四十五話 暗躍、新たな力と裏切りの影なんです
四章最終話です!
今回、久助は自軍部隊を二つに分けた。一つは滝川隊、もう一つは信忠隊である。
滝川隊は久助と氏郷やその配下、そしてミケを始めとする夜鷹隊の精鋭衆に、およそ四千の兵を率いている。
遠征軍であるため、武力や機動力に優れる氏郷の騎馬隊や夜鷹隊を編成した。
そして信忠隊は、信忠と長可と、その配下たちが率いる四千の軍団に、新助と夜鷹隊の一部を援護に付けている。
今回、徳川・北条家の援軍に向かうのは滝川隊の方で、信忠隊は大垣城に残り、南近江方面の救援に向かうためである。
当然俺は、この後の乱世がどんな展開になるのかは大体知っている。
現在、つまり1570年後半の出来事といえば、信長様や家康殿が向かった「野田・福島の戦い」。そして南近江で発生する「志賀の陣」、その最も大きな戦である「坂本の戦い」、またの名を「宇佐山の戦い」。これらの戦いが織田家を苦しめる大きな出来事となる。
先に結果を行ってしまうと、織田軍は野田・福島、そして宇佐山の両方の戦いに敗北する。
信長の軍勢を挟み撃ちにすべく進軍する浅井・朝倉連合軍が、南近江・宇佐山城を守る森可成・織田信治(信長の弟)らの軍勢と衝突。
森可成や織田信治らの将は討死するも、宇佐山城の兵は必至の抵抗を続け、宇佐山城を守り抜いた。
信長は宇佐山の将兵が命を懸けて稼いだ時間によって野田・福島の連合軍相手に和議を成立させ、なんとか挟み撃ちにされる窮地を脱する……というのが、この二つの戦いの大まかな史実の出来事である。
宇佐山の城兵は信長に対して救援を要請していたが、信長の救援は間に合わず、およそ三千の城兵で三万を超える大軍を相手にしたと言われている。
これは、宇佐山城から放たれる使者を、要所に詰めた本願寺の僧兵が狩っていたからと言われている。
つまり、宇佐山城は最初から孤立無援であったのだ。
だが、この世界にはそれを知っている俺がいる。だから宇佐山の危機をみすみすと見逃すわけにはいかない。そのために信忠たちを残してきたのだ。
厳しい戦になるだろうが、俺以上の策士の才を持つ信忠ならなんとかしてくれるだろう……。
◇◇◇
東海道を東に進んだ滝川隊は、遠江に残る徳川信康、徳川四天王の面々と合流すたるめ、掛川攻め以来の浜松城に足を運んでいた。
家康殿が大垣城を発つ前、彼は俺に「信康はまだ幼いが、とても才能ある子であります故。信康や大切な家臣たちのことを任せますぞ」と言っていた。
「思えば、一益サマを始めてみたのもこの辺りでしたっけにゃ」
「えっ? お前、あの時いたのか?」
行軍の最中、馬に跨る俺の隣を歩くミケが、懐かしそうな表情でそんなことを言い出した。
「ええ、丁度氏郷サマと団子を巡って言い争ってたのを覚えていますにゃ」
「それって、千代女と遭遇するののちょっと前じゃないか……。よく見つからなかったな」
「正直ハラハラでしたよ。どこもかしこも、武田のスパイだらけで……」
どうやら氏郷が団子を買いに行軍を抜け出した事件のことを、ミケは遠目に見ていたらしい。
「あの時の一益サマを見て、ミケは『この人のところへ行こう』って決めたんですにゃ」
「ふぅん……、そんな裏話があったんだな……」
こんな奇妙な出会いをしたミケも、今では俺が腹を割って話せる、大切な仲間の一人だ。
懐かしいなぁ……なんて思いつつ軍を進めていた時であった。
ガサガサッ! と草木が揺れる音がしたかと思ったら、一人の黒装束の大男が突如、俺の前に飛び出してきたのだ。
「ッ!?」
「ミケ、待て!」
ミケはその影に驚きつつも、すぐさま臨戦態勢をとり、その男に立ち向かおうとする。
だが俺はその男に見覚えがあり、その男が『敵ではない』と知っていたので、ミケをすぐさま止めさせたのだ。
「ァんだぁ、嬢ちゃん。殺り合う気はねェから刀を下ろしな。久しぶりだなァ、『夜雀』ェ!」
「どうも、風魔殿……」
「えっ!? 風魔っ!?」
そう、現れたのは、北条家の忍頭・風魔小太郎その人であった。
俺は以前、掛川攻めの際に彼と面識があり、その際のちょっとした戦闘の末に、何故か気に入られていたのだ。
ミケも風魔小太郎の名は知っていたようであり、伝説的な存在を目の前に、目を丸くして驚いている。
「随分と力を付けたみてェじゃねェか! その嬢ちゃんも中々優れた忍の気配がするしよォ」
「そういう風魔殿は、相変わらずの腕前をお持ちの様で……」
「……」
俺もミケも忍としてそれなりの実力者と自負しているつもりであった。しかし、この風魔小太郎の接近に気付くことはやはりできなかったのだ。
忍としての圧倒的な実力差。わかっちゃいるけど……やっぱりヘコむなぁ。
……ま、それはそれとして。
「ところで、態々ここまで顔を見に来ただけでは無いのでしょう? 何か我々に御用が……」
「あァ、そういやそうだった。氏政からお前に伝言だ。『浜松城へ急げ』だとよ」
「……浜松城に? 何かあったのですか?」
俺は風魔殿の言葉に首を傾げる。
史実では浜松城でなにかが起こるなんて事案は無かったはずなのだが……。
「……まァ、浜松城にいきゃア全てがわかるだろうよ。じゃあナ」
「あっ、ちょっとまっ……」
小太郎は俺が引き止めるのも聞かずに、颯爽と風の如く去ってしまった。
「どうします、一益サマ」
「……考えても仕方ないか。とりあえず、急いで浜松城へ向かおう」
氏政殿が態々風魔殿を寄こしてまで伝えたのだから、きっと何か重大なことがあるのだろう。
その真相を解き明かすため、俺達は急いで浜松城へ向かうことにした。
◇◇◇
「どうなってんだ……コレ……」
浜松城に到着した俺達を待っていたのは、一言で言うと「大混乱」と言うべき状況に陥った徳川家の兵たち。
慌ただしく駆け回る兵や、顔色を真っ青にしてうずくまる将、中には俺達に刀を向けようとして、仲間に諫められる者までいる。
そんな中、俺達の姿を見て、
「もう織田家の征伐軍が!? 嫌だ! 私は死にたくありません!!」
と叫ぶ声が聞こえる。アレは……五徳ちゃんか!
「五徳様! 私です、滝川一益です!」
と、彼女の元に近づき伝える。彼女と側近の者は一瞬警戒するような反応を示したものの、直ぐに俺に気付いて、安堵の表情を浮かべた。
「一益!? 一益なのですね!! 助けてください! 私たちは何も知らされていなかったのです!!」
五徳ちゃんは俺に縋りつくように、必死で俺に何かの無実を訴える。
「落ち着いてください! 五徳様! 我々にも何が何だか……」
だが俺達にも、何が起きているのか理解が出来ないのだ。
お互いに混乱するしか出来なかったところへ、漸く助け舟が現れる。
「滝川殿!? どうしてここへ……!?」
「榊原殿! 我々は家康殿の要請により、武田征伐の援軍に参ったのだが……」
「援軍の要請!? ということは、滝川殿は『何も知らされていない』のか……!?」
榊原殿は俺たち織田軍が駆けつけたことに、何故か驚きを示していた。
そして『何も知らされていない』という一言。
何かが……、何かが狂っている。
得体の知れない恐怖に、全身から悪寒による汗が噴き出る感覚がする。
「『何も知らされていない』とはどういうことなのだ! 榊原殿! 教えてくれ、何があったのだ!?」
「それは……」
榊原殿は、俺の追及にどもってしまう。
そんな時、諜報に放っていた夜鷹隊の者が、満身創痍といった状態で浜松城に飛び込んできた。
彼は息を切らせながらも俺の前までやってきて、そして膝をついた。
そしてたった一言。重大な情報をその口から告げたのであった。
「ッ……!! 報告ッ!!」
―――それは、運命の歯車が大きく狂ったことを告げる、余りにも衝撃的な報告であった。
「徳川家康殿、ご謀反ッ!」
この瞬間より、織田家の最大の危機が始まった。
そして、久助の知見を越える運命の波が、織田・徳川・北条の絆を食い破り、彼らに絶望となって襲い掛かるのである。
第四章 『1570~1570 暗躍、新たな力と裏切りの影 ~ 徳川家康』
~ 完 ~
―――さぁ、久助の知らない戦国が始まる。
ってところで四章はおしまいです。
次回は日曜の試験が終わってから取り掛かるので、また遅くなります。ごめんなさい。
それが終わってしまえば、また暫くは二日に一度更新に戻るかと思いますので……。
ブックマーク・評価が作者のモチベーションになります。よろしくお願いします。




