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金と飯と色恋のために魔王軍を全滅させたら、なぜか人類の救世主として崇められている件  作者: 臥裳斗真


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第6話「肉は、ある」


 カルネに着いたのは、昼を少し回った頃だった。


 東へ開いた湾に大小の船が並び、石造りの倉庫が海沿いに何棟も続いている。


 市場には魚と塩と香辛料、乾燥果実に革、酒樽。街道側から入ってくる荷と、海から上がる荷が、町の真ん中で混ざり合っていた。


 人も声も匂いも多い。


 その中で、ミラ・ヴァーミリオンが言った。


「肉」


「まだ見えていないぞ」


「匂いがする」


「犬か」


「焼いた角牛の匂いくらい分かるわよ」


 ゼノ・クロウが鼻を鳴らした。


「俺には魚の方が強い」


「集中力が足りない」


「肉を探すのに集中力がいるのか」


「いる」


 ミラは大通りを見回した。


 炙り角牛の香草焼き。ここまで来た理由のだいたい六割。残りは流通調整費。たぶん。


「先に宿を探すぞ」


「先に肉」


「荷がある」


「肉食べてから宿」


「金は」


「ある」


「では肉だな」


「急に話早いじゃん」


「腹が減っている」


「結局あんたもじゃん」


 店はすぐ見つかった。見つかったが、ミラは看板の前で足を止めた。


 もう一度読む。見間違いではなかった。


《炙り角牛の香草焼き 銀貨二十七枚》


「……」


「どうした」


 ゼノが後ろから覗き込む。


「二十七」


「そう書いてあるな」


「二十七」


「二回言ったな」


「昨日十一枚だったのよ」


「あれは名物ではなかっただろう」


「だからって二倍以上になる!?」


 店主が苦笑した。


「最近はこれでも安い方ですよ」


「安い?」


「他所じゃ三十取る店もあります」


「何したら肉一皿が宿代より高くなるの!?」


「仕入れですねえ」


「またそれ!」


 店主が一歩引いた。


「何です」


「こっちの話!」


 ミラは財布を出して、そこで止まった。値札を見て、財布を見て、もう一度値札を見る。


「食うのか」


「……食う」


「高いぞ」


「知ってる!」


「怒りながら払うのか」


「味を確認しないと文句言えないでしょ!」


「昨日も同じことを言っていたな」


「昨日のは名物じゃない!」


 銀貨二十七枚を払う時、指が少しだけ震えた。


 うまかった。腹が立つほど。


 表面は香草と塩で薄く焼き固められ、中には赤みが少し残っている。脂は重くなく、噛むたびに肉汁が出た。


 ミラは無言で二口食べ、三口目でようやく言った。


「……うまい」


「負けたな」


「何に」


「値段に」


「負けてない」


「払っただろう」


「払ったけど納得はしてない」


「面倒な客だな」


「二十七枚なら面倒にもなるわよ」


 皿を指す。


「これ、仕入れいくら」


 店主が止まった。


「料理食いながら聞きます?」


「聞く」


「……切り身一人前で、銀貨十五前後です」


「十五?」


「日によりますけど」


「先月は」


「七か八」


 ミラの咀嚼が止まった。


「倍」


「ほぼ」


「角牛そのものが減ってるの?」


「いや」


「いや?」


「市場には来てますよ」


「来てるの?」


「港側の倉庫には」


「じゃあ何で高いの」


「出てこないんです」


「何が」


「肉が」


 ミラはフォークを置いた。


「もう一回」


「倉庫には荷が入ってるんです」


 店主は声を少し落とした。


「でも市場に出る量が減ってる」


「誰が止めてるの」


「卸」


「どこの」


「いくつかありますけど、一番大きいのはアルディ商会」


 聞き覚えがあった。


「……アルディ?」


「知ってるんですか」


「昨日泊まった町で、その商会から金借りてる店があった」


「ああ。東街道なら手広くやってますよ」


「流通調整費って知ってる?」


 店主の顔が変わった。


「払ってます」


「いくら」


「荷によります」


「角牛は」


「一荷につき銀貨十二」


「高っ」


「半年前は五でした」


「また倍」


「最近は何でもそうですよ」


 ミラは皿を見た。


 肉はある。でも出てこない。荷は来ている。なのに値段は上がっている。


(……在庫不足じゃない)


「何だ」


「何でもない」


 ミラは残りを食べ始めた。


「食うのか」


「残す方がもったいない」


「そこは一貫しているな」


 アルディ商会のカルネ本店は、港に近い通りにあった。


 三階建て。正面は綺麗に整えてあり、裏には倉庫が続いている。入口には受付が二人。


 ミラは正面から入った。


「流通調整費について聞きたい」


 受付の男が営業用の笑顔を浮かべる。


「どの荷についてでしょうか」


「全部」


「……全部」


「なんで上がってるの」


「相場、護衛費、街道維持費、倉庫費などを総合的に」


「内訳は」


「契約先ごとに異なります」


「見せて」


「取引先でなければ」


「じゃあ取引先になる」


「何を仕入れますか」


 ミラは少し考えた。


「肉」


「量は」


「一皿」


 受付の笑顔が止まった。


「小売ではありません」


「じゃあ無理か」


「無理ですね」


「そっか」


 ミラはあっさり引いた。


 ゼノが横目で見る。


「帰るのか」


「正面から聞いて出ないなら、もういい」


「諦めるのか」


「誰が」


 そのまま外へ出た。


「で」


 市場の端まで戻ってから、ゼノが言った。


「何する」


「見る」


「何をだ」


「荷を全部」


「どこの荷だ」


「アルディ商会」


「勝手に見ていいのか」


「外からならいいでしょ」


「中へ入る気だな」


「まだ決めてない」


「入る顔をしている」


「どんな顔よ」


「悪い顔だ」


「失礼な」


 商会裏の倉庫街へ回ると、荷車が何台か門をくぐっていくところだった。


 塩、穀物、木箱、樽。それから角牛。冷却術式を施した保存箱に入っている。


「あるじゃん」


 ミラが呟いた。一台、二台、三台。


「市場に出す分かもしれん」


「かもね」


「なら問題ない」


「数える」


「何を」


「入った数」


「暇だな」


「あんたが言うな」


 一刻ほど見て、さらに半刻。


「……多い」


「何が」


「入ってる量」


 ミラは指を折りながら数え直した。


「市場で聞いた出荷量より多い。倍まではいかないけど、明らかに多い」


「なら貯めている」


「何のために」


「知らん」


「そういう時だけ素直に知らないって言うのやめて」


「知らんものは知らん」


 その時、後ろから声がかかった。


「ゼノさん?」


 振り向くと、倉庫の入口近くに若い女が立っていた。商会の制服に、濃い茶髪。腕には帳簿を抱えている。


「知り合い?」


「知らん」


「酷い!」


 女が笑った。


「昨日、花屋のエマから聞いたんです。銀髪のすごい剣士が東へ行ったって」


「そうか」


「有名ですよ」


「美人だな」


「いきなりですね」


「名前は」


「マルタです」


「仕事は」


「倉庫の出納」


 ミラの顔が動いた。


「出納?」


「はい」


 ゼノはマルタを見ている。ミラは帳簿を見ていた。


「忙しいのか」


 ゼノが聞く。


「最近は夜も荷が入るので」


 ミラが一歩近づいた。


「夜も?」


「え?」


「夜中に肉入る?」


「入りますけど」


「どれくらい」


「ミラ」


 ゼノが言った。


「今は俺が話している」


「重要なの!」


「俺も重要だ」


「名前と年齢でしょ!」


「年齢はまだ聞いていない」


「聞かなくていい!」


 マルタが吹き出した。


「角牛なら、最近多いですよ」


 ミラが止まる。


「多い?」


「ええ。東側の牧場から」


「市場には少ないって聞いた」


 マルタの笑顔が少しだけ引いた。


「それは……出庫が絞られてるから」


「誰の指示」


「そこまでは」


「知らない?」


「私は入った荷と出た荷を記録するだけです」


「帳簿見せて」


「無理です」


「だよね」


「即諦めるんですね」


「盗むと怒られそうだから」


「盗む選択肢あったんですか」


「今なくなった」


「今?」


「ミラ」


 ゼノが低く言う。


「何」


「犯罪予告はやめろ」


「してない!」


「でも」


 マルタが少し声を落とした。


「最近、変ではあります」


「何が」


「倉庫、空いてないんです」


「空いてない?」


「入ってくる量が増えてるのに、出す量が減ってるから」


「どれくらい」


「私が入ってから一番詰まってます」


「何年」


「三年です」


「理由は聞いた?」


「冬に備えるって」


「今、冬?」


「まだ先です」


「何か不足する予定ある?」


「牧場の話では、飼料が足りなくなるかもしれないって」


 ミラは少し黙った。


「それなら備蓄自体はおかしくない」


「おかしくないですね」


「でも」


「でも?」


「市場価格はもう上がってる」


「……はい」


「今の不足じゃなくて、未来の不足で?」


「そういうことになります」


 ミラは倉庫を見た。肉はある。ちゃんとある。それなのに市場では高い。


「どれくらい残すつもりなんだろ」


「それは分かりません」


「誰なら分かる」


「管理部か、商会長でしょうね」


「会える?」


「普通は無理です」


「普通じゃなければ?」


 マルタがゼノを見た。


「救世主なら?」


「その呼び方やめて!」


 結局、商会長には会えなかった。代わりに出てきたのは管理部の男だった。四十代、眼鏡、痩せている。


 ミラは同じ質問をした。


「なんで肉を出さないの」


「出していないわけではありません」


「減らしてる?」


「調整しています」


「何のために」


「今冬の供給不安に備えて」


「どれくらい足りなくなる予定」


「まだ確定では」


「じゃあ何割備蓄するの」


「状況次第です」


「今何割」


「企業秘密です」


「便利だね、その言葉」


「商売ですので」


 ミラは机を指で叩いた。


「流通調整費は」


「備蓄・護衛・倉庫維持に必要な費用です」


「上がり続けてるけど」


「危険が増しています」


「どこで」


「街道全体で」


「昨日、普通に荷届いたよ」


「一件届いたから安全とは限りません」


「それはそう」


 男が少し意外そうな顔をした。


「認めるんですね」


「合ってるものはね」


「では」


「でも値段上げた分、全部必要?」


 男の口が止まった。


「何を基準に」


「昨日見た明細」


「昨日?」


「三か月前が一枚。二か月前が一枚半。先月から二枚。肉はもっと」


「取引先ごとに違います」


「知ってる」


「なら」


「全部違うのに、上がる時期だけ同じだった」


 男の表情が動いた。ほんの少しだったが、ミラは見逃さなかった。


「……何」


「何でもありません」


「今何かあった」


「ありません」


「あった」


「ありません」


「嘘下手だね」


「ミラ」


 ゼノが言った。


「何」


「殴れば吐くか」


「駄目」


「早いな」


「殴ったら帳簿見せてもらえなくなるでしょ」


「そこか」


「そこよ」


 管理部の男が、椅子ごと少しだけ後ろへ下がった。


「……何なんです、あなた方」


「肉が高いの」


「それだけでここまで?」


「それだけ」




 帰り道、ミラは港の石段に座っていた。手には自分で書き写した紙。流通調整費。倉庫。備蓄。護衛。未来の供給不安。


「悪党だったか」


 ゼノが横に立つ。


「分かんない」


「珍しいな」


「備蓄は必要」


「そうか」


「本当に冬足りなくなるなら、今全部出す方が馬鹿」


「では終わりか」


「でも」


 ミラは市場の方を見た。


「足りなくなるかもしれない、で今もう倍取るのは別」


「何が違う」


「必要な備蓄と、便乗してる分」


「区別できるのか」


「まだ」


「なら斬れんな」


「最初から斬る話してないから」


「面倒だな」


「そうね」


 しばらく黙った。


 潮の音がして、荷揚げの掛け声が遠くで続いている。


「でも」


「何だ」


「肉はある」


「あるな」


「あるのに高い」


「そうだな」


「それは許せない」


「最初からそこだな」


「最初からそこよ」




 夕方、ミラはもう一度、炙り角牛の店へ行った。


「また来たんですか」


「来た」


「一皿?」


「半分」


「半分売りはしてません」


「じゃあ一皿」


「学習しないな」


 ゼノが言った。


「うるさい」


「二十七枚だぞ」


「知ってる」


「払うのか」


「今日は調査費」


「自腹だろう」


「言わないで」


 料理が来る。一口食べた。


「……うまい」


「負けたな」


「負けてない」


「二回目だ」


「うるさい」


 肉を噛みながら、ミラは倉庫の方角を見た。


 肉はある。金も動いている。それなのに、どこまでが必要なお金でどこからが余計なお金なのか、誰も説明できない。


 説明できる人間はいるのかもしれない。しないだけで。


「明日は何する」


「帳簿を見る」


「どうやって」


「それは今から考える」


「盗むのか」


「まだ決めてない」


「悪い顔をしているぞ」


「どんな顔よ」


「昨日と同じだ」


 ミラは肉を一切れ持ち上げた。


「これが銀貨二十七枚の顔」


「随分腹の立つ顔だな」


「でしょ」


 二人の後ろで、港の鐘が鳴っていた。


 倉庫には、まだ肉がある。






第6話「肉は、ある」 終


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