七十一話 絆を紡ぐ一閃 前編なんです
武田軍最強の忍びと名高い望月千代女に対峙する人影はたった一人、ミケだけである。
久助やその数人の配下は、彼らが成すべき作戦の遂行のために、彼女一人を残して先を目指した。
だが決して久助たちはミケを捨て駒として切り捨てたわけではない。
高い能力を持ちながら、戦闘任務は普段あまりしたがらないミケが、自ら戦うことを選んだ意志、覚悟。
久助はそんな彼女になら任せられると信じた。敵同士で出会ってしまった、憎めない友との運命を。必ず覆してくれると……。
千代女もその意図を察していたかのように、ミケを無視して久助たちを追うようなことはしなかった。
そして少女は対峙する。
世にも珍しい……いや、この戦国史において最初で最後になるのではないかというべき、くノ一同士の一騎打ちであった。
◇◇◇
戦闘の火蓋を切ったのはミケだ。
「(千代女様は私たちを待ち伏せしていた。ならば初手は……)」
まるで「お先にどうぞ」と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるその顔を目がけ、二本の苦無を素早く投擲する。
そしてそれと同時に、ゴルフボール程の大きさの小さな壺のような物を辺りに撒き散らした。
「ほう?」
千代女は苦無を難なく躱す。だがその苦無による攻撃は牽制に過ぎないことなどわかりきったことだ。
恐らく本命はあの得体の知れない小さな壺だろう……と思いつつ、千代女はあえてそれを見逃す。
ばら撒かれた壺は地面に落ちると、中に入っていた液体を撒き散らし、そして刹那、その瓶から激しく炎が上がった。
メラメラと燃え上がる炎は、撒かれた油によって燃え広がり、地面を覆うように敷き積もった落ち葉を灰へと変えていく。
「なるほど、考えたっすね」
まだまだ余裕な表情で千代女は呟く。可燃物を燃やしきった炎はあっという間に鎮火し、落ち葉が取り払われた地面に残されたのは……。
「撒き菱に、虎挟み……。やはり、罠の巣窟でしたね」
そう、ミケと千代女が対峙する空間に設置されていた幾つかのトラップ。
恐らく千代女が予めこの場所に設置していたのだろう。
ミケがばら撒いた謎の小さな壺、それは現代でいう『火炎瓶』をこの時代で再現した兵器だ。瓶ではないので、差し詰め『火炎壺』といったところか。
壺の中に含まれるのは、簡単に言えば燃焼材、つまり油。そして着火剤だ。
ミケはこう見えて理系の出身である。得意分野は数学であるが、化学も人並み以上に齧っている彼女にとって、この時代に存在する材料だけを駆使して、化学反応により自然着火する火炎瓶を作り出すことは不可能では無かった。
着火剤に使われる硫酸は硫黄と硝石の燃焼によって得られる訳だが、この硫黄と硝石は戦国時代においてもそれなりに手に入る化学物質である。
本来これらを硫酸・塩酸に変えて使用する技術は中世ヨーロッパの錬金術によって深まっていくものなのだが、それはまぁいいだろう。
突如火種も無しに発火、炎上した小壺に一瞬驚いた表情を見せた千代女。だがその表情からは未だに余裕の色は消えない。まるで愛弟子の成長具合を楽しんでいるように。
「よく見破ったっすね?」
「貴女の教えじゃないですか。『忍の戦は待つ事也』。待ち伏せの優位は忍び同士の戦闘に置いては絶対、ならば如何にしてその不利を取り除くかが勝利への道筋って……ねっ!」
ミケはその言葉と同時に、千代女に向かって駆けだす。顕わになった罠は最早罠として機能せず、それを巧みに避けて一気に距離を詰める。
「ハッ! 私相手に接近戦っすか? いい度胸っすね!」
迎撃の構えを見せ仕込み杖の刃を抜く千代女に、ミケは勢いのまま跳躍し、全ての力を乗せた一撃を飛刀に乗せて斬りかかる。
互いの獲物は衝突し、激しい金属音が鳴り響く。
常識的に考えれば華奢な女性にしか見えない千代女は、ミケの体当たりのような斬撃を受け止められず、吹き飛ばされるだろう。
だがそのような常識などこの戦いには通用しない。なんと千代女はミケの攻撃を仕込み杖一本で受け止めただけでなく、そのまま受けた仕込み杖を振りぬいてミケを弾き飛ばしたのだ。
「ハァッ!」
「くぅッ! なんつー馬鹿力! でもッ!」
薙ぎ払うままに宙へと弾き飛ばされたミケは、そのまま宙返りで体勢を整える。
千代女はミケの師匠なのだから、ミケは当然、彼女の戦闘スタイルも、その武器もよく知っている。
千代女の武器それは至極単純な『優れた身体能力』なのである。
そもそも、というか今更の話だが、本来忍びというものは、こうやって戦闘行為など行ったりしない。
人並み外れた身体能力で敵兵を蹂躙するのなんて創作もいいとこなのだが、恐ろしいことにこの戦国においては、その常識外れを地で行く変態共がこの乱世には何人も存在している。
これは久助が夜鷹隊などという奇怪な戦闘部隊を作りやがったために、各国もそれに合わせて隠密戦闘部隊を競うように作り上げてしまったのが原因であるのだが、まぁそれはいい。
話を戻すが、千代女もそんな『常識外れを地で行く奴ら』のうちの一人であったのだ。
『身体能力が優れている』だけという文面はなんとも地味であるが、侮るなかれ。
攻撃力、防御力、俊敏性。戦闘能力を測るありとあるゆる事柄において、武器等の道具が関係すること以外は、極論を言ってしまえば結局は全て「身体能力」が全てだ。
そしてこういった力は……接近戦闘で真価を発揮する。そう、奇襲や待ち伏せを得意とする、暗殺者の間合いだ。
基本身軽で俊敏、そして非力な隠密では、彼女に勝ち目はない。
故に無敵。故に最強。
特別な能力を持つわけではない千代女が最強のくノ一として恐れられる理由……。
それは、あの細い体のどこから生まれているのか不思議な身体能力。そして才能と経験によって形作られた技術。
それが彼女の秘密の全てであった。
一話で終わらせるの無理でした! 戦闘シーンはやっぱり筆が進みません……。
『前向き百姓は顧みない ‐ 最強従魔とほのぼの異世界牧場【辛口】』
というハイファンタジー作品を投稿しました。今のところダメそうですが、もし人気が出れば続きを執筆しようと思ってます。
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