Scene12 天使《アンゲロス》なんてさようなら その1
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激しい銃撃音が飛び交い、邸はまたたく間に戦場と化し――
などという展開も考えていたが、大扉の奥は静まり返っていた。
いや――がらんどうであった。
いつもは使用人や、警備兵がいるであろうそこには、誰もいなかった。
それだけではない。
大理石が敷きつめられたエントランス、2階へと続く大階段、巨大な肖像画、シャンデリア、いったい何部屋あるのだろうと思われる洒落た扉の数々……そんな大邸宅の象徴ともいうべきそれらが――一切なかった。
邸の中が、ぽっかりと別空間へと入れ代わったかのように――扉の先には広大な灰色の景色が広がっていた。
そこに、ネフィエルがひとり佇んでいた。
「サーカス団を呼んだ覚えはありませんが?」
余裕のある口振りである。
「ここで一芝居打たせていただけないかと思いまして、交渉に参りました。」
ジョルジュも負けず劣らずの口振りで返す。これがネフィエルの気に障ったのか、
「ラース公は外出中です。」
とやや語気を荒げた。
ジョルジュはにやりとほくそ笑むと、さらに続ける。
「こちらには病を癒す秘薬があるそうですね?」
「なんのことやら。」
「王妃殿下を癒した秘薬です。」
「ラース公の偉大なお力によるものでしょう。」
「お譲りいただけないと?」
「ないものを差し上げることはできません。」
互いに一歩も引かぬ応酬である。
「では――悪魔をご存じですか?」
「悪魔?」
「巫女の村を灰塵に帰したという悪魔です。ラースは悪魔と手を組んでいたと聞いたものですから、是非とも――うちの見世物にしたいと思いまして。」
そう眼鏡の奥を光らせたジョルジュに、
「ハハハハハハ!」
ネフィエルがいよいよ声を上げた。
「悪魔! それもいい。地に堕ちた天使は、みな悪魔と呼ばれるのだ!」
ネフィエルは高々と宙へ舞い上がり、4枚の羽を広げた。
残念ながら、すでに傷は癒えているらしい。
「ボクがその悪魔だ。じっくり眺めてくれ。」
「やはりラースは、地獄に堕ちた魔僧でしたか!」
「君たちよりは、幾分かマシなヒトさ。」
ネフィエルは手をかざすと、はるか彼方へ向けて光弾を放つ。
その一撃は、果てしない空間を切り裂いてゆき――猛烈な爆炎を上げた。
「ここではぼくの力はさらに強くなる。それでもやるかい?」
「われわれには巫女のご加護がついています。」
「精霊使いなんてちっぽけな存在だよ、ぼくに比べたらね。」
ネフィエルはその手をジョルジュへかざした。
一同を巨大な爆炎が襲った。
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マラルメはティナの手を引いて駆けだした。
しかし爆風は無情にも、足の遅い彼らを襲う。
高熱に身を包まれるかと見えたそのときに、ミズカが飛び込んできた。
砂の膜を張って、ティナとマラルメを護ったのだった。
「み、ミズカちゃん。あなた――」
「はいはい、あとあと。おにいちゃんからあんたたちを護るように頼まれちゃったの。あーアホくさ。あとでうんとお返ししてもらうんだから。」
ミズカは頬を膨らませている。
マラルメは自動小銃を構えると、ネフィエルに向けて撃った。
方々から射撃されるネフィエルだったが――しかしその羽は聖堂のときよりもさらに強化、延伸されているようで、まるで羽衣のようにネフィエルを優しく包み込み、あらゆる衝撃から護っていた。
(ま、わたしは防御で手一杯よね――)
ミズカは内心ごちた。
隔絶されたこの空間では、本体の力を呼び込むこともできそうにない。
にも増して、いまだ傷の癒えぬ身体である。
爆炎から身を護れているだけでも、良しとしなければならない。
(こんな汚れ仕事を押しつけるなんて――滅ぼしてやろうかしら砂蟲。)
と怒りの矛先を同族へ向けてみた。
思い付きではあったが、それもまた一興かもしれないとミズカは思った。
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「ユーリ、術式が読めるか?」
ノエルが隣にいるユーリエルに声をかけた。
「んーやってはいるけど――この空間ちょっとおかしいんだよねぇ。」
「おかしい?」
「別の次元から、ネフィエルに都合のよい空間を呼び寄せているみたいだけど……混じりっ気が多いというか……ああそっか! 呼び寄せているのは空間じゃなくて、事象だけってことか!」
などとひとりで理解を深めていくユーリエルに、ノエルは眉根を寄せた。
「あ? どうゆうこった?」
「別世界の、構成要素だけを貼りつけてるってこと。ルールとか法則とかね。」
「そんなこと、できんのか?」
「知らないよぉ。」
ふたりは光弾を避けるため走る。
「でも――理屈だけならわかるかも――」
走りながら、ユーリエルはきょろきょろとあたりを見回した。
そして目的のものを見つけて、あらぬほうへ走ってゆく。
「ユーリっ!」
ノエルが追いかけて、ユーリに飛びついた。
ノエルの頭上すれすれを光弾が通り抜けて……遠方で爆散した。
「あぶねえ……」
「はい、見つけたぁ」
ユーリエルは倒れたまま、それを指した。
天使から抜け落ちたとでもいうような、白い羽毛が1枚、そこに落ちていた。
ユーリエルが羽毛をつまんで、ふうと吹くと、ばらばらに砕けて消滅した。
「ラースは呪術者としても一級だね。」
「あ?」
「別次元の事象のつなぎ留め。どうやってるのかは知らないけど――『つなぎ留め』ているのであれば、そこには『楔』があるはずなんだ。糸でボタンを服に縫い付けるみたいにねぇ。だから『楔』を壊して、糸を切っちゃえば元通りになるはずだよ。」
「――で、その『楔』ってのが」
「この天使の羽毛ってわけ。悪趣味だよねぇ。」
「おまえに言われたくないな。」
ノエルは、ユーリエルが用意した派手なオープンカーを思い出した。
「けど――何も起きねえぞ?」
「そりゃそうだよ。これだけの空間に事象をつなぎ留めるには、『楔』がいくつ必要なんだろうね。ボクにも想像がつかないよぉ。」
ユーリエルは事もなげに言う。
そこへ自動小銃を抱えたジョルジュが合流した。
「何かありましたか?」
「散らばっている羽毛を撃ち抜けだってよ。それが『楔』なんだと。」
「わかりました。みなに伝えましょう。」
そういうとジョルジュはまた走っていった。
「ところでさ、ノエルぅ」
ユーリエルは不思議そうにノエルの顔を覗き込んだ。
「あ?」
「どうしてノエルは平気なの?」
その意味がつかめずノエルが眉根を寄せたそのとき――
右腕を激痛が襲った。
鱗が、ノエルの全身へ向けて這い出していた。
ここはネフィエルの力が増強される空間である。
ならばもし、『冥魚病』にネフィエルの力が混じっていたとしたら、その病もまた凶悪なものへと変貌する――
「なっ……ううっ――」
ノエルはその場にくずおれた。
マラルメもまた、地に伏し、もがくことしかできなかった。
怒涛のような鱗の侵蝕に、ティナはすぐさま詠唱にかかる。
しかしその進度を鈍らせることしかできなかった。
(これじゃあジリ貧よね。)
またもひとりごちるミズカ。
光弾はミズカの砂壁へ向けて何発も放たれている。
その度に防壁はすり減っていく。
あとどれだけ持ちこたえられるのか、ミズカにもわからなかった。




