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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene12 天使《アンゲロス》なんてさようなら その1

  ***


 激しい銃撃音が飛び交い、邸はまたたく間に戦場と化し――

 などという展開も考えていたが、大扉の奥は静まり返っていた。

 いや――がらんどうであった。

 いつもは使用人や、警備兵がいるであろうそこには、誰もいなかった。

 それだけではない。

 大理石が敷きつめられたエントランス、2階へと続く大階段、巨大な肖像画、シャンデリア、いったい何部屋あるのだろうと思われる洒落た扉の数々……そんな大邸宅の象徴ともいうべきそれらが――一切なかった。

 邸の中が、ぽっかりと別空間へと入れ代わったかのように――扉の先には広大な灰色の景色が広がっていた。

 

 そこに、ネフィエルがひとり佇んでいた。

「サーカス団を呼んだ覚えはありませんが?」

 余裕のある口振りである。

「ここで一芝居打たせていただけないかと思いまして、交渉に参りました。」

 ジョルジュも負けず劣らずの口振りで返す。これがネフィエルの気に障ったのか、

「ラース公は外出中です。」

 とやや語気を荒げた。

 ジョルジュはにやりとほくそ笑むと、さらに続ける。

「こちらには病を癒す秘薬があるそうですね?」

「なんのことやら。」

「王妃殿下を癒した秘薬です。」

「ラース公の偉大なお力によるものでしょう。」

「お譲りいただけないと?」

「ないものを差し上げることはできません。」

 互いに一歩も引かぬ応酬である。

「では――悪魔をご存じですか?」

「悪魔?」

巫女の村(シビュレェ)を灰塵に帰したという悪魔です。ラースは悪魔と手を組んでいたと聞いたものですから、是非とも――うちの見世物にしたいと思いまして。」

 そう眼鏡の奥を光らせたジョルジュに、

「ハハハハハハ!」

 ネフィエルがいよいよ声を上げた。

「悪魔! それもいい。地に堕ちた天使は、みな悪魔と呼ばれるのだ!」

 ネフィエルは高々と宙へ舞い上がり、4枚の羽を広げた。

 残念ながら、すでに傷は癒えているらしい。

「ボクがその悪魔だ。じっくり眺めてくれ。」

「やはりラースは、地獄に堕ちた魔僧でしたか!」

「君たちよりは、幾分かマシなヒトさ。」

 ネフィエルは手をかざすと、はるか彼方へ向けて光弾を放つ。

 その一撃は、果てしない空間を切り裂いてゆき――猛烈な爆炎を上げた。

「ここではぼくの力はさらに強くなる。それでもやるかい?」

「われわれには巫女のご加護がついています。」

精霊使い(せいれい)なんてちっぽけな存在だよ、ぼくに比べたらね。」

 ネフィエルはその手をジョルジュへかざした。

 一同を巨大な爆炎が襲った。


  ***


 マラルメはティナの手を引いて駆けだした。

 しかし爆風は無情にも、足の遅い彼らを襲う。

 高熱に身を包まれるかと見えたそのときに、ミズカが飛び込んできた。

 砂の膜を張って、ティナとマラルメを護ったのだった。

「み、ミズカちゃん。あなた――」

「はいはい、あとあと。おにいちゃんからあんたたちを護るように頼まれちゃったの。あーアホくさ。あとでうんとお返ししてもらうんだから。」

 ミズカは頬を膨らませている。

 マラルメは自動小銃を構えると、ネフィエルに向けて撃った。

 方々から射撃されるネフィエルだったが――しかしその羽は聖堂のときよりもさらに強化、延伸されているようで、まるで羽衣のようにネフィエルを優しく包み込み、あらゆる衝撃から護っていた。

(ま、わたしは防御で手一杯よね――)

 ミズカは内心ごちた。

 隔絶されたこの空間では、本体の力を呼び込むこともできそうにない。

 にも増して、いまだ傷の癒えぬ身体である。

 爆炎から身を護れているだけでも、良しとしなければならない。

(こんな汚れ仕事を押しつけるなんて――滅ぼしてやろうかしら砂蟲サンドワーム。)

 と怒りの矛先を同族へ向けてみた。

 思い付きではあったが、それもまた一興かもしれないとミズカは思った。


  ***


「ユーリ、術式が読めるか?」

 ノエルが隣にいるユーリエルに声をかけた。

「んーやってはいるけど――この空間ちょっとおかしいんだよねぇ。」

「おかしい?」

「別の次元から、ネフィエルに都合のよい空間を呼び寄せているみたいだけど……混じりっ気が多いというか……ああそっか! 呼び寄せているのは空間じゃなくて、事象だけってことか!」

 などとひとりで理解を深めていくユーリエルに、ノエルは眉根を寄せた。

「あ? どうゆうこった?」

「別世界の、構成要素だけを貼りつけてるってこと。ルールとか法則とかね。」

「そんなこと、できんのか?」

「知らないよぉ。」

 ふたりは光弾を避けるため走る。

「でも――理屈だけならわかるかも――」

 走りながら、ユーリエルはきょろきょろとあたりを見回した。

 そして目的のものを見つけて、あらぬほうへ走ってゆく。

「ユーリっ!」

 ノエルが追いかけて、ユーリに飛びついた。

 ノエルの頭上すれすれを光弾が通り抜けて……遠方で爆散した。

「あぶねえ……」

「はい、見つけたぁ」

 ユーリエルは倒れたまま、それを指した。

 天使から抜け落ちたとでもいうような、白い羽毛が1枚、そこに落ちていた。

 ユーリエルが羽毛をつまんで、ふうと吹くと、ばらばらに砕けて消滅した。

「ラースは呪術者としても一級だね。」

「あ?」

「別次元の事象のつなぎ留め。どうやってるのかは知らないけど――『つなぎ留め』ているのであれば、そこには『楔』があるはずなんだ。糸でボタンを服に縫い付けるみたいにねぇ。だから『楔』を壊して、糸を切っちゃえば元通りになるはずだよ。」

「――で、その『楔』ってのが」

「この天使の羽毛ってわけ。悪趣味だよねぇ。」

「おまえに言われたくないな。」

 ノエルは、ユーリエルが用意した派手なオープンカーを思い出した。

「けど――何も起きねえぞ?」

「そりゃそうだよ。これだけの空間に事象をつなぎ留めるには、『楔』がいくつ必要なんだろうね。ボクにも想像がつかないよぉ。」

 ユーリエルは事もなげに言う。

 そこへ自動小銃を抱えたジョルジュが合流した。

「何かありましたか?」

「散らばっている羽毛を撃ち抜けだってよ。それが『楔』なんだと。」

「わかりました。みなに伝えましょう。」

 そういうとジョルジュはまた走っていった。

「ところでさ、ノエルぅ」

 ユーリエルは不思議そうにノエルの顔を覗き込んだ。

「あ?」

「どうしてノエルは平気なの(・・・・・・・・・)?」

 その意味がつかめずノエルが眉根を寄せたそのとき――

 

 右腕を激痛が襲った。

 鱗が、ノエルの全身へ向けて這い出していた。


 ここはネフィエルの力が増強される空間である。

 ならばもし、『冥魚病』にネフィエルの力が混じっていたとしたら、その病もまた凶悪なものへと変貌する――

「なっ……ううっ――」

 ノエルはその場にくずおれた。


 マラルメもまた、地に伏し、もがくことしかできなかった。

 怒涛のような鱗の侵蝕に、ティナはすぐさま詠唱にかかる。

 しかしその進度を鈍らせることしかできなかった。

(これじゃあジリ貧よね。)

 またもひとりごちるミズカ。

 光弾はミズカの砂壁へ向けて何発も放たれている。

 その度に防壁はすり減っていく。

 あとどれだけ持ちこたえられるのか、ミズカにもわからなかった。


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