十九話 北条の異形なんです
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月が丁度、夜空の頂点に登った頃、俺は気配を頼りに、漆黒の林中をひたすらに進んでいた。
追跡対象は、浜松と反対の方角からやって来て、掛川城へと向かっているようだ。
武田の忍、望月千代女は俺と個人的に協力関係を築き、今回の掛川城攻めにちょっかいは出さないと約束してくれた。
彼女の言葉を信じるならば、俺が追っている人物は武田の忍ではないので、恐らく北条の者だろう。
北条で、忍。つまり恐らくは・・・。
そんなことを考えながら走っていた俺は、ちょっと油断していた。
「うわっと!?」
不意に巻かれていた撒き菱。
間一髪で飛び上がり回避は出来たものの、油断していたのでつい声を上げてしまった。
「(しまった! マズイ、気づかれたか・・・?)」
急いで呼吸を沈めて気分を落ち着かせる。
風の動きを感じ、相手の気配を探る・・・。
「(・・・ヤベッ! バレた!!)」
気配を感じ取った瞬間、その場から大きく飛び退く。
俺が居た場所には数本の苦無が突き刺さっていた。
そのままあの場所にいたら、今頃は骸を晒していたかもしれない。
"飛刀"と呼んでいる小さな直刀を両手に構え、目の前に現れた大男と対峙した。
「薄々、追ってくる気配を感じてたが・・・。お前、武田か? もしくは上杉か? っと!」
大男は指でクルクルと回していた手裏剣を投げ、同時に距離を詰めてくる。
「チィッ!!」
左手の飛刀で手裏剣を弾く。
ギィン!
高い金属音が響き、直後に右の飛刀を投げて大男を狙う。
飛刀は名の通り「飛ぶ刀」・・・、特注で作った暗器だ。
投擲用に小型で軽く作られており、意表を突いて攻撃が出来る。
その分強度が低く、勢いよく手裏剣とぶつけた左の飛刀は欠けてしまった。
投擲した飛刀は真っ直ぐと敵に向かい、こちらに向かって突っ込んできた敵に命中した。
「!?」
が、命中した瞬間、旋風が巻き起こったかと思ったら、そこには大男の装束の上着しか残っていない。
見失った!
焦って周りを見渡す。
「(・・・あっ、これはもしや!)」
急いで背中に背負う刀を抜き、背後を振り向きざまに斬り払う。
ガキィッ!!
突如背後に現れていた大男が俺の首を目掛けて振り下ろした刀とぶつかり合い、鈍い音が響き渡る。
「おっ? 俺様の『空蝉』が見切られるたぁな。そうそういないぜ?」
「クッソ・・・!! 偶然だ、こんなモンッ!!」
あっぶねぇ!! コイツ!! 空想上の忍法と言われる『忍法・空蝉の術』を地でやりやがった!
衣服などを身代わりに残して姿を眩ませる術だということを知っていたからこそ合わせられたが、
こんなもんは偶然だ! たまたま振った刀で受けられただけだ!
背筋が凍るように冷えつく。
思えば、この世界に来て初めて命の危機を真摯に感じるような場面だったのだ。
仮に大男が背後でない方向から来ていたら。刀で斬りつけるのではなく、苦無を投げられていたら。
たまたま生き延びることが出来たという事実にゾっとし、滝のような汗が止まらない。
堪らず飛び退き、距離を取る。
意外そうな顔で俺を見る大男は非常に大柄で、牙のような模様が描かれた口あてが印象的な容姿だ。
七尺二寸・・・とまではいかないが高い身長、絵だが四本の牙・・・間違いない。
「貴様・・・、いや、貴方は北条の異形・風魔小太郎殿ですね?」
「あン? なんだお前、俺様のことを知っていて手を出したのかよ」
やはり・・・、予想通り、大男の正体は北条家の忍・風魔小太郎だった。
風魔小太郎は、望月千代女や服部半蔵と並ぶ、戦国時代に実在したという信憑性が高い忍の中でもとりわけ有名な人物の一人だ。
後北条氏の祖・北条早雲の時代から北条家に仕え続け、目の前に立つこの風魔小太郎が五代目だったハズだ。
「身の丈七尺二寸、筋骨荒々しくむらこぶあり、眼口ひろく逆け黒ひげ、牙四つ外に現れ、頭は福禄寿に似て鼻高し」と、まぁとんでもない容姿が伝わっており、「北条の異形の忍」として名高かったのだ。
◇◇◇
「いえ・・・、掛川城に近づく気配がしたので、取り合えず追っていただけです。まさか風魔殿だとは思ってもいませんでした」
刀を収めた風魔小太郎に対して正直に告げ、こちらにこれ以上やりあうつもりは無い意思を告げる。
「となると、お前は今川か、徳川の者か?」
「はい、私は徳川・・・とは言っても、織田から援軍で徳川に来ている者でございます」
「ふーん・・・、よく見たらお前、まだ子供じゃねェか。その年で俺様とやり合って生き延びられるたァ、中々見どころがあるじゃねェか」
と言って、ニヤニヤと笑う。
正直、夢にまで見ていた、憧れの風魔小太郎との対面に、
本来の状況であれば嬉しくて半狂乱して喜んだであろう気がする。
だが、つい数分前に殺されかけた現状に、流石の俺もバカみたいに喜ぶ気にはとてもなれない。
「(戦国時代をナメてた・・・! 常に命の危機が付きまとう。現代とは違うって、当然じゃないか!)」
冷静を繕って風魔小太郎と会話をしているが、内心は焦りと混乱でグチャグチャだ。
今はただ穏便にこの場を済ませて無事に戻る。ただそれだけしか考えられなかったのだ。
「それで、風魔殿はどうしてここへ・・・?」
「ん? ああ、掛川城の偵察だよ。考えりゃわかンだろ」
風魔小太郎はあきれ顔で続ける。
「武田との戦いが一段落していよいよ掛川城を目指すって氏政が言うからよ。先だって俺様が様子を見に来たってワケよ。
状勢がヤバそうだったら、氏真公と早川のねーちゃんを掻っ攫って帰るのも視野に入れてな」
これだけペラペラと情報を話すのは、迂闊なのではなく、知られたところで関係ないという自信の表れだろう。
「氏真殿と早川殿の夫婦や朝比奈殿は無事です。徳川家は掛川城を力攻めで攻め落とすつもりは無く、掛川城さえ明け渡して頂ければ、身の安全も保障すると交渉中です」
俺も嘘偽りなく伝える。が、
「俺様にそれを信じろってかァ?」
と、風魔小太郎は俺を睨んで言う。
それはそうだ。真実ではあるものの、何も証明できるような情報が無い。
信じて帰ってくれと言う方が無理な話だ。
とはいえ、下手に言い訳を重ねれば、より信憑性は薄まってしまう。
「(どうすればいい、何と返せばいいんだ・・・!!)」
焦って次の言葉が浮かばない。
この場を切り抜ける、風魔小太郎に信用させるような言葉は無いのか!?
必死に言葉を探していると、風魔小太郎はハァとため息をつき、
「まぁ、こんなところで疑り合ってても仕方ねェわ。俺様の空蝉を止めたのに免じて、ここは信じてやンよ。
ま、どちらにしても氏真公に氏政が救援に向かってると伝言を伝えなきゃならねェし、掛川城へは向かわせてもらうけどな」
と言った。俺は「あ、あぁ・・・わかりました」とキョトンとしながら答えた。
「(なんか・・・上手く運んだみたいだ)」
俺はホッと息をつく。全身の緊張がほぐれ、体中の筋肉から力が抜ける感覚がした気分だった。
「もし真実だと確認して頂けたら、このことを氏政殿に伝えていただき、掛川城の開城や氏真殿の処遇、旧今川領の行方について交渉を行いたいと伝えていただきたい。お願いできますか」
「あぁ、わかってンよ。お二人さんの無事がわかれば、氏政も無理は言わんだろ」
どうやらこちらの思惑もちゃんと伝えてくれるらしい。
良かった・・・これで万事上手く行きそうだ。
そう思ってると、風魔小太郎は去り際に、
「そういやァお前、名前は?」
と聞いてきた。
驚きつつも俺は答える。
「・・・滝川。織田の滝川だ。」
「滝川・・・織田の神童・滝川一益か? お前。武士の仕事に忍の仕事も出来るたァ、天才だって噂は本当なんだな!」
驚いたような表情で風魔小太郎は言う。そして、
「一益。お前は裏の世界で戦うにはまだ力不足だ。力を付け、技を磨けば、俺様とも並べる豪の者になれンだろうよ
滝川一益の名は覚えておいてやる。次は味方として逢えるといいなァ!」
と言い、クカカと笑いながら、彼は闇夜に姿を消した。
「はぁ・・・、なんだかんだ、結果オーライか・・・」
思わず地面に座り込む。
こんなギリギリな思いをしたのは久々だ。
今まで史実に沿って余裕綽々で生きてきたから、調子に乗っていたのかもしれない。
「もっと、慎重にならないとなぁ・・・」
ここは俺の知っている戦国時代とは似てて異なるんだ。改めてそう認識させられた。
「・・・帰ろ」
ゆっくりと腰を上げ、重い足取りで陣を目指し、帰り道を歩く久助であった。
月は西へ傾き、東の空からは薄っすらと赤みを帯び始めていた。
1569年、春。
風魔小太郎との遭遇に力の差を見せつけられるも、なんとか仕事は果たした久助は、いよいよ掛川城の開城に向けて最後の交渉へ挑むのです。
次回、やっと氏政様が登場するかも・・・?
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