君を想う
ジルベルトが倒れた後の報告会から三ヶ月経ち、ライラの死亡が認められた。
アナベルだけは認められた後でも執拗に探していたが、ジルベルトが優しく諭すと渋々諦めた。
不思議な事に城が半壊したにも関わらず、死者や怪我人さえ出なかったらしい。
ただ各国の王族などが結婚式に出席する為に集まっていたので、新聞に毎日のように城の警備の問題が取り沙汰されていた。
これは隣国ティーア王国の王太子パトリックの身勝手な行動が追究され、問題解決の為、パトリックが各国間を飛び回る羽目になった。
仕事で忙殺されている筈なのに何処か恍惚とした表情であったのは恐い。
アナベルが面倒臭いと王太子にも関わらず、結婚式は身内だけのこじまりしたものを挙げると表明された。
しかし国内の貴族達からの猛反発を受けた。説得する為、アナベルが直々に貴族達の元へ赴いた。
後日、反発していた貴族に会うことができたジルベルトは顔がボコボコになっているのを訝しんでいた。
二人の結婚式に出席したのは、結局二人の両親だけだった。これは国内の貴族達が挙って出席する旨を告げたが、アナベルが他の者が信用できないと強く抗議し、これを認めるしかなかった。
「…………君達さぁ」
呆れた顔のグレンが礼服姿で腕を組んで、今日結婚した二人を見遣る。
「若いって素晴らしいですわね」
こちらも結婚式用に着飾った王妃がおっとりと微笑んでいる。栗色の髪は複雑に結われ、ティアラが乗っている。
娘と同じ藍色の瞳は若い二人を優しく見詰めている。
「ふふふ。私は嬉しいのだけどね」
真っ白なウェディングドレスに身を包んだアナベルが幸せそうに微笑んでジルベルトに抱き付いている。
「子供が出来たらどうするんだ!?」
「良いじゃありませんか。孫が生まれるんですよ。私は楽しみですわ」
連日連夜、夫婦になっていない二人だったが、寝室を共にするようになり、王宮の侍女達は仲睦まじい様子に浮かれていた。すわ世継ぎが早くも誕生か!などという噂まであり、その噂はグレンやナルサスにまで届いていた。
勿論、王妃であるソフィアの耳にも届いており、これから生まれてくる孫をどうやって甘やかそうかと考えつつ楽しそうに笑う。
「いや、だけどね…」
「なんですか?何か問題でもありますの?陛下だって婚約前に私に手を出したじゃありませんか」
ソフィアは元々、この国の侯爵家令嬢だったが、グレンが一目惚れして強引に迫り、婚約前に肉体関係を持ってしまった過去がある。
「若気の至りだったと反省してるよ」
「そうですわよね」
何故、そこまで焦ったかと言うとソフィアには他に縁談が山のように舞い込んでいたからだ。このままでは、他の誰かに盗られてしまうと考え、短慮軽率を起こした。
その後、直ぐに婚約したが、婚約期間は異例の一ヶ月という早さで終り、二人は結婚した。
グレンの溺愛振りは国民に広く知られるようになり、今でも語り種となっている。
「でも、今は幸せなので良かったと思っておりますのよ」
過去を振り返っていたソフィアが朗らかに笑う。
いつもグレンは全身で愛を示し、記念日には贈り物をかかさない。ソフィアの僅かな変化も直ぐに気付く程にグレンはよくソフィアの事を見ている。とてもマメな男なのだ。
「ソフィア…」
頬をほんのり染めたグレンが潤んだ瞳でソフィアを見詰める。
二人だけの空間は甘い雰囲気が漂い始める。そんな空気を
「………両陛下、そろそろ宜しいですか?」
ナルサスが無表情でぶった切った。グレンが不機嫌そうに顔だけを動かす。
「ナルサス…君って野暮だって言われないか?」
「言われないですね」
「では私が言ってあげるよ」
「え?逝ってくれるんですか?」
「なんか、言葉が違うように聞こえた気がするんだけど?」
完全に体もナルサスに向き直ったグレン。そんなグレン達を横目にソフィアがアナベルとジルベルトに話し掛ける。
「あの二人は置いておきましょう。アナベル、ジルベルト」
「はい、なんでしょう」
ジルベルトが緊張したように姿勢を正す。白いタキシードがよく似合っている。胸元のコサージュはアナベルが手作りで贈ったものだ。それも華美ではなく、ジルベルトの柔らかい容姿に華を添える。
「行って良いですわよ。此処は私達がいますから」
朗らかに笑ったソフィアが立ち去るように促す。その後ろで苦笑気味にジルベルトの母ベネットは頷いている。
「はい、ありがとうございます」
「じゃあね」
緊張気味のジルベルトにいつも通りのアナベルは立ち去って行った。
「ベネット」
「はい、何でございましょうか?」
「孫はどっちかしらね?男の子?女の子?貴女はどっちが良い?」
「生まれてくる子が元気ならば、どちらでも宜しいかと存じます」
「そう?……そうね」
未だに宿ってもいない子供の話で盛り上がる両親達だった。
王宮にある王太子夫妻が過ごす後宮にジルベルトは一人庭園が一望できるソファに座っていた。
季節など関係無く咲く花は色とりどりに咲き誇っている。種類も様々に植えられた花は無秩序に植えられているようで、その実、計算しつくされて、そこにあるべく植えられ全てが完璧に調和していた。
四阿には藤が絡まり、紫色の花房が垂れている。青々と繁る芝生。そこかしこで蝶が飛び交い、蜜蜂が忙しなく働き回っている。
ジルベルトが思い描く庭園を忠実に再現したような庭園が目の前にあった。
「待たせたかな?」
「ううん。庭を見入ってたから大丈夫だよ」
ジルベルトが座るソファの隣にアナベルは腰掛けた。
「ジル」
「うん?」
「私達がまだ幼い頃に私は初めて魔法を使った」
通常は魔法の素質や適性は十歳頃に現れる。それ以前に魔法を使ったアナベルが異例であったのは後に知った話だ。
「……うん」
「私は限界まで魔法を使い、精神が磨り減ってしまってね。それから長い間、ここで眠っていたんだよ」
「そうなんだ。全然知らなかったよ」
「“レナード”の名前も最近聞くようになっただろう?」
「そう言えば、そうだね」
「長い眠りから覚めてからは、君に相応しい伴侶となるべく名を伏せて、様々な経験を積んでいたんだ」
遠い過去へと思いを馳せているような藍色の瞳は誇らしげであり、憂いに満ちているようにも見える。
「君と離れている間、ここの庭をジルの為に整えたんだよ。昔から君は庭を弄るのが好きだったよね。将来の夢も庭師だと言っていたからね」
アナベルは様々な活動の合間に時間を見付けては庭の整備をしたり、花を植えたりとしていた。
全ては、この時の為、ジルベルトと一緒に庭園を観賞し、散策するのを夢見ていた。
「アナが僕の為にこんな素晴らしい事をしていたなんて嬉しいよ」
会えない期間にもアナベルがどれだけ彼を想っていたのかを知ったジルベルトは瞳を潤ませた。
幼い頃の記憶は時と共に薄れていく。忘れたくないと思っていても徐々に薄くなり、やがて思い出せない記憶となっていく。
アナは薄れる事無く、ずっとジルベルトを忘れずに想ってくれていた。
それがどんなに大変で素敵な事かジルベルトにも分かる。消えてしまった記憶の中に当時好きだったモノを思い出した。それは、記憶を取り戻す前には覚えていなかった事だった。
「ジルから貰ったパンジーも植えてあるんだよ」
そう言って、指し示してくれた先には、沢山のパンジーが植えれていた。
穏やかな風に吹かれて、パンジーが揺れている。それがなんだか笑っているようにも見える。
「え?でも、ずっと前にあげたんだよ?残ってるわけないよ」
「保存の魔法を掛けてあるから大丈夫なんだよ」
アナベルにあげたパンジーが当時のまま咲いていると言う。
枯らしたくないと思い、保存の魔法を掛けたのは、枯らしてしまえば、そのままジルベルトへの心も枯れてしまうのではないかと恐れたアナベルが保存の魔法を使ったのだ。
それ程までに彼女はジルベルトの事を忘れなかった。
「アナ」
「ん?」
「僕のとっておきの秘密を話すね」
一気に雰囲気を変えたジルベルト。瞳は潤んだままで蠱惑的な笑みを唇の端に湛え、アナベルを熱っぽく見据える。
「今更、何を隠す事があるんだい?」
悪戯っぽく笑うアナベルの肩を抱き寄せると、そっと耳元へ顔を近付ける。
耳にジルベルトの熱い息が掛かり、ビクッと反応してしまった。くすっと笑った気がするが、アナベルはそれどころではなかった。
ジルベルトはアナベルの耳に唇を当てると囁いた。
「パンジーの花言葉は『あなた《君》を想う』だよ。僕は君に一目惚れだったんだ」
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