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ハレルヤなんてさようなら  作者: 八兼信彦
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Scene8 誘惑《ルアー》なんてさようなら その1

  ***


 かび臭い宿屋の一室。

 疲れ切っていたユーリエルは、すでにベッドに沈んでいる。

 アンナとティナは隣の部屋に泊まっているので、ここにはいない。

 首からタオルを下げたまま半裸でシャワールームから出てきたノエルは――

 自分のベッドの上に、砂山が築かれているのに気がついた。

 ノエルはうんざりしながらも、砂山に声をかける。

「もう二度と会わないんじゃなかったのか? ミズカ。」

 ノエルが問いかけると、砂山は風もないのにさらさらと崩れてゆき――

 緑の衣服を身にまとった少女、砂蟲サンドワームのミズカがあらわれた。

「そのつもりだったんだけど、事情が変わったの。」

「あ?」

 ミズカはふわりと消えると、ノエルの胸もとに抱きかかえられるような姿勢であらわれた。

わたしたち(・・・・・)は、おにいちゃんたちを監視することにしたの。」

 ミズカは小さな手を、ノエルの胸に這わせる。

「監視? なんでまた。」

「最恐のアンナと、人間ひとならざる者の組み合わせ。そりゃ気にもなるわよね。」

 また姿を消すと、今度は枕元の壁から上半身だけ突き出す。

 その壁はアンナとティナが泊まる隣室に接していた。

「そこに、ウリザネアウスの巫女でしょ? なにかありそうって思うわよね。」

「ずっとつけてたのか?」

 ノエルには気配を感じられなかった。

「存在を希釈してたのよ。アンナにも感づかれないくらいにね。幼女に監視されるなんて、一部の大人にはヨダレものよ。」

「そんな性癖はねえ。」

「性癖ねぇ。食べたり寝たり、おにいちゃんたちってずいぶん人間ひとくさいのねー。」

 そういってミズカは、ユーリエルの上を浮遊する。

「地上には地上の法則ルールがあるからな。」

 ノエルが毅然と言い放つと、ミズカはやや気怠そうに話を続けた。

「その法則ルールからいうと、わたしたちは巫女と関係が深いの。あの子たちは獣苑の精霊ぬしと交感する精霊使い(ジニマギア)でしょ? 砂蟲わたしたちは精霊に近いから、巫女の影響も受けやすいのよね。」

「じゃあ、ティナのことも知ってたのか?」

「ええ。巫女の村(シュビレェ)消滅こともね。」

「精霊は、どうして巫女たちを助けなかったんだ?」

「助ける? なんでそんなことしなくちゃならないの?」

 ミズカは目をくりくりさせた。

「勘違いしないでよね。巫女は精霊わたしたちの力を借りて(・・・)いるの。精霊が人間ひとに肩入れしてるわけじゃないわ。」

 さも当然のようにミズカは言った。

 人間と精霊、そこには大きな隔たりがあるようだった。

「それで、監視役がミズカというわけか。」

「ええ、そうよ。でもわたしもこっそり見守ろうと思ってたの――」

 ミズカは砂に姿を変えると、今度はノエルのベッドでゴロゴロと寝返りを打つ。

「おにいちゃんたち、パン屋に入ったよね?」

「ああ。」

「結界を張るパン屋なんて、いったい何を捏ねてんのって話よねー。」

 ミズカは拗ねたように顔を逸らすと、ノエルの枕に抱きついた。

「結界?」

「結界を破るのなんか、なんてことないけど、騒がれると面倒だからやらなかっただけ。――おにいちゃんたちはあそこで何してたの?」

 そういってミズカは、上目遣いにノエルを覗き込んだ。

「ああ、教えてやってもいいが――」

 ノエルがベッドに腰を下ろす。

 まるでベッドへと誘い込まれたような態となったノエルに、

「やっぱりおにいちゃんって、少女偏愛(しゅみ)だったのねっ!」

 ぽっと顔を赤らめるミズカ。

 しかしノエルは無視して話を続ける。

「アンナが妙なものを持ってるのに、気付いていたか?」

「あの四角いやつね。」

「あれはいったい何だと思う?」

「さあ、しらない。」

「そうか――ミズカにもわからないよな……。パン屋ではあれの正体を探っていたんだ。けど何もわからなかった――なあミズカ、この世界には、『神の遺物』ですらない妙なものってのがどれだけあるん――なにやってんだ!?」

 ノエルが振り返ると、ミズカは緑の衣服を脱ぎ、あらわな下着姿になっていた。

「準備OKよ、おにいちゃん。あ、年齢のことなら気にしないでね、合法ロリってやつだから。見た目がすべてよ勇気を出してっ!」

「服を着ろっ!」

「おにいちゃんが裸なのに、わたしだけ服を着てるってのも変でしょ? でも全裸よりそそる(・・・)と思って、下着だけ残したわたしのやさしさ! どう?」

「どう? じゃねえ。ユーリが起きる前に早く着ろ!」

「大丈夫よ、ゆっくり眠ってもらってるから。」

 ユーリエルはピクリとも動いていなかった。

 どうやらユーリエルのまわりだけ、時間の流れを遅くしているようである。

「さあおにいちゃん、めくるめく逢瀬を楽しみましょう? わたし、造形には自信があるからっ。」

 ミズカは下腹部のあたりをさすってみせた。

「話を聞けっ!」

 とノエルが叫ぶ――


 ドン!


 枕もとの壁に、ひびが入った。

 ノエルとミズカがびくっとして振り向くと、

『あちゃー、やりすぎたー。ごめんねーノエル。』

 壁の向こうから、アンナの声が聞こてきた。

『軽い壁ドンのつもりだったんだけど……この建物、もろいみたいー。』

「お、おう……」

 怪力を棚に上げて、建物のせいにしたことは置いておいて――

 まるで浮気現場を押さえられたような動悸に襲われ、ノエルとミズカは固まっ(フリーズし)た。


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