はれて夫婦になりました。
「幸せにな!」
「次は店はいつから開けるんだい?」
「張りきり過ぎるんじゃねーぞ!」
「カルーの手綱、しっかり握っといてくれよ?」
様々な言葉を残しながら、本日最後の客が帰って行く。最後の客はもちろんギルドの人達だ。一般の人達を帰してから、今日のパーティーでずっと働きづめだったギルドの人達に、心ばかりの酒と食事を振る舞って、感謝の意を伝える。
ギルドにしてみればいい宣伝の機会だと言ってくれたけれど、今日のこの人の多さは俺の予想を遥かに超えていて、ギルドの人達がいなければ本気で対処出来なかったと思う。
本当に感謝だ。
「夢みたいだねぇ」
ちょっと呆けたようにカルーさんが呟く。
確かに夢みたいだ。一気に人がいなくなって、俺の居酒屋は今やとても静かな空間になっていた。あの目まぐるしくも賑やかな喧騒などなかったかのようだ。
店を閉め、新居……といっても、居酒屋の二階にカルーさんも越してきただけなんだが、その新居にやっと二人で落ち着いた。ソファーに座るなり、カルーさんの瞼が重くなっている。
無理もない。
朝から仕込みを手伝って、結婚式を挙げて、締めはこの怒涛のドラゴンパーティーだ。慣れない事ばっかりの一日、疲れない方がおかしい。
「カルーさん、お風呂だけは入った方がいいですよ。お化粧、落とした方がいいでしょう?」
「う……ん……」
カルーさん自身も何とか目を開けていようと頑張ってはいるものの、襲いくる睡魔はなかなかの強敵のようだ。うとうとしかけてビクッとして起きる。またうとうとしかけてぷるぷるっと首を振る。その様子は尋常じゃなく可愛いかった。
頑張って眠気を堪えているのか、犬耳がずっとふるふると震えている。眠気が勝ってくるとちょっとずつちょっとずつ耳が垂れていって……ハッ! とした瞬間に耳まで一緒にピシッと起きる。
なんだろうこれ、癒される……。
目が離せなくてじっくり見ているうちに、ゆっくりと下がっていく犬耳を触りたい衝動が抑え切れなくなってきた。疲れているんだろうと思うと可哀相で伸ばした人差し指を何度も下ろしはしたんだが。
カルーさんがあまりにも睡魔と死闘を繰り広げるもんだから、ついに我慢の限界を迎えてしまった。
ごめん、カルーさん!
心の中で侘びながらも、カルーさんの垂れてきた犬耳を、つん、とつつく。
犬耳は、水でも払うかのようにピルピルっと小刻みに震えた。
「可愛い……」
思わず漏れた声に、カルーさんがビクッと反応する。目を開けたら俺が至近距離にいて驚いたんだろう、カルーさんはあり得ない動きでソファーからずり落ちてしまった。ああ、罪悪感が。
「カルーさん!大丈夫ですか?」
「だっ!大丈夫‼ ていうか目ぇ覚めた! お、お風呂入ってくる!」
なんだか真っ赤になって、大慌てで今日持ってきたばっかりのトランクに走りよるカルーさん。そんなに恥ずかしがらなくても……とも思うが、まぁ仕方ないのかな。
グラスを傾けつつ、カルーさんの背中をボンヤリ見ていてたら。
「っうひゃあ⁉」
カルーさんが、不思議な声を上げた。
「どうしました?」
覗きこんで見れば、カルーさんはさっきよりも真っ赤になって、口をはくはくと開けている。その赤くなった震える手には、着る意味あるのか?と疑問に思うほどスっケスケな夜着が握りしめられていた。
「……もの凄いスケスケ感ですね」
「か、か、か、母ちゃんが。母ちゃんが。勝手に、多分っ……」
だろうね、その慌てっぷりは。微笑ましくなって目を細めたら、カルーさんはますます赤くなっていく。赤さの上限ってないんだろうか。バカな事を考えていたら、カルーさんからまさかの申し出があった。
「あ、あのっ、クラちゃん、その、大事な話が」
「はい、なんでしょう?」
「あ、あの、子供、なんだけど」
「はい」
「しばらく作らないでおこうと思うんだ」
しっぽをもじもじと触りながら、言いにくそうに。別に俺的にはどっちでもいい、なんせ一週間前まで結婚のけの字も考えてなかったわけだし。ただ、なんでカルーさんがわざわざそんな事を言い出したのかには、若干興味があるかな。
「え、理由? だってアタシ、ギルグレイオス様に『クラちゃんに食材で苦労させない』って誓ったもん。お腹おっきくなったら狩りにいけないし……約束、破りたくない」
なんじゃそりゃ、とツッコんでやりたい。
カルーさんの中でどんだけ幅きかせてんだよ、ギルじいちゃん。
「大丈夫、ギルじいちゃんはそういう事では怒りませんよ。だいたいドラゴンの肉もグレブルの肉もまだまだ氷室に預けないといけないくらいあるんだから心配いりません」
「そ、そっか」
「ちなみにギルじいちゃんもマーサばあちゃんも子供大好きだから、俺、早く孫の顔が見たいって言われたけど」
「ほんと⁉」
漸く不安が払拭されたのか、カルーさんの耳がピーン!と立った。うん、カルーさんはこうでなくちゃ。
「はい。そうですねぇ、俺もカルーさんや俺にそっくりの……できれば、カルーさんにそっくりの娘が欲しいです。すごく可愛いと思うんですけど。カルーさん、欲しくないですか?」
ヤンチャでもいい、感情表現豊かな明るい子に育って欲しい。未来の娘に思いを馳せていたら、どうやらカルーさんも同じだったようだ。うつむき加減のカルーさんの瞳はもはや焦点があっていない。なんだか遠くを見ているみたいだ。
「クラちゃんにそっくりな……ちっちゃい……ちっちゃいクラちゃん」
うわごとっぽく何かぶつぶつと口ずさんでいるうちに、夢を見るようなキラキラ感が瞳に加わり、ついには頬がうっすら色づいてきた。しっぽが極上の一品を味わっている時のように、ファサ、ファサ、とゆったりした速度で持ち上がっては落ちていく。
カルーさんの頭の中では、さぞや愛らしい我が子が妄想されている事だろう。
「欲しい! 天使みたいな、ちっちゃいクラちゃん……超‼‼ 欲しい‼」
……若干俺の希望とはズレがあるが、それは仕方ないかも知れない。獣人属は多産らしいから、どっちの望みもかなうと信じよう。
「じゃあカルーさん、俺にそっくりな男の子とカルーさんにそっくりな女の子、両方産んでくださいね」
「うん、頑張る!」
「とりあえず、お義母さんに貰ったあのスケスケ、着てみます?」
ボンッと爆発したみたいに真っ赤になったカルーさんは、一拍後にからかわれた事を察知したらしく、ポカポカと俺の肩を連打してきた。
良かった、シャレにならない一発じゃなくて。カルーさんの力加減に感謝だ。
これからもカルーさんとこうして、楽しく一緒に過ごしていければいい。楽しくなってきて、犬耳のつけ根をよしよしと撫でれば、カルーさんは素直に目を細め至福の表情を浮かべてくれる。
あの豪快なプロポーズからは想定できない愛らしさだ。
ちなみに、その夜のカルーさんは、とっても可愛いかった、とだけ言っておこう。
おかげさまで完結です。
二人が結婚するまでを書いてみましたが、いかがだったでしょうか?
いつも通り、完結と同時に感想欄をあけております。
お返事は書けませので、それでも良い方はご自由に書き込んでくださいね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




