Scene11 見世物《フリークス》なんてさようなら その1
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申し訳なさそうに視線を逸らすノエル。
彼はベッドの上に正座させられていた。
そして隣には下着姿のミズカも、同じく正座させられている。
「いやその……つまりだな……」
ノエルにはうまい言い逃れが見つからなかった。
「わ、わたし、気がついたらおにいちゃんのところにいてぇ……」
ミズカもどうしたものかと目を泳がせている。
救いを求めるようにユーリエルにも視線を送るが、ミズカに拉致監禁されたトラウマからか、冷や汗を流すばかりで固く口を閉ざしていた。
「つまり、お兄様ということですか?」
頬を赤らめたティナは、なぜか涙目である。
数分前――
ティナは介抱のため、いまだ眠り続けるノエルの横で詠唱をしていた。
が、連日の介抱疲れのためかよろけてしまい――ノエルの上に覆い被さった。
顔と顔との距離が、ほんの数センチ。
普段はしかめ面ばかりしているが、眠っているいまは、穏やかそうにしているノエルの顔。
そのきれいな顔立ちに……ティナは見惚れてしまった。
ぼんやりしていたのもあって、引き寄せられるように、ティナはノエルの唇に自分の唇を重ねかけた――
「ってててて、なあに、もうおにいちゃん……」
声がすぐ近くから聞こえた。
ティナがはっとしてシーツをめくると、そこには下着姿の少女が絡みついていた――
「そ、そ、そうでぇす……わたしはお兄ちゃんの妹でぇす。」
そんな苦し紛れの言葉にも、
「ふうん。」
というアンナの刺すような視線が痛い。
「わ、わたし、一人だと眠れなくって、いつもおにいちゃんに甘えちゃうんですぅ。」
ミズカがいつになく取り乱しているのは、アンナの前ということもあるのだろう。
「齢も……離れていらっしゃるようですけど……」
ティナが至極真っ当なところを突いてくる。
「家庭環境が複雑なんですぅ! ねっ、おにいちゃん!」
と同意を求めてくるミズカに、
「そ、そうだ。」
ええいもうどうにでもなれ、というヤケバチである。
ノエルとしても目を覚ましたばかりで、なにがなんだかわかっていない。
話によると、どうやら2日ほど眠っていたらしい。頭が働くわけもなかった。
「そうなんですね、ノエルさんは不潔な方だと思ってしまいました。」
やはりティナも、目が笑っていない。
「ふうん……」
とミズカをねめつけるアンナ。砂蟲のくせに、蛇に睨まれたカエルのようにたらたらと汗を流すミズカは、たまらずノエルに助けを求めた。
「ほら、お兄ちゃんもなんか言ってやってよっ!」
「う、うちの妹が、騒がせて、すまん――ちくしょうなんでおれが――いででっ!」
後ろ手でミズカに尻をつままれるノエル。
「ミズカです。うちのおにいちゃんがいつもお世話になっています。」
ミズカがおそるおそる手を出すと、アンナは訝しがりながらも手を取った。
「よろしく。ねえ、ミズカちゃんどこかで会ったことない?」
アンナはまじまじとミズカを見つめる。
「はじめてですよ、、、、アハハハハ、、、、アンナさんおもしろい、、、、」
いよいよ化けの皮が剥がれそうになっているミズカ。
傷はまだ癒えていないようで、首筋にも痣が残っている。
「よかったぁ。ノエルさんがこんな幼い子にまで手を出すような変態鬼畜だったらどうしようか思いましたぁ。」
さらりと『変態鬼畜』といったティナに、肝を冷やすノエル。
『幼い子に「まで」』という部分も気になるが、とりあえず受け流しておいて――
ミズカに耳打ちする。
――ミズカ、なんで消えてねえんだ!
――本体が休眠中なの! だから幻体も、うまく操れないみたい。
――だぁぁぁぁ!
そもそもベッドに忍び込んだことに対する怒りまでは、気が回らなかった。
「なにをヒソヒソ話してるの? 家族会議?」
とアンナは冷笑を向けている。
「ハハハハハ……」
ノエルは乾いた声を返すしかなかった。
そこへ扉が開いて、腕に包帯を巻いたマラルメと、眼鏡の男が入ってきた。
「にぎやかですね。」
眼鏡の男はざっと室内を眺め回して、みなの様子を観察する。
「もう傷はほとんど塞がっていますね。さすがは巫女様。」
くいと眼鏡を上げて、髪をかき上げる男。
「あんたは?」
ノエルは正座のまま訊いた。
「わたしは〈緑の信奉者〉のリーダー、ジョルジュ・ハミングです。すべてティナ様からお聞きしました。わが国の巫女にお力添えいただき、感謝しております。」
ジョルジュは胸に手を当てて、恭しくお辞儀をした。
痩身ではあるが聡明な顔立ちで、芯の強そうな男である。
「さっそくですが、お話があります――」
ジョルジュはそういうと、また髪をかき上げた。
「天使をぶっ潰していただきたい。」
そう冷ややかに言い放つジョルジュは、やはり過激な男であるようだ。
***
ここは〈緑の信奉者〉が潜伏している古民家の一室。
古民家とはいっても、ときの富豪の遺産を、中流階級に払い下げたという代物であり、やや古びてはいるが、格式高い邸宅である。
その眼鏡の奥に、青い炎を灯したような反乱軍のリーダー、ジョルジュの申し出はいたってシンプルだった。
「解毒剤――それを手に入れたいのです。」
ジョルジュは真珠貝のような曲線を描くソファーに優雅に腰かけている。
それが嫌味にならないのは、普段からそうした高価な品々に親しんでいるからだろう。
「冥魚病というのは――ラースが生みだした魔毒です。王妃殿下がご回復なさっている以上、必ず解毒剤があるはずです。」
〈緑の信奉者〉は、それがラース邸以外にはありえないというところまで突き止めているらしい。
「ですが――」
ここでジョルジュはまた眼鏡を上げた。
「あそこには天使が出ましてね……」
と悔しそうな顔をするジョルジュ。
きっと多くの犠牲者が出たのだろう。
「その退治をお願いしたいのです。」
一度撃退に成功したノエルたちならば、聖堂から逃れた手負いの天使ならば――
今度こそ勝つことができるかもしれないと考えているのだろう。
しかし、本当にそうだろうか?
先の戦闘を思い返してみても、ノエルにはまるで勝算が見つからなかった。
「おっけー、任せといてよ。」
いとも容易くこたえたのは、もちろんアンナである。
「おまえ一度負けてんだぞ?」
あの狂天使ともう一戦交えたところで、結果は変わらないだろう。
ましてノエルは、冥魚にやられて動けるかどうかもわからないのだ。
だがアンナは、
「わたし一度負けた相手には、二度と負けないの。」
といたってお気楽な返答を寄越した。
「その自信はどっから来んだよ?」
「なぜなら、それは、アンナちゃんだから。」
「あ?」
まったく会話にならないやり取りに、思わず怒気が混じるノエル。
「では、ご協力いただけるということで――」
ジョルジュは快諾と受けとめて、話を進めていく。
ジョルジュとしても、あまり時間はないと踏んでいるのだろう。
マラルメも気丈に振舞ってはいるが、その額には脂汗が滲んでいる。
「ですが先日の〈マジカレード・タイム〉のおかげで、この街にも妙な連中がたくさんやってきましてね。いやはやウリザネの入管は、金さえ払えばザルとゆうことでしょう。」
皮肉とはいえ、どこか寂しさもあるのは、国を憂いているからだろうか。
「ラース邸に行くのも……迷惑をおかけするかもしれません。」
「あ?」
憂い顔のジョルジュに、ノエルは少し嫌な予感がした。