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第十三話 青年の助け舟

「この辺、工業地帯だったんですね」


 男から外へと視線を移し替え、無数に並んだ煙突林から白煙が止めどなく立ち登る様を目の当たりにし、桜井が納得したような顔になる。さしずめそこで出たゴミや部品等を破棄するために使われているのが、あの溶解炉と言ったところだろう。


 視界を埋め尽くすように立ち並ぶ工場の壁には、大きさの様々なパイプがたがい違いに張り巡らされ、全体で一つのコンピューターの電子回路を思わせる構造となっていた。


「にしても、これからどうします?」


 手近なところに腰を下ろし、片目を閉じて天井に顎を向ける桜井。彼の顎先では、先程破壊したフェンスがぽっかりと口を開けていた。


「車はあのザマ、こんな身なりじゃ電車にも乗れませんし」

「歩いて帰る……とか」


 逡巡の後に一つの案を絞り出した葛城だったが、それは誰の目から見ても無謀と言わざるを得ないような、苦し紛れの提案だった。自信なさげな声色から、彼女もこの提案を良しとは考えていないことが伺える。


「電車で2時間もかかるこの途方もない距離をですか?無茶ですよ。俺たちならなんとかなるでしょうけど、何より怪我してる律さんにそんなつらい真似させられません」

「私も同感です。もし歩いて帰るとして、その道中奴らに見つかってしまえば……今度こそ私たちは奴らに殺されてしまうでしょう」


 案の定、2人は葛城の案を首を振って否定する。3人の間に重たい沈黙が立ち込めた。


「万事休すか」


 男が虚空に向かって重たい息を吐き出したその時だった。

「あっ、いたいた〜!」と、場違いなほどに明るい声が工場内にこだまする。


 この辺りは無人の工業地帯のため、滅多に人の立ち入らない区域。そこへ突然現れた見知らぬ来訪者に、律以外のメンバーは瞳に警戒心を色濃く滲ませ立ち上がる。


「おーい!」溌剌とした掛け声と共に、こちらに向かって大きく手を振り近づいてくる人影が一つ。逆光に照らし出されるシルエットは青年のようだったが、こちらのことを知っているような素振りから、油断はできない。3人の纏う空気に緊張が走る。


「止まれ」やがて、その姿が暗闇から露わになると、男は間髪入れずに刀を突き出し、低く唸った。


「わっ!びっくりした〜。もう、危ないなぁ。よしてよ」


 姿を現した青年は、引き抜かれた刀の先端を見て、驚いたような声を上げる。目元は長い前髪に覆い隠され、素顔は見えない。


「キミが神夜ちゃんかな?それとも律ちゃん?」

「ちょっと待ってくださいよ」青年の言葉に、横から口を挟んだのは桜井だ。


「アナタ、どうして俺たちの名前を知ってるんです?」


 胸に渦巻く猜疑心を隠そうともせずに、青年の前に進み出て、その重たげな前髪を睨みつける。


「そりゃあ……」答えようと口を開けたところで、青年は2人の後ろで座り込む1人の少女に気付いたようだった。その瞬間、彼は不思議そうに首を傾げて、


「あれ、おかしいな、3人いる……ボクが聞いた時はたしか2人だったと思ったんだけどなぁ」などとぶつぶつ呟き始める。


「貴様、ふざけた真似はよせ」


 彼の不可思議な態度に疑念を募らせた男は、鈍色に光る刃の切先を青年の前髪に触れるか触れないかほどまで近づけて言った。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ボクはふざけてなんかない。キミたちを迎えにきたのさ」

「私たちを、迎えに……?」右足を抑えて立ち上がった葛城が聞き返す。青年は口元に笑みを浮かべて、大きく頷いた。


「うん!キミたち、ハリスに言われてPHGに乗り込んだんだろ?」

「ハリス……アナタ、あの腐れニコチン中毒野郎と知り合いだったんですか?」

「すごい言われようだね!まあアイツらしいか、キシシシ」


 青年はさも面白いことを聞いたとばかりに唇の端を歪めて笑う。噛み合わせた歯と歯の隙間から空気を漏らすような独特の笑い方だった。


「とにかく、詳しいことは後で話すから、とりあえず乗りなよ」

「乗るって、何に」道路の端から端まで見渡した桜井が期待外れの眼差しを青年に向ける。


「乗るも何も、車はないし、俺たちはこんな身なりですからね。電車にも乗れませんよ」

「車ならあるよ」


 首を傾げる一同に向かって、青年はにぃと口の端を吊り上げ、懐から取り出した何かのスイッチを入れた。


「ほら」


 その瞬間、何もない空間から、突如として見慣れない形状の乗り物らしきものが現れた。青年の口ぶりからすると、それが青年の言う「車」なのだろう。しかし、その構造は現在一般的に公道を走っているそれとは一線を画するものだった。


 青みがかったシルバー色の機体には、通常の車にはあるはずの窓枠を接合する役割を果たすピラーがなく、フロントガラスからバックガラスまで、全体を囲うようにガラス張りになっている。


 何より、その車らしきものにはタイヤがどこにもついていなかった。その代わり、下から青白い光が漏れ出し、若干浮遊しているように見える。


「これ、なんです……?」

「ボク特製の車だよ」


 想定外の出来事に目を瞬かせる桜井に、青年は得意げに胸を張った。


「これはね、磁気の作用で浮いてるんだ。地下は地上よりも磁力が大きいからね。より磁力を効率的に吸収できるんだ。吸収した磁力に反発する磁力をこの車から放出して浮いているってわけ。あとさっきのステルス機能!この車は全ての素材がメタマテリアルで構成されているんだ。メタマテリアルって言うのは光の屈折度を自由に変えることができる物質のことでね、この機能をオンにすることで、後方の光を前方に、前方の光を後方に迂回させて伝導させることができるんだよ。要はそこの空間だけ切り取ることが可能なわけ!あっそうそう、もちろん、自動運転機能も搭載済みさ!目的地を言えば自動で最短ルートを計算してそこまで移動してくれるんだ。微弱な超音波を発することでそこから跳ね返ってきた音波で自動的に障害物との距離を計算する仕組みになってるんだ!まだまだ改良の余地があるんだけどね、今度は__」

「……おい、もうその辺にしておけ」


 通常人であれば息継ぎもままならないスピードをものともせず、自慢の車についてペラペラと饒舌に語り尽くす青年に、男はげんなりとして告げる。


「おっと、ごめんごめん。ボク機械のこととなるとつい熱くなっちゃってさ〜。そうだ!熱いといえば、この車には内部にファンがついていてね……」

「もう良いって言ってるでしょうが」

「ありゃ、またやっちゃった」


 桜井にツッコミを入れられ、青年はようやく我に帰ったようだった。観念したように頭を掻く青年の色素の薄い髪が揺れ、中から金色に輝く瞳が覗く。


「改めて、自己紹介するね。ボクは譚・久信(たん・きゅうしん)。気軽に久ちゃんって呼んでよ」

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