Scene14 不具合《トラブル》なんてさようなら その3
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ノエルは夢を見ていた。
それはいつか見た、田舎町の風景である。
ノエルは女と、若草の生い茂る土手へ腰かけ、流れゆく川を眺めていた。
「ねえ、ノエル。わたしの好きなところを3つ言って。」
「よく眠る、よく食べる、そしてよく笑うとこだな。」
ノエルは即答する。
「なによそれ、わたし赤ん坊みたい。」
「そこがいいんだ。」
女の名はステファン・ビヨルク。この町の銃職人だった。
そして彼女は、ノエルがこの地上でただ一人、恋をした女であった。
誰にでも分け隔てなく、心の底から愛し、笑う。
そんな女は、ノエルもはじめてだった。
「ノエルがあまり笑わない分、わたしが笑わないと。ねえ知ってる? 世界の涙の分量は決まってるんですって。だからだれかが泣くときは、誰かが泣き止んでる。だったらたぶん、笑顔の数も一緒でしょ? ノエルの分を、わたしが笑ってるの。」
「ステフが笑っていたら、誰も笑えなくなる。」
「わたしは何人分、笑ってるのよ。」
「ステフは他人の分も笑って、その笑顔で他人を幸せにしてるんだ。」
「あら、嬉しいこといってくれるのね。ありがと、ノエル。」
そういうとステファンは、ノエルの耳元に祝福のキスをした。
風になびかれて、ステファンの優しい香りがノエルの鼻孔をくすぐった。
なんだか照れくさくなって少し笑ってしまうノエル。
「バツが悪そうに笑う、ノエルのそんな顔も素敵よ。」
「ステフにかかると、だれでも聖人になれる。」
「だって、人はみんな素敵なんだもん。」
「世の中には嫌なやつだっているさ。」
「そりゃそうよ、でもそれも含めて――」
そういうとステファンは少し寂しそうな顔をした。
「わたしは、生きている目的を持っている人が羨ましい。わたしはいつだって受け身な気がするの。自分からは何もできない。」
「ステフは良い銃をつくるよ。」
「生きていくためには仕事が必要だわ。それは、生きる目的とは違う。」
と言うと、塞ぎ込んでしまった。
そういうとき、ノエルはいつものように、そっと話を変える。
「なあ――ステフはどうして銃をつくるんだ?」
するとステファンもすぐに気を良くして、言葉を返してくれるのだった。
「自分でも不思議よ。わたしが世界中の人をみんな大好きだっていっても、銃っていうのは結局人を殺す道具でしょ? 人を護るために、人を殺す能力を持たせなくてはならない。でも、わたしは別に、銃を作ることで嫌な気分になったことはないわ。」
「人を護るから?」
「んー、そんなたいそうなものじゃないかな。道具って使う人次第。失敗から学ぶように、道具だって良くも悪くも使ってみて、はじめて使い方がわかってくるの。」
「そりゃ……面倒だな。」
「そう、時間がかかるの。だからそこは、待つべきだと思うのよね。」
「待つ?」
「そう。わかるまで、理解するまで、じいーっと待つ。待つってことは、信じるってことだと思うの。」
そういうとステファンは遠くの空を見上げた。
それはまるで全世界を相手に、「待つ」ことで、すべての人々を「信じる」とでもいうようであった。その姿が、ノエルにはまぶしく思えた。
「でも、待ってる間に、襲われるかもしれない。」
「そしたらそれこそ、銃の出番ね。」
「使い道が大事ってことか。」
「そう。ノエルはわかってくれる?」
「まあ、少しならね。」
「そうそう、ノエルはそうゆう生半可な優しさが、いいとこよね。」
ステファンはノエルに向き直ると、ノエルの頭をそっと抱きしめた。
「たとえば――」
「ん?」
「ひとの罪や科を、一手に背負う人がいたとします。」
「お、おう。」
「じゃあ、今度は誰がその人を支えてあげたらいいのでしょう。」
「…………」
「わたし、それって誰にでもできると思うの。そっと背中を押してあげたり、ちょっと笑顔で会話してみたり、ぎゅっと抱き留めるだけで――それだけでいい気がする。」
「…………」
「だからそういう人がいたら、わたしはそうする。」
「そうか……」
「だからノエルも、そうしてあげて!」
「え?」
「そういう人ってきっと――知らず知らずのうちに『お願い』って言ってると思うんだ。わたしは、それを聞いてあげたい。」
抱き留められたままのノエルには、ステファンの声の振動が直に伝わっているかのようであった。それはまるで、ステファンの心と直接つながっているようで心地良かった。
「おれも……なにか言ってたか?」
「うん。言ってた。」
「そうか――」
「いい、ノエル? 今度はノエルがひとの『願い』を聞く番ね。」
「いちいち『願い』を聞いてたら、きりがないと思うぜ?」
「いいじゃない、それで。……あ、そうか。わたしはそれを生き甲斐にしたらいいんだ。」
「じゃあおれは、ステフの生き甲斐に貢献したってことだな。」
ノエルは生意気っぽく鼻を鳴らした。
「んー、まあそれもあるけど。」
だがステファンは、ノエルの顔をまじまじと見つめて、
「単純に、ノエルがかわいかったってのもあるなー。」
「なんだよそれ。」
ステファンは屈託なく笑ったのだった。
***
ノエルは目を覚ました。
「――っつ!」
激痛はいまだおさまらない。
だがノエルの脳裏にはステファンの声が思い出されていた。
いまではもう会うことも叶わない彼女は――
それでもどこかで、おれや、輝かしい人の未来というものを『待って』いるのだろうか?
だが彼女は、ただ待っていたわけではない。
最善を尽くして待っていたのだ。
自分のまわりに、笑顔を振りまいて、彼女は人に幸福をあたえていた。
そしてそんな彼女の幸福は――おれが護らなければならなかった――
…………
おれはまた、ステフとの約束を破ろうとしているのだろうか。
いまみた夢は……ステフがおれに、なにかを知らせに来たのだろうか……
だとしたら……
おれにはまだ、なにかできることがあるはずだ――
ノエルは虚ろな目であたりを見回した。
病に苦しむマラルメ、看病するユーリエル。
かたわらではミズカがすやすやと眠っている。
――何か――
まったく身動きの取れないその身体で、ノエルは必死に希望を見出そうとしていた。




