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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene8 誘惑《ルアー》なんてさようなら その2

  ***

 

 アンナとティナは笑い合っていた。

 隣室で盛り上がるノエルとユーリエルを驚かしてやろうと壁を殴ったら、亀裂が入ったからである。

「アンナさん、ふふ、ちょっと、やりすぎ――ふふふっ」

「いやー、はははっ、抑えたんだけどなー」

 などとひとしきり笑いあったが、それでも上気はおさまらなかった。

 ふたりはシャワーを終えたばかりで、まだ頬も赤く、髪も乾ききっていない。

「はあ~アンナさんの身体、とってもきれいでした~」

「ティナの肌も、超きれいだったね~」

 アンナに誘われて、ティナは一緒にシャワーを浴びたのだった。

「いえいえ、アンナさんですよ! おっぱいも大きいですし、腰も細くって――理想の体型って感じで。」

「そう? ティナもすっごくかわいいと思うよ?」

「わたし幼児体系です。」

 とティナは自分の胸に手を当てた。

「ないわけではないですけど……アンナさんを見てると、まだまだです。」

「動き回るときはちょっと邪魔なのよね。知ってる? 原生林に住む女だけの部族がいてね、その人たちは弓を引くのにおっぱいが邪魔だから、片方のおっぱいを切り落とすんだって。」

「どんだけ巨乳なのかって話ですよ!」

「わたしも切り落としちゃおうかなって思うときあるよ。」

「だ、ダメです! 絶対にいけません! アンナさんからプロポーションをとったら、なにが残るっていうんですか!」

 またしても誠意と意味がねじ曲がってしまうティナ。

「悪意はないんだろうけど――やっぱりぶっ刺さるわね。」

「え? わたし、またなにか失礼なことを言いました!?」

 ティナは手で口を塞いだ。

 するとアンナは、ティナの胸へすっと手を伸ばした。

「ほらこの、ちょうどおさまりのいい感じ!」

「あっ、ちょ、ちょっとアンナさん、あっ……」

「ふ~ん、ティナって感じやすいんだ? なにその設定、ずるいー」

 アンナはティナの胸を揉みしだいた。

「ちょっ、ああっ、んっ! アンナさぁっ、やめ、ううんっ!」

「ほほーう、じゃあ――これはどうかにゃ?」

 ティナの甘い声に刺激されて、アンナの手がぐにぐにと動き回る。

「ひゃあっ、あ、あんなしゃん、お、おねがいします……も、もう、やめぇ……あっ」

「うへへへへっ、たまらんのう――」

『やかましいわ!』

 隣室からノエルの声が響いた。

「あれ、ノエル? 聞こえてた?」

『いいから寝ろっ!』

「いや~、ティナがあんまりにも可愛くって!」

「はぁ、はぁ……もう……」

 ティナは半べそをかきながら、ベッドに脱力している。

 しかしその乱れた衣服が、またアンナの情欲をかき立てた――

「ノエル! おかわりっ!」

『やかましい!』

 ノエルの怒号は、次やったら叩き出すぞと言っていた。

「ちぇっ……」

 アンナは後ろ髪を引かれながらも、自分のベッドへ潜り込む。

「じゃあね、おやすみティナ。」

 そういってアンナは部屋の灯りを消した。

「もぉー、アンナさんひどいですよぉ、ううう……」

 ティナは、よろよろと衣服を正してから、ベッドに入る。

「もう――おやすみなさい……」

 早くも眠りかけているアンナに、ティナは律儀にそうつぶやいた。


  ***


 ティナの嬌声が聞こえてきた隣室では、半裸のノエルが気まずい思いをしていた。

 ベッドの上では下着姿のミズカが、肢体をくねらせている。

「向こうもよろしくやってるみたいだから、わたしたちもっ!」

 そういってミズカが手を回してきたが、

「やかましい!」

 と額にチョップを打ち下ろすノエル。

「おにいちゃんノリが悪いー。据え膳食うのは騎士の情け!」

「よくわからんが、いろいろ混ざっとる!」

 ミズカはまた姿を消すと、部屋に備えつけの椅子にちょこなんと座った。

「ちぇっ、せっかくお手伝いしてあげたのに。」

「なんの手伝いだ!」

「泥棒を追っ払ったのよ? 感謝されてもいいくらいだわ。」

「はあ?」

 ミズカが指をぱちんと鳴らすと、窓が開いた。

 階下を見るように合図をするので、ノエルが覗き込むと――

 黒服の男たちが数人、伸びていた。

「アンナの部屋に闖入しようとしてたみたい。」

「死んでるのか?」

「明日の朝まで眠ってもらうわ。どう? 見直した?」

 ノエルの横にあらわれたミズカが、撫でてくれといわんばかりに頭を差し出した。

「いい番犬だ。」

「わんわん。」

 ノエルはミズカの頭をぐしぐしと撫でる。

「ふ~ん……撫でられるのも意外といいものね。」

 少し顔を赤くしたミズカは、そのままサラサラと砂になって大気中に消えていった。

“居場所がバレてるのに、逃げなくていいの?”

 声だけが、ノエルの耳元に響いてくる。

「こっちには最高の番犬がいるからな。」

 そういうとノエルはベッドに横になった。

“おにいちゃんって意地悪ね。わたしが断れないと思って”

「ああ。」

“じゃあ……”

 そういってミズカはノエルの横にすっと姿をあらわした。

「添い寝するくらいの特典をつけてもらわなきゃ。」

「ま――それくらい安いもんだ。」

 ノエルはゆっくりと目を閉じた。


  ***


 ティナは真夜中に目を覚ました。

 アンナは隣でぐっすり眠っている。

 ティナはベッドから起き出してきて、アンナの荷物が置かれている椅子の上へとそっと近付いた。

 ポーチへと手を伸ばし、ゆっくり蓋を開ける。

 ふるえる指先で、中から匣を取り出した。

 柔らかい感触。

 暖かいのか冷たいのかよくわからないそれは――

 聖マザーが『キーキューブ』と呼んでいたものである。

(ごめんなさい、アンナさん。)

 ティナは心の中でそう唱えた。

 ローブを羽織って、扉へ向かうティナ。

(アンナさんにはこれ以上手を出さないよう、おじさまに言っておきますから。)

 そう意を決して、音のしないように扉を開ける。

 しかし――扉の先にあったのは、果てしなく続く廊下であった。

 ティナが入ってきたときとは明らかに違う空間となっていた。

 その奥はあまりに遠くて、暗く陰っている。

(え――なにこれ――)

 ティナは戸惑ったが……引き返すわけにもいかず、その空間へ足を踏み入れた。

 瞬間、ぞくっと背筋を走る冷たい感覚が襲う。

 なにか巨大なものが、こちらを見つめているのがわかった。

 そしてそいつは――自分の生殺与奪もすべて意のままであることが、ひしひしと伝わってきた。

『無理はするな。』

 ティナには、別れ際のアレグラハム・コンマイトの言葉が思い出された。

『チャンスは何度でもある。一度のチャンスに全てをかける必要はない。』

 アレグラハムの鋭い視線の奥には、深い愛情が秘められていることがティナにはわかっている。

 ティナはゆっくりと引き返して、音を立てぬようにそっと扉を閉めた。

 キューブをポーチへ戻すと、ふたたび自分のベッドへ潜り込む。

(お祖母さま、待っていてください……聖域は必ず守ります。)

 ティナは祈りを胸に、また深い眠りへと落ちていった。

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