第十四話 Regainers-取り戻す者たち-
久信によると、ハリスから手渡されたICチップは彼のお手製らしかった。今回彼が迎えにきたのも、葛城たちの生存確認を兼ねてのことらしい。
「それにちょっと細工して、GPSを埋め込んでおいたんだ。そこから君たちの情報を割り出したってわけ」
「すごい……」
さも当然とばかりに言い放つ久信だったが、並大抵の技術ではそもそもPHGの発行するカードの偽造など不可能である。そのことを間近で知っていた葛城は、素直な感想を口にした。
「そういえば、君たちの名前をちゃんと聞いてなかったね」
「俺が桜井です。桜井神夜」
「葛城律です」
運転席__と言っても自動運転のため実際に運転する者はいないが__から顔を覗かせる久信に、後部座席に座った桜井と葛城は各々自分の名を名乗る。
しかし、助手席に座った男は久信の問いかけに答えず、眉間に深い縦皺を刻んで黙り込んでいた。
「キミは律ちゃんたちとは違うところから来たんだよね?名前は?」
「……私に名乗る名などない」
「またまた、謙遜しちゃって」
「そういう意味ではない。……私は、とうの昔に自分の名を無くしている。覚えていないのだ」
重い口を開いた男に、久信はうーん、と唸ってから、
「じゃあさ、新しい名前を考えるっていうのはどうかな?」と、提案した。
「新しい名前……?」
「そう。名前がないなら作っちゃえば良いんだよ。律ちゃん、何かいい案なーい?」
「私が決めてよろしいのですか」
「貴方に決めていただけるのであれば、本望です」
「だってさ」
「こんなヤツ、役立たずとかデクノボウとかがお似合いでしょうよ」
指を顎に当てて思考を巡らせ始める葛城の横で、面白くなさそうに膨れっ面をするのは桜井だ。頬杖をついて窓の外で流れる景色を尻目に、けっ、と吐き捨てるように言う。男の鋭い視線が窓越しに桜井を睨め付けるので、ここぞとばかりに睨み返した。
2人が影で激しく火花を散らし合っていることなどつゆ知らず、真剣な面持ちで記憶の引き出しを漁っていた葛城の脳裏にふと、幼い頃の思い出が蘇ってくる。
それは、今から12年前、彼女が齢4歳の頃。その日は、寒さが肌をつきつきと刺す冬の夜だった。
頬を撫でつける冷たい風に目を開けた律は、布団から頭をほんの少しだけ出して、キョロキョロと視線を辺りに泳がせる。
顎を天井に突き出すようにして後ろを見たとき、か細い白煙をあげる火鉢が目に入った。
吐き出した息があっという間に視界を白く彩っていく。律は子どもらしい俊敏な動きで体を起こすと、布団をすっぽりと頭から被り、余った布を防寒着代わりに全身にぐるぐると巻き付かせて、てこてこと拙い動きで火鉢に歩みを寄せる。そして中を覗き込み、いつもなら炎を上げずに燃えて赤くなっている薪が完全に真っ黒になって横たわる姿を見て、合点が入った。
どうやら、いつも寝る前に焚かれている火鉢の炎が消えてしまい、外の寒さがここまで流れ込んできてしまったらしい。
新しい薪を探さないと。律はふるりと肩を震わせて、襖にそろりと手をかける。
一寸ほど戸を開くと、青白い月光が一筋、室内に差し込んだ。
その光に誘われるようにして襖を開け放つ。刹那、目の前に飛び込んできた光景に、彼女は今までの目的全てを忘れて目を奪われた。
一斉に雪の衣を身に纏い、銀色の輝きを放つ石庭。
月光を浴びて深い青に染まる氷湖。
冬の影の織りなす美しい景色は、今もなお、彼女の脳裏に鮮明に焼き付いていた。
「…….冬の、影……ふゆ、かげ……」
彼女は記憶から拾い上げた要素の一つ一つを吟味し、そのそれぞれを色々な方向から組み合わせようと試みる。
試行錯誤するうち、やがて一つの候補が彼女の頭に浮かび上がってきた。
「冬の影と書いて、冬影はいかがでしょう」
「冬影……ですか」
「はい」
「私の思い出深い景色の一つです」と言って頷く彼女に、男は少しの間沈黙し、
「その名を、私が頂戴してよろしいのですか」と、若干気後れした様子で尋ねた。男にとって、彼女の美しい思い出の一つに自分の名が刻まれることに、戸惑いがあったからであろう。
しかし、律はそんな男の内心など気づく様子もなく、「当然です」と首肯する。
「そのために考えたのですから」
「……では、有り難く頂戴いたします」
「冬影ちゃんかぁ、良い名前だね〜」
「完全に名前負けですよね」
「……それより貴様、その呼び方はなんとかならないのか」
桜井の憎まれ口に言い返しそうになるのをグッと堪えて、冬影は久信の独特の呼称について指摘する。
「え、なんのこと?」
「そのふざけた呼称のことだ」
「別に、どう呼ぼうとボクの勝手じゃない?それに、さんとかくんよりも仲が良さそうで、ボク好きなんだよね〜」
そう言ってキシシシ、と笑う久信に、食えない男だ、と冬影は思った。
***
かくして葛城たちが病院へとたどり着いた頃には、時刻はすでに午前6時を回っていた。寝ずの朝を迎え疲労困憊の葛城たちが院内に赴くと、真っ暗な廊下に一つだけ煌々と明かりの灯る病室があることに気づく。言わずもがな、ハリスの病室だった。
「うおっ、お前さんら、生きてたのか」
部屋に入ると、ハリスはまず彼らが生還したことに驚いた様子だった。
「ええ、アナタこそてっきり傷が開いてくたばってるかと思ったんですけどね。残念です」
目を丸くするハリスに、恨みのこもった皮肉で応戦する桜井。
「ハリスさん、こちらが頼まれていたものです」
葛城はそんな彼を視線で諌めつつ、ハリスの前に進み出ると、手のひらに乗せたメモリーカードを彼の眼前に差し出す。
ハリスはそれをつまみ上げ、しげしげと眺めたのち、感心したように膝を打った。
「マジに持ってきやがったのか、こいつぁ驚いた。……おまけに1人迷い猫まで拾ってくるたァな。予想以上だぜこりゃ」
次いで冬影に視線を移すと、くつくつと喉を鳴らす。相変わらず呼吸をするように煙草を嗜んでおり、室内は葛城たちが初め訪問した時以上に副流煙で充満していた。
「ちょっとハリス、病院でタバコ吸うなって。ボクタバコ嫌いだって言ってるでしょ」
ハリスから吐き出される煙をもろに浴びた久信が、咳き込みながら不機嫌そうに口をへの字に曲げる。しかし、ハリスはそんな彼の不平も言われ慣れているのか、手首を揺らして「へえへえ」と軽く返事をするのみで、全く取り合う様子はない。
「それよか、久ちゃん」
「……分かってるよ」
くいくい、と指を折り曲げるハリスに、久信はしぶしぶといった感じで、肩にかけていたバッグを下ろし、中から薄いノートパソコンを取り出した。
ベッドのちょうど真横にあるミニテーブルに端末を置いて、慣れた手つきで電源を入れる。
そして、ハリスから受け渡されたメモリーカードをパソコン内部に差し込むと、何やらタイピングして、媒体ごとハリスに手渡した。
ハリスは無精髭をさすりながら、しばらく無言で画面を凝視していたが、やがてふうと息をつくと、葛城たちに身体を向ける。
「間違いねえ、こいつぁ本物だ。ご苦労だったな」
「ったく、アナタのせいでとんだ目に遭いましたよ」
「まあそう言うなって。おかげでお前さんらの実力は確かだってことが証明されただろ?良いじゃねえか」
ペン回しの要領で煙草を器用にクルクルと回してみせるハリスに、いつものことながら悪びれた素振りはない。
「てめえ__」
「しっかし、アレだな。お前さんらはさしずめ、『Regainers』ってとこだな」
不平をぶち撒けようと口を開いた桜井を遮るようにして、ハリスが言った。
「リゲイナーズ……?」
聞き慣れない響きを持つその言葉を反芻した葛城に、ハリスは口元に浮かべた笑みを濃くして頷いた。
「『取り戻す者たち』って意味さ。かっこいいだろ?」
第1章はこれにて終了です。
第2章の更新は10月半ばからを予定しています。
今しばらくお待ちくださいませ。




