四十七話 危機だからこそ前へ、なんです
今回は会話回で短め。あとおまけを用意しました。
その頃。
大垣城に残った信忠の元にも家康反旗の報は伝えられ、大垣城には岐阜方面に残った織田家の重鎮たちが集結していた。
彼らを纏めるのは当然、当主・織田信長の嫡男である織田信忠。そしてその補佐に、久助から使わされた佐治新助。佐和山城の包囲を続けていた、経験豊富な勇将・丹羽長秀。そして横山城の防衛についていた木下秀吉がついている。
彼らは今後の方針を定めるため、急遽集って軍議を開いていたのだ。
「……まず、我々が取れる行動を一つずつ考えてみよう」
軍議が始まると同時に、握った右手の人差し指を立てた信忠が告げる。各位はそれを静かに聞いている。
「一つ目に考えられるのは、先行した徳川軍を追って西へ向かい、徳川軍が浅井・朝倉と合流するであろう地点……、森殿が守る宇佐山城の救援へ向かうことだ」
「待ってください、信忠様。浅井・朝倉が兵を動かしているのですか!?」
長秀は驚いた表情で話を遮った。姉川の戦いの後はずっと佐和山城包囲に尽力していたので、詳しい情報は入って来ていなかったのだろう。
逆に横山城から小谷城の動きを観察していた秀吉は、浅井軍の動きをそれなりに察知していたようで、落ち着いた様子であった。
「それに関しては、一益の斥候部隊によって確認が取れている。浅井・朝倉は琵琶湖の西岸を南下して京へ向かっている。宇佐山を突破し、京を強襲しようという目論見だろう……」
信忠の予想は正しい。連合軍は京都を突破し織田信長を挟撃するため、大群をもって宇佐山城を攻めようとしている。
そして信忠は一益に教えられていた。本願寺勢までもが信長に敵対し、宇佐山を攻めようとしていることを。
「相手は浅井・朝倉、徳川、そして……本願寺の連合軍となる。我々の援軍があったとしても……戦線を打開できるかは難しいところだ」
信忠が動かせる軍勢は、信忠隊・木下隊・丹羽隊の三部隊の軍勢になる。しかし、木下隊は横山城の防衛に、丹羽隊は佐和山城の包囲に兵を割かなければならない。
将はいても、動かせる兵が不足しているのだ。
「兵を補うための策はある……が、それでも苦しい戦いにはなるだろう」
「それでも、父上の窮地を見過ごすわけには!」
苦い顔をする信忠に、長可が食って掛かる。
「無論だ。味方の窮地を放っておくなんて考えは無い。だが一つ懸念があってな……。秀吉」
「はっ。実は、連合軍の動きに合わせ、上杉軍までもが南下しているとの情報が入っていまする」
そう、越後から越前を抜け、越後の龍までもが動いていたのだ。
上杉と朝倉が同盟を結んだという噂は以前より聞いていた。それがこんな完璧な状況で動いてきたということは、やはり織田を囲む全ての軍勢が繋がっているのだろう。
「上杉が向かってきているならば、全軍を宇佐山に向けるわけにはいかん。上杉に背後を取られたら壊滅は必至だ……」
「そんな……。では、どうすれば……」
秀吉が二本の指を立てて、次の案を告げる。
「二つ目の選択肢は、宇佐山の救援を京の明智殿や柴田殿に託し、我らは全軍をもって上杉と対峙することでござる。幸い今の次期は秋。二ヶ月も粘れれば、雪国の上杉家は領地に戻って籠らざるを得ない。いくら上杉軍が強大とはいえ、持久戦に徹すれば勝機はあるでしょう。
ですが、逢坂の戦いも激戦だといいます。明智殿や柴田殿が迅速に動ける状況にあるかどうかは未知ですな……」
続けて、三本目の指を立てる。
「そして三つ目の選択肢。我が軍勢を二手に分け、北と西にそれぞれ軍を向けます。非常に厳しい戦いとなりますが、両方を防ぐにはこれしかありませんでしょう」
会議の場はざわざわと揺れる。正直、どの選択肢が正解なのかなんて信忠には、いや、誰にもわかることではない。
「(こんな時に、久助がいてくれたら……)」
この状況で、久助ならどう打開しただろうか。いつも傍で信忠を支えた右腕はいない。彼は彼で、駿河で武田との戦を強いられているのだ。
信忠はふぅっと肩の力を抜いて目を瞑る。久助はこの場を信忠に任せたのだ。信忠ならこの窮地を脱することが出来ると信じて。
「ならば、俺が皆の道を示すべきだな……!」
小声でそう呟き、信忠は己の身に気を引き締めた。
「皆、聞いてくれ」
一同は静まり、信忠に注目する。
「俺は……軍を二手に分けようと思う。無謀な作戦かもしれない。犠牲が出るかもしれない。だが、どうか俺を信じてついてきて欲しい」
ハッキリと告げる。上手くいく保障なんてない。だが、窮地であるからこそ前へと進むべきなのだ。
秀吉、長秀を始めとした家臣団は、信忠の言葉に力強く頷く。
「西方……宇佐山へは秀吉を大将とし、長可も向かってくれ。父上の窮地をお前が救うんだ」
「信忠様……わかりました!」
「そして北へは俺と長秀、新助が向かう。上杉をおびき出し、何としてでも足止めするのだ!」
この判断が吉と出るか凶と出るか。それは神のみぞ知ることだろう。
信忠軍・秀吉軍はそれぞれの部隊に分かれ、大垣城を出陣した。
かつてない苦境の戦へ、織田家の存亡をかけた決戦が幕を開ける……。
1570年 秋。
信忠は軍を二分し、連合軍と上杉の驚異から南近江を全て守り切ることを決意。
劣勢のなかで信忠の策が活路を見出すのか。それとも……。
◇◇◇ おまけ ◇◇◇
・補足情報
現在のそれぞれの勢力の動きをおさらいします。作者でもこんがらがっている状況なので……(汗
○が織田家側勢力、●が反織田家側勢力です。
~東海方面
・駿河
○滝川軍(滝川一益・蒲生氏郷・三毛)
○徳川軍(徳川信康・榊原康政・本多忠勝・酒井忠次)
○北条軍(北条氏政・北条三郎・風魔小太郎)
●武田軍(武田信玄 他)
~近江方面
・北近江
○信忠軍(織田信忠・丹羽長秀・佐治新助)
●上杉軍(上杉謙信 他)
・南近江(宇佐山城)
○森軍(森可成)
○秀吉軍(木下秀吉・森長可)
●浅井軍(浅井長政 他)
●朝倉軍(朝倉景鏡・山崎吉家)
●本願寺軍
●徳川軍(徳川家康・鳥居元忠・小笠原信興)
~逢坂方面
・摂津(野田・福島)
○織田軍(織田信長・松永久秀・明智光秀・柴田勝家・稲葉一鉄・前田利家 他)
○根来衆
●三好軍
●雑賀衆
●本願寺
漏れが無ければおそらくこんな状勢です……。
今考えると、宇佐山城の戦局って本当に絶望的ですよね。
なぜ守り切ることが出来たのか不思議でなりません。
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