるのね。ありがと、ノエル。」

 そういうとステファンは、ノエルの耳元に祝福のキスをした。

 風になびかれて、ステファンの優しい香りがノエルの鼻孔をくすぐった。

 なんだか照れくさくなって少し笑ってしまうノエル。

「バツが悪そうに笑う、ノエルのそんな顔も素敵よ。」

「ステフにかかると、だれでも聖人になれる。」

「だって、人はみんな素敵なんだもん。」

「世の中には嫌なやつだっているさ。」

「そりゃそうよ、でもそれも含めて――」

 そういうとステファンは少し寂しそうな顔をした。

「わたしは、生きている目的を持っている人が羨ましい。わたしはいつだって受け身な気がするの。自分からは何もできない。」

「ステフは良い銃をつくるよ。」

「生きていくためには仕事が必要だわ。それは、生きる目的とは違う。」

 と言うと、塞ぎ込んでしまった。

 そういうとき、ノエルはいつものように、そっと話を変える。

「なあ――ステフはどうして銃をつくるんだ?」

 するとステファンもすぐに気を良くして、言葉を返してくれるのだった。

「自分でも不思議よ。わたしが世界中の人をみんな大好きだっていっても、銃っていうのは結局人を殺す道具でしょ? 人を護るために、人を殺す能力を持たせなくてはならない。でも、わたしは別に、銃を作ることで嫌な気分になったことはないわ。」

「人を護るから?」

「んー、そんなたいそうなものじゃないかな。道具って使う人次第。失敗から学ぶように、道具だって良くも悪くも使ってみて、はじめて使い方がわかってくるの。」

「そりゃ……面倒だな。」

「そう、時間がかかるの。だからそこは、待つべきだと思うのよね。」

「待つ?」

「そう。わかるまで、理解するまで、じいーっと待つ。待つってことは、信じるってことだと思うの。」

 そういうとステファンは遠くの空を見上げた。

 それはまるで全世界を相手に、「待つ」ことで、すべての人々を「信じる」とでもいうようであった。その姿が、ノエルにはまぶしく思えた。

「でも、待ってる間に、襲われるかもしれない。」

「そしたらそれこそ、銃の出番ね。」

「使い道が大事ってことか。」

「そう。ノエルはわかってくれる?」

「まあ、少しならね。」

「そうそう、ノエルはそうゆう生半可な優しさが、いいとこよね。」

 ステファンはノエルに向き直ると、ノエルの頭をそっと抱きしめた。

「たとえば――」

「ん?」

「ひとの罪や科を、一手に背負う人がいたとします。」

「お、おう。」

「じゃあ、今度は誰がその人を支えてあげたらいいのでしょう。」

「…………」

「わたし、それって誰にでもできると思うの。そっと背中を押してあげたり、ちょっと笑顔で会話してみたり、ぎゅっと抱き留めるだけで――それだけでいい気がする。」

「…………」

「だからそういう人がいたら、わたしはそうする。」

「そうか……」

「だからノエルも、そうしてあげて!」

「え?」

「そういう人ってきっと――知らず知らずのうちに『お願い』って言ってると思うんだ。わたしは、それを聞いてあげたい。」

 抱き留められたままのノエルには、ステファンの声の振動が直に伝わっているかのようであった。それはまるで、ステファンの心と直接つながっているようで心地良かった。

「おれも……なにか言ってたか?」

「うん。言ってた。」

「そうか――」

「いい、ノエル? 今度はノエルがひとの『願い』を聞く番ね。」

「いちいち『願い』を聞いてたら、きりがないと思うぜ?」

「いいじゃない、それで。……あ、そうか。わたしはそれを生き甲斐にしたらいいんだ。」

「じゃあおれは、ステフの生き甲斐に貢献したってことだな。」

 ノエルは生意気っぽく鼻を鳴らした。

「んー、まあそれもあるけど。」

 だがステファンは、ノエルの顔をまじまじと見つめて、

「単純に、ノエルがかわいかったってのもあるなー。」

「なんだよそれ。」

 ステファンは屈託なく笑ったのだった。


  ***


 ノエルは目を覚ました。

「――っつ!」

 激痛はいまだおさまらない。

 だがノエルの脳裏にはステファンの声が思い出されていた。

 いまではもう会うことも叶わない彼女は――

 それでもどこかで、おれや、輝かしい人の未来というものを『待って』いるのだろうか?

 だが彼女は、ただ待っていたわけではない。

 最善を尽くして待っていたのだ。

 自分のまわりに、笑顔を振りまいて、彼女は人に幸福をあたえていた。

 そしてそんな彼女の幸福は――おれが護らなければならなかった――

 …………

 おれはまた、ステフとの約束を破ろうとしているのだろうか。

 いまみた夢は……ステフがおれに、なにかを知らせに来たのだろうか……

 だとしたら……

 おれにはまだ、なにかできることがあるはずだ――


 ノエルは虚ろな目であたりを見回した。

 病に苦しむマラルメ、看病するユーリエル。

 かたわらではミズカがすやすやと眠っている。

――何か――

 まったく身動きの取れないその身体で、ノエルは必死に希望を見出そうとしていた。


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