七十話 私が目指したその背中なんですにゃ
※ミケ視点です。タイトルは誤字じゃない……にゃ
正直、私がなんでこんな所で生きているかは、私にもよくわかっていない。
久助サマは生前から戦国時代が大好きで、この世界に生きることを夢見ていて。
慶次さんはまだ生きたい、まだ戦いたいと切に願って、この世界で新しい生き様を見つけて。
彼らはそれぞれ、自分の願いを掴み取ってこの乱世を生きている。
じゃあ、私はなんでここにいるんだ? 私は……何者なんだろう?
◇◇◇
私の前世は、なんでもない普通の女子大生だった。勉強ができるのはちょっと自慢だった。運動もそれなりに。あとは漫画が好きだった。そんなふつーの女子大生。
特別日本史が好きでも、ましてや戦国時代に詳しいわけでもない。どちらかと言えば数学のほうが得意だった普通の女の子。
ちょっと違うところがあるとすれば、私には親が一人しかいなかったことくらいかな。
父親は私の記憶の中には存在していない。
私が生まれる直前に交通事故で亡くなったらしい。それ以来、お母さんは私をずっと一人で育ててくれた。
現代日本にはシングルマザーに優しくない。補助金制度やらなんやらで国から支援されているように思えるが、金があれば解決することばかりではない。
託児施設に私を預けられないから働く時間も方法も限られ、少ない収入と多大な負担に苦しみながら、それでも母は私を大人になるまで必死に育ててくれた。
私もそんな母に答えたかった。
中学生になって、自分の家庭が置かれた現状に気付いてからは、お母さんに心配をかけないように必至で勉強して、お母さんが貯めてくれたお金で高校に進学して、高校生活の全てをアルバイトと勉強に次ぎ込んで、そしてバイト代と奨学金で一流の大学に合格した。
大学生活も順調だった。四年の春には大手企業に就職も決まって、私の描いた人生設計どおり円滑に進んでいた。
あともう少しで、返せたんだ。
今までの感謝を。お母さんのたーくさんの苦労と、努力と、愛情の全てを。
『ありがとう』って。今までたーくさんありがとうって伝えることが出来たんだ。
そんな桜吹雪の舞い散る日だった。お母さんが仕事終わりに倒れたのは。
急性心不全だった。原因は過労、長年積み重ねてきた過酷な生活に、遂に体が限界を迎えた結果だった。
その後の母は長くはなかったが、たった一度だけ、意識を取り戻した時、母は私にこう言った。
「あなたの頑張りは、ずっと昔から知っていたのよ。 ごめんね、あなたの感謝を、受け取ることが出来なくて。 ダメなお母さんね。 でもね、 誰かのために頑張れるあなたは、誰かのために感謝できるあなたは、 ずっと、ずっと、私の自慢なのよ。 その胸に溜め込んだありがとうの気持ちは、いつか出会う大切な人のために使ってちょうだい。 じゃあね。 ありがとう。 わたしの大切な――― 」
母は逝った。あと一年だ。あと一年あれば、今までの感謝を。たくさんたくさん貰ってきたものを、お母さんに返せるときが来たはずだったのに。
間に合わなかった。私の願いは、私の全てはシャボン玉のようにプカプカと手の届かないとこへ浮かんで、そしてパチンッと消えてしまった。
母への恩返しをすべてに生きてきた私は、たった一人の家族と、生き方を失ってしまった。
もうすぐ社会人になるのだから、別に一人でも生きていけなくなるわけじゃない。生きる意味が無かったのだ。
生きる意味を失ったあの日から、自分がどうしていたのかは、あまりよく覚えていない。
多分死んだんじゃないかと思う。どうやって死んだのかは覚えてないけど、この世界にいるというのはそういうことだろう。そんなことは最早どうでもよかった。
そしてあの別れの日の後、初めて自分の記憶が深い深い海の底から浮かんできて、気が付いた時には、また再び、私は新しい母の腕に抱かれていた。
◇◇◇
私と久助サマの目の前に立ち、対峙する人物……望月 千代女。
二度目の生を受けたこの世界で、二度目の、そして三度目の別れの絶望から私の心を救ってくれた恩人がそこにいた。
だが今の私は織田の、滝川の忍び。そして千代女様は武田の忍び。例え恩人であろうと、例え師匠であろうと、私と千代女様は紛れもなく「敵同士」である。
久助サマと千代女様が言葉を交わし合う中、私は千代女様の表情をジッと見つめていた。
いつものようにヘラヘラとした軽い口調、でも私にはわかる。その仮面の奥に隠した本当の感情が……。
久助サマと千代女様は本当に仲が良いんだ。本当、敵同士だというのにどこでこんなに仲を深めたのだとツッこみたくなるくらい、変な関係なのである。
私は知っている。二人は本当に戦いたくないんだって。
こうやって敵同士として出会ってなければ、きっと手を取り合って、久助サマの隣に立っていたのは私じゃなくて千代女様だったんだなって。
なんかこう……、禁断の恋みたいな、おとぎ話のラブストーリーみたいで。……正直ちょっと、嫉妬しちゃう。
千代女様はニコっと笑う。私たちとの戦いを楽しそうに……それでいて、ちょっと悲しそうに。
お互いに見逃すことは出来ない。戦わない道は残されていない。
でも……、二人はそんなことを願ってはいないんだ。
二人の願いが、もし叶うのなら。
それを叶えられる者が居るとするのならば―――。
「―――久助サマ。ここはミケにお任せくださいにゃ」
「ミケ? お前……やれるのか?」
久助サマは驚いた様子だった。
「ほう? ミケ、私の背中を追いかけるだけだった貴方が、私の影を掴めますかね?」
千代女様も一瞬驚いたふうに、でもわかっていたかのように、ニヤリと笑みをみせた。
「"やれる" か "やれない" かじゃないんです。……やるんです。千代女様の相手をするのは、私しか居ない」
腰に装備した二本に飛刀を抜き、それぞれ両手に持って、右の刀を師匠に向ける。
私の大切な主様と、大切な師匠。二人の願いを叶えられるとしたら、それは私しかいない。
お母さんは言った、溜め込んできた感謝の気持ちは、いつか出会う大切な人のために使って欲しい、と。
確信できる。私がこの世に生まれ、今日まで生きてきたのは、この瞬間のためであると。
二人の大切な人に、溜め込んできた沢山の「ありがとう」を。私の全てを返すために。
私は刀を強く握りしめる。灰色だった心に炎が灯る。
今度は私の番だ。私が追い続けたあの背中を乗り越えるんだ。
「いきます、千代女様……。いえ、師匠! 貴方達の……私の願いを叶えるため、全身全霊をかけて貴女を越える!!」
1570年、秋。
己がこの世界に生まれた意味、そして時代を越えて胸に秘めた母との約束を叶える刻、ミケは一対の刀を握りしめる。
立ちはだかる最強のくノ一・千代女と、大切な主・久助の途切れかけた絆を守るため。ミケは全てをこの一戦に懸けて闇を舞うのですにゃ。
ミケ回はやたらシリアスになる……これが主人公ッ……!!
やはり主人公は美少女に限るッ……!!
ちなみにミケは熱が入ると語尾を忘れます。にゃーにゃー言うのはキャラ作りです。こっちが素。




