ドラゴン様の衣食住・下
メフィストが言うには、マシロが直接戦う必要性は無く、メフィストの商社が斡旋する兵器や罠の使用。または、雇用した魔物に敵を撃退して貰えば良いとの事だ。
「現在のラティーシャ様の信用度で斡旋出来る魔物リストはこちらデス」
差し出された冊子をパラパラ捲ると、中身は枠組に名前と説明が箇条書きされた一覧表になっている。
マシロはそれを一目見て、違和感を抱いた。
「散々話した後でなんだが、日本語なんだな」
『斡旋魔物目録』と筆で書いたような漢字の表紙を微妙な顔で睨むマシロ。
だが、メフィストは。
「ノン。それにて綴るは妖精文字。読み手の望む姿に形を変える魔法の文字デス」
何ともファンタジックな事を言う。
「同様に会話の方も言語統一魔法装置『バベル』で成り立っておりますデスよ」
「魔法……魔法ね。そう言われちゃ身も蓋も無いな」
魔法の利便性に呆れに似た感嘆を吐くマシロ。
何故メフィストがこうも改まって教示するのかがわかった気がした。
この世界とマシロのいた世界では、常識の色がまるで違うのだ。
本をパラパラ捲るとスライムやミノタウロスなどのマシロも知る有名処が見当たり、精霊種と括られたページにちょくちょく名前が出ていたゴブリンの名を見つけ手を止めた。
カテゴリ。妖魔。500G。
手先が器用で安価の割りには役立つが、戦闘では心許なく雑用向け。ランクE。
その記載内容に、マシロは静かに冊子を閉じる。
ステータスはゴブリン以下。誰かが言っていた。ならば己のランクはFなのかEなのか。はたまたGなのか。下は何処まであるのか。
マシロの頭に嫌な予感が巡る。下手に優秀な魔物を雇うと己の居場所を奪われるという、嫌な予感が。
「魔物を雇わなくても暫くはある程度安全とは言えるのデスが」
「詳しく話せ」
冷や汗を流すマシロが、助け船のようなメフィストの呟きに食い付く。
ここは魔王の一拠点だった過去から、設備も整っているので、放っておいても暫くは侵入者に攻略される事は無いだろうとのメフィストの言葉を聞くなりマシロが素早く決断を口にした。
「わかった。魔物は雇わない」
「へ? 一匹もデスか?」
「ああ」
「デスが、ラティーシャ様は尋常じゃ無くお食事をお召し上がりになりますし、砦の掃除なんて一人では大変デス。ホラ、ゴブリンなんかどうデスか?」
「ゴブリンは必要ないだろ!」
「ニャッ!?」
マシロの拳がテーブルを揺らし、メフィストの言葉を掻き消した。真白の膝の上で丸くなっていたミーアがビクリと体をすくませて、マシロの顔を見上げる。
頑固親父の如き鉄の意思を見せたマシロ。
その気迫の根元にあるものは、子供の駄々に似た拙いものでしかないのだが。
「おかしな所で噛み付いてくる人デスネ……。マシロ様がそう仰るなら私から言うことは無いデスが」
マシロのせいで妙な空気が生まれているが、幸いにもメフィストはそれを気にする性格でも無い為、滞り無く話は進む。
次いで、メフィストの商社はこの世のみならず他世界に渡るあらゆる商品を取り扱っている事、果てに巣の改造。拡張や増設など工事業も手広く請け負っていると話した。
マシロがそれはもう商社じゃ無いと突っ込むと、「商いを本質とする以上商社デス」と独自の理論で胸を張るメフィスト。
そこで、マシロに一つ疑問が生まれた。
「ドラゴン様ってのは、どうやって生計を立ててるんだ?」
先程から商売の話をしているが、その出資元である処が謎なのだ。
ラティーシャの佇まいからは箱入り娘のような雰囲気しか感じられず、働いている姿はてんで想像出来ない。
そもそも、ドラゴンは働くのかと言われると疑問ではあるが。
それに対してメフィストは、「ドラゴンの主な収入源は貢ぎ物デス」と予想だにしない答え。
彼女が言うにはドラゴンを神聖視する信者や恐れを抱く者が、ご機嫌取りに竜の巣に献上する品で生計を立てているらしい。
故に、巣付近の集落の発展と竜に対する畏れがその収入を上下するのだと言う。
「話を纏めると、主の世話に、巣の管理。外敵の排除が俺の仕事か」
「後は来客時の対応などマナーを学ぶ必要があるデス。私の知り合いの気難しい方に今の貴方が対応したら、間違いなく死ッ! デスよ」
「むっ……」
「それで無くても、主に恥を掻かせては従者失格なのデス」
ケラケラと笑いながら言うメフィストに、マシロが渋い顔を浮かべる。
その時、突然ビービーと警戒を煽るような音が響いた。
「……何の音だ?」
「アララ、侵入者デス」
「なにっ!?」
「ニャッ!?」
穏やかでは無いメフィストの報告に慌てて立ち上がるマシロ。
ミーアが転げ落ちるが、ネコらしい素早い空中反転で華麗に着地する。
「越して来たばかりとは言え魔城に住むドラゴンを攻めるとは、余程のバカか余程自信がある方デスネ」
メフィストの飄々とした様に、先程言われた『この巣はそうそう攻略されない』という言葉が思い出され、そんなに慌てる状況では無いのかと腰を落ち着けるマシロ。
ミーアもその膝に再び飛び乗った。
「なんだ、大丈夫そうだな」
「いえ、超ピンチデスよ? ラティーシャ様はオネムデスし、越してきたばかりでトラップはまだ作動してません。敵はストレートにここまで来るデス」
「ダメじゃねぇか!」
「フニャアッ!?」
再び立ち上がるマシロと転げ落ちるミーア。
居心地が悪かったのか、ミーアは着地するとそのまま走り去っていった。
「どうすんだ。お前が追い払ってくれるのか?」
「残念デスが、私は社の規定で戦闘には参加出来ないのデス。部下も今日召喚されたばかりのゴブリン以下マシロ様オンリーで、八方塞がりデス」
「一言多いどころか殆ど余計だ。何か無いのか?」
落ち着いた様子で紅茶を啜るメフィストに、苛立ちを募らせるマシロ。
メフィストは「フム」と一息吐いて、「そうデスネ」と悪戯ぽく笑い、マシロへと杖を向けた。
「対策となるかは分かりませんが、ゴブリン以下のマシロ様の、隠された力を引き出す事は可能デスよ」
「俺の隠された……力?」
メフィストの失礼な口振りにも反応せず、ただ反芻するマシロ。
そのフレーズ、嫌いでは無い。
マシロは心音を上げていた。
疼くは心。マシロの秘めたる中二心。
―To Be Continued―