カルーさんをください。
これが『怒気』というものだろうか。
いや、『殺気』の方が正しいのか。
カルーさんの親父さんから立ちのぼる負のオーラは、肌にあたれば焼けてしまいそうなほどの熱気をはらんでいる。本気で殺されそうだが、嘘をつくわけにもいかない。これは仕方がない、覚悟を決めるか。
「申し訳ありませんが、事実です」
「く、クラちゃん!そんな馬鹿正直に!」
カルーさんもさすがに青ざめているけど、他に選択肢がなかったんだよ。だって今から縁を結ぼうとしている相手に初っぱなから嘘はつけないでしょう。
あのぶっとい腕でぶっ飛ばされたら、骨の5・6本はいってしまうかも知れないが仕方ない。
仕方……ない……カルーさん、回復魔法使ってくれるよな?俺はそうっと両足の間隔を大きくし、衝撃への構えをとった。
「よっくもヌケヌケと!このクソガキゃあ!」
親父さんの熊のような巨体が、浮いた。
身体の重さを付加した重そうな一撃が、俺の顔面目掛けて降り下ろされる。
逃げちゃダメだ!
俺は固く目を閉じて、迫り来る衝撃を待った。
……あれ?
思いの他衝撃がこなくて目を開けたら、なんと親父さんのゴッツイ腕を、カルーさんが両腕で受け止めていた。
「いったぁぁぁぁい‼」
「か、カルーちゃん!大丈夫かぁ‼」
おろおろとカルーさんの腕をさする親父さん。「急に飛び出してくるからぁ」と情けない声を出している。かと思いきや、いきなりギロっと睨まれた。
「女に守られて情けねぇと思わねぇのか!軟弱者がぁ‼」
それを言われると弱い。間違いなく俺はカルーさんより軽く10倍は軟弱者だし。今だって痛さで涙目のカルーさんに適切な処置を施せるような技能もなく、よしよしと頭や患部を撫でる事くらいしか出来ない。
「止めて父ちゃん、土下座はアタシが勝手にしたんだよ」
「勝手もくそもなかろうが!」
「だって、ギルグレイオス様だったんだもん」
「は?」
いきなり出てきたギルじいちゃんの名前に、親父さんじゃないけど俺も「は?」と思った。
「アタシさぁ、クラちゃんと結婚出来るなら、クラちゃんのお父さんから一発や二発殴られても……、なんならボッコボコにされてもいいって思ってたんだ」
そういやギルじいちゃんにそんなっぽい事言ってたな。でもその認識間違ってると思うけど。親父さんもなんかポカンとしてるし。
「でも、ギルドでさんざん危ない、ヤバいって言われてたギルグレイオス様がクラちゃんの育ての親だっていうんだもん。本気で殴られたら多分死ぬから」
カルーさんの言い分を目を白黒させながら聞いていた親父さんは、つっかえつっかえこう言った。
「ちょっと待ってカルーちゃん、ちょっとこう、色々おかしい気もするがとりあえず……ギルグレイオスって」
「あ、父ちゃんは知らないのかな?伝説のSランク冒険者、ギルグレイオス様。大事なものに手を出されたら容赦がないってこの街じゃそりゃもう有名なんだから。見たかんじはホント優しそうなおじいちゃんだったけど」
プハっ、と何処かから小さく吹き出す音がした。
キョロキョロ辺りを見回せば、どうやら音源はカルーさんのお袋さんのようだ。今もクスクスと笑いを洩らしている。
お袋さんはひとつウインクして、こう言った。
「知ってるさ。知ってるも何も、この人はそのギルグレイオスの大事な物に手を出して、シャレにならない報復を受けたひとりなんだから」
親父さんは、またもや燃え尽きたように呆然と床に座り込んでいる。耳もしっぽも脱力感が半端ない。ぺしょりと垂れて床に力なく横たわっているしっぽは可哀相なくらい生気を無くしていた。
この感情の激しい浮沈み、カルーさんとそっくり。
見ためこそゴッツイ熊みたいな親父さんだが、行動はカルーさんと驚くほど似ている。カルーさんて親父さん似だったんだなぁとなんだか頬笑ましくなってしまった。
「……ギルグレイオスか」
「うん、だからクラちゃん貰うにはもう、土下座するしかないと思って」
「ギルグレイオスなら、土下座だな」
「だよね」
なんだろう、分かり合えたらしい。二人して背中を丸めてションボリと首肯きあっているのが、妙に面白い。
「悪かったねぇ、うちの単細胞が。あれでもデッカいナリで可愛いとこもあるんだよ、許してやっておくれ」
お袋さんが苦笑混じりにそう言ってくれた。お袋さんが二人を見つめる目には慈愛の温かな光が満ち満ちている。その優しい瞳のまま、お袋さんは俺を見てあったかく笑ってくれた。
「クラウドさん、これからよろしくね。あんな娘だけど一途でまっすぐなんだ、幸せにしてやっとくれ」
「はい、絶対に」
お袋さんから結婚の了承をいただき、ホッとする。
その途端。
「にーちゃん!」
ドフっ!と音をたてて、カルーさんのヤンチャな弟君達が俺の足に飛び付いてきた。あ、しっぽが凄い勢いで振られてる。目のキラキラ感といい、美味しい物を食べた時の幸せそう感は本当に半端ないな。さすが兄弟。
「なぁなぁ、この甘いのメッチャ美味かったー!」
「もう無い~他になんかねぇの?」
「今度はショッパイのがいい」
口々にいい募る様はまるで巣で口を開けて待っている雛鳥のようだ。賑やかだがこれはこれで可愛い。今度はお袋さんからゲンコツ貰ってるし。
その時だ。
「悪りぃ!遅くなった!」
またも空間から、一人の男が現れた。




