Scene8 誘惑《ルアー》なんてさようなら その2
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アンナとティナは笑い合っていた。
隣室で盛り上がるノエルとユーリエルを驚かしてやろうと壁を殴ったら、亀裂が入ったからである。
「アンナさん、ふふ、ちょっと、やりすぎ――ふふふっ」
「いやー、はははっ、抑えたんだけどなー」
などとひとしきり笑いあったが、それでも上気はおさまらなかった。
ふたりはシャワーを終えたばかりで、まだ頬も赤く、髪も乾ききっていない。
「はあ~アンナさんの身体、とってもきれいでした~」
「ティナの肌も、超きれいだったね~」
アンナに誘われて、ティナは一緒にシャワーを浴びたのだった。
「いえいえ、アンナさんですよ! おっぱいも大きいですし、腰も細くって――理想の体型って感じで。」
「そう? ティナもすっごくかわいいと思うよ?」
「わたし幼児体系です。」
とティナは自分の胸に手を当てた。
「ないわけではないですけど……アンナさんを見てると、まだまだです。」
「動き回るときはちょっと邪魔なのよね。知ってる? 原生林に住む女だけの部族がいてね、その人たちは弓を引くのにおっぱいが邪魔だから、片方のおっぱいを切り落とすんだって。」
「どんだけ巨乳なのかって話ですよ!」
「わたしも切り落としちゃおうかなって思うときあるよ。」
「だ、ダメです! 絶対にいけません! アンナさんからプロポーションをとったら、なにが残るっていうんですか!」
またしても誠意と意味がねじ曲がってしまうティナ。
「悪意はないんだろうけど――やっぱりぶっ刺さるわね。」
「え? わたし、またなにか失礼なことを言いました!?」
ティナは手で口を塞いだ。
するとアンナは、ティナの胸へすっと手を伸ばした。
「ほらこの、ちょうどおさまりのいい感じ!」
「あっ、ちょ、ちょっとアンナさん、あっ……」
「ふ~ん、ティナって感じやすいんだ? なにその設定、ずるいー」
アンナはティナの胸を揉みしだいた。
「ちょっ、ああっ、んっ! アンナさぁっ、やめ、ううんっ!」
「ほほーう、じゃあ――これはどうかにゃ?」
ティナの甘い声に刺激されて、アンナの手がぐにぐにと動き回る。
「ひゃあっ、あ、あんなしゃん、お、おねがいします……も、もう、やめぇ……あっ」
「うへへへへっ、たまらんのう――」
『やかましいわ!』
隣室からノエルの声が響いた。
「あれ、ノエル? 聞こえてた?」
『いいから寝ろっ!』
「いや~、ティナがあんまりにも可愛くって!」
「はぁ、はぁ……もう……」
ティナは半べそをかきながら、ベッドに脱力している。
しかしその乱れた衣服が、またアンナの情欲をかき立てた――
「ノエル! おかわりっ!」
『やかましい!』
ノエルの怒号は、次やったら叩き出すぞと言っていた。
「ちぇっ……」
アンナは後ろ髪を引かれながらも、自分のベッドへ潜り込む。
「じゃあね、おやすみティナ。」
そういってアンナは部屋の灯りを消した。
「もぉー、アンナさんひどいですよぉ、ううう……」
ティナは、よろよろと衣服を正してから、ベッドに入る。
「もう――おやすみなさい……」
早くも眠りかけているアンナに、ティナは律儀にそうつぶやいた。
***
ティナの嬌声が聞こえてきた隣室では、半裸のノエルが気まずい思いをしていた。
ベッドの上では下着姿のミズカが、肢体をくねらせている。
「向こうもよろしくやってるみたいだから、わたしたちもっ!」
そういってミズカが手を回してきたが、
「やかましい!」
と額にチョップを打ち下ろすノエル。
「おにいちゃんノリが悪いー。据え膳食うのは騎士の情け!」
「よくわからんが、いろいろ混ざっとる!」
ミズカはまた姿を消すと、部屋に備えつけの椅子にちょこなんと座った。
「ちぇっ、せっかくお手伝いしてあげたのに。」
「なんの手伝いだ!」
「泥棒を追っ払ったのよ? 感謝されてもいいくらいだわ。」
「はあ?」
ミズカが指をぱちんと鳴らすと、窓が開いた。
階下を見るように合図をするので、ノエルが覗き込むと――
黒服の男たちが数人、伸びていた。
「アンナの部屋に闖入しようとしてたみたい。」
「死んでるのか?」
「明日の朝まで眠ってもらうわ。どう? 見直した?」
ノエルの横にあらわれたミズカが、撫でてくれといわんばかりに頭を差し出した。
「いい番犬だ。」
「わんわん。」
ノエルはミズカの頭をぐしぐしと撫でる。
「ふ~ん……撫でられるのも意外といいものね。」
少し顔を赤くしたミズカは、そのままサラサラと砂になって大気中に消えていった。
“居場所がバレてるのに、逃げなくていいの?”
声だけが、ノエルの耳元に響いてくる。
「こっちには最高の番犬がいるからな。」
そういうとノエルはベッドに横になった。
“おにいちゃんって意地悪ね。わたしが断れないと思って”
「ああ。」
“じゃあ……”
そういってミズカはノエルの横にすっと姿をあらわした。
「添い寝するくらいの特典をつけてもらわなきゃ。」
「ま――それくらい安いもんだ。」
ノエルはゆっくりと目を閉じた。
***
ティナは真夜中に目を覚ました。
アンナは隣でぐっすり眠っている。
ティナはベッドから起き出してきて、アンナの荷物が置かれている椅子の上へとそっと近付いた。
ポーチへと手を伸ばし、ゆっくり蓋を開ける。
ふるえる指先で、中から匣を取り出した。
柔らかい感触。
暖かいのか冷たいのかよくわからないそれは――
聖マザーが『キーキューブ』と呼んでいたものである。
(ごめんなさい、アンナさん。)
ティナは心の中でそう唱えた。
ローブを羽織って、扉へ向かうティナ。
(アンナさんにはこれ以上手を出さないよう、おじさまに言っておきますから。)
そう意を決して、音のしないように扉を開ける。
しかし――扉の先にあったのは、果てしなく続く廊下であった。
ティナが入ってきたときとは明らかに違う空間となっていた。
その奥はあまりに遠くて、暗く陰っている。
(え――なにこれ――)
ティナは戸惑ったが……引き返すわけにもいかず、その空間へ足を踏み入れた。
瞬間、ぞくっと背筋を走る冷たい感覚が襲う。
なにか巨大なものが、こちらを見つめているのがわかった。
そしてそいつは――自分の生殺与奪もすべて意のままであることが、ひしひしと伝わってきた。
『無理はするな。』
ティナには、別れ際のアレグラハム・コンマイトの言葉が思い出された。
『チャンスは何度でもある。一度のチャンスに全てをかける必要はない。』
アレグラハムの鋭い視線の奥には、深い愛情が秘められていることがティナにはわかっている。
ティナはゆっくりと引き返して、音を立てぬようにそっと扉を閉めた。
キューブをポーチへ戻すと、ふたたび自分のベッドへ潜り込む。
(お祖母さま、待っていてください……聖域は必ず守ります。)
ティナは祈りを胸に、また深い眠りへと落ちていった。




