四十六話 残されし若芽の覚醒なんです
「家康殿が……裏切りだとッ!?」
突然の凶報に、部隊全体に動揺が走る。徳川家康は我らが主君・織田信長と旧知の仲で、数々の戦場を共に戦ってきた戦友だったのだ。
その家康がまさか裏切るとは、誰も予想だにしていなかったのだ。
しかし、誰もが平静を失って取り乱す中、真っ先に動いたものが二人いた。久助とミケである。
「一益ゥ……きゃっ!?」
まずミケが、久助に縋りついていた五徳姫を強引に引きはがし、腕を引っ張って滝川軍の中に引きずり込む。そして久助は飛刀を抜き、刹那の瞬間に目の前に立つ榊原康政の首元へそれをあて、動きを封じた。
そして動揺する味方兵へ指示を飛ばす。
「盾槍兵、前へ! 弓や鉄砲に備えよ!!」
「なっ、滝川殿、落ち着いてくだされ……」
久助の号令で平静を取り戻した滝川軍は、すぐさま陣形を立て直して臨戦態勢をとる。
その様子に康政は驚き声を上げる。
「榊原殿、申し訳ないが、敵陣中で孤立し包囲された状態で冷静になれる程、俺は肝が据わってはいないのだ……」
久助は震えるような声で、静かにそう言った。
それもそうだ。徳川家康が反旗を翻したことにより、一転して徳川家は敵となった。
そして今居る場所は浜松城城下。まさに敵陣中のド真ん中なのだ。
そんな中で久助とミケが取った行動は、信長様の娘である五徳姫を取り戻し、人質を盾に掲げながら尾張まで撤退する。そのための至って合理的な行動であった。
「そんな……」
康政は戦慄した。
事態が掴めずに混乱しているのは滝川軍だけではない。浜松城の徳川軍も同様なのだ。
実は浜松城に「主君である徳川家康が、突如織田家に反旗を翻した」という情報が入ってきたのは、滝川軍が浜松城に到着する直前でのことだったのだ。
浜松城に残っていたのは、酒井忠次・榊原康政・本多忠勝らを始めとした徳川軍が誇る猛将たちに、徳川家康の嫡男である徳川信康であった。
彼らは当然、家康に忠義を誓った三河武士であり、家康が裏切りの道を選ぶのならばそれに従う意思はあった。
だが、彼らには何も知らされていなかったのだ。
家康が我々を浜松に置いて行ったのも変だとは思っていた。だが、主君が考えることならば、きっと意味はあるのだろうと思っていた。
だが、結果はこのザマだ。
主君は我らに何も告げずに反旗を返した。見捨てられたのだ。そして織田家との信頼関係も崩壊し、信頼していた滝川一益は目の前で自分に刃を向け、敵意に満ちた瞳でこちらを睨んでいる。
「(どうしてこんなことに……家康様……)」
万策尽きた思いであった。この状況からどうするのが正解なのか、康政には思いつかなかったのだ。
「皆の者! 刀を下ろせ! 装備を捨てよ!」
そんな絶望的な緊迫状態に光を射したのは意外にも、家康の跡継ぎにして十一歳の若き浜松城城主・徳川信康であった。
◇◇◇
俺と氏郷、ミケ、そして五徳ちゃんは浜松城城内に通されていた。
元浜松城城主・徳川信康がとった行動は、意外にも『徳川家の降伏』であった。
信康は浜松城に残された徳川軍に敵意が無いことを示し、滝川軍に対して信頼を取り戻して対話する機会を得るため、『城』と『領地』を売って誠意を見せたのであった。
この英断には俺達も度肝を抜かれた。若き城主の勇気ある決断に誰もが刀を下ろし、こうして平和的な会談を実現させて見せたのだから。
「……先ずは滝川殿。こうして会談の機会を設けていただきありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした」
「いや……とりあえずはそちらの話を聞かせてくれないか。……何が何やら、俺達も誰が敵で誰が味方かわからないんだ」
信康は「わかりました」と頷くと、浜松城であった出来事を話し始めた。
その話によると、彼らは我らと同じく、直前まで家康の裏切りを知らなかったというのだ。そして徳川家と北条家の対武田の共闘作戦に織田家の援軍が派遣されていることも知らされていなかった。
何も知らされなかった主君の謀反に、突如現れた滝川軍。
浜松城の城兵たちは滝川軍を織田家の征伐軍と勘違いして取り囲んだのだという。
「だが、全ては勘違いであるとわかった……。ならばこうして我々が争う必要はないのだと思ったのです」
「そうだな。俺達としても、できれば戦友である徳川の皆と刀を交えることはしたくなかった」
俺達としても、仲の良い忠勝や、数々の戦で共闘してきた榊原殿や酒井殿と戦うなんてしたくはなかった。こうして戦を回避できたことは嬉しく思う。
「それにしても……、我が父は何故、私たちに一言も告げずに反旗を返したのでしょうか……。しかもそれなら、忠勝たち重臣を浜松に残したことが不思議なのです」
確かに信康の言う通り、家康の行動には不可解なことが多い。
そもそも家康が今反旗を返したのは、本願寺が織田家に対して敵対を宣言し、連合軍が宇佐山城を攻めるタイミングに合わせる為だろう。
でもここで織田家を完全に叩くなら、忠勝たち徳川四天王も引き連れて京を攻めるか、浜松城に残した戦力で誘導した滝川軍を迎え撃つのが効率的で当然の選択肢だ。
家康の行動は余りに不可解なのだ。ここまで付き添ってきた主戦力の重臣たち、それに自身の跡継ぎである息子までもを切り捨てるなんてありえないだろう。
「信康殿、これは俺の推測に過ぎないのだが……」
実は、俺はこの家康の不思議な行動を証明できる説を一つだけ思いついていた。いや、思い出していた。
「家康殿は、徳川家を確実に生き残らせるために、徳川家を二つに分けたのかもしれない」
それは生き残りを賭けた、徳川家康・決死の策。
家康は将軍家や武田家から相次ぐ反旗の誘いを断り続けて織田家に従い続けてきた。だが何かのきっかけで迷いが生まれてしまったのだろう。
そのまま織田家につくか、反織田連合につくか迷った家康は、自身が反織田勢力、息子を織田家……というか滝川軍につかせることで、どちらが破れても徳川は存亡する道を選んだのだ。
これは即ち……史実において、関ヶ原の戦いを迎えた真田家がとった行動と同じことだ。
真田家は長男の信之は東軍につき、父と次男の幸村は西軍についた。関ヶ原の決戦がどう転んでも真田の家は残せるという、謀将・真田昌幸の策であった。
「だから父は……我らに滝川殿と歩む道を辿れというのですか……」
信康は頷く。
推測でしかない話だが、俺には何となく確信があった。
それは家康が最後に俺に残した言葉。
「信康はまだ幼いが、とても才能ある子であります故。信康や大切な家臣たちのことを任せますぞ」
という一言……。
きっと俺に対して、残した徳川家を託すという意味なんじゃなかったのだろうか……。
「わかりました。父上の思惑がどうであれ、私について浜松城に残った家臣たちのため、そして民たちのために戦うことに変わりはありません! 私は滝川殿を信じて戦います!」
まだ若き、遠州徳川家の新当主・徳川信康の、父との決別の瞬間であった。
こうして、突如乱世に放り出された若過ぎる新当主・徳川信康は、時代の星・滝川一益に付き従って武田と戦う道を歩み始める。
これが織田信忠・徳川信康・北条氏政と連なる三国同盟の、真の始まりなのである。
1570年、秋。
窮地の中で仲違いを免れた滝川軍と徳川軍。両者は手を取り合い、強大な敵・武田家と戦うことを決意した。
そして一方、大垣に残った信忠たちも、選択を迫られていたのです……。
試験が終わったので、また二日or三日での投稿間隔に戻します。
余談ですが、現在、私が執筆する二作品目のハイファンタジー作品「前向き百姓は省みない ~ 『なりそこない』勇者と最強従魔の異世界牧場」を誠意執筆中です。
現在二話を書き終えたところで、ある程度の書き溜めが出来たら公開しようと思っています。
コンテスト応募なども視野に入れた力作となる予定です。もう暫くお待ちください。




