閑話 ドラゴン様の宝箱
この世界にはまことしやかに囁かれる七不思議があり、その一つに『ダンジョンの宝箱はどこから来る』というものがある。
まさか魔物が置いている訳でもあるまいしと笑い話にされがちなこの不可思議な現象であるが、そのまさかである。
起源は初代魔王ティアマトの時代にまで遡る。
ティアマトは各地に拠点となるダンジョンを築いたが、次々と攻略されてしまった。
その理由は、当時の人間の纏まりにあった。
人族は優れた指導者の元で商人から盗賊までもが世界の危機に一丸となり、量と質を十分に揃え、時には他国に援軍を頼み、戦力一点集中にて確実に攻略するという方策をとったのだ。
魔王からすればたまったものでは無い。
そこで、当時の四天王との会議でこんな議題が上がったそうな。
「ちょっとずつ来て欲しいんだよね」
王の意に、水の四天王ラハムは応えた。
「宝箱置いてみれば?」
宝箱の中には薬草から魔剣と様々。
これを設置する事により、欲に目が眩んだ冒険者が独り占めしようと個別にやってくると考えたのだ。
なんとも柔らか過ぎる頭を持った四天王である。スライムだったのかもしれない。
だが、効果は抜群だった。
優れた武具、魔力付与の杖、売れば遊んで暮らせる宝。奇跡の霊薬。
平民では絶対に手に入らないそれらに夢を描き、我も我もと人々が押し寄せ、それを生業とする者まで出る始末。
更には宝を巡っての仲間割れ、派生して宝箱と連携した罠、宝箱型モンスターも現れ、それらは甚大な被害を与えた。
結果を見れば、宝箱は見事に人間の足並みを乱す事に成功したのである。
これに始まる水の四天王ラハムはその数ある奇策を以て『遠謀』の異名を冠する事となるのだが、それはまた別のお話。
この語り部の伝えたい事は、それ以来のダンジョンと宝箱は切っても切れぬ関係であるという事だ。
それは、一種の文化であり矜持と言えよう。
「しかし、マシロ。我が巣には宝箱がありません! これは由々しき事態です!」
まるで鬼の首を逃がしたかのよう悔し気に言い放つゴシュジン。長々と語っていたと思えば、それが言いたかったのか。
今日は雨。野生に生きる俺達は雨の日に出来る事は無く、こんな日は侵入者も来ない。
よって、最近は調理室兼、女性陣の寝室となっている第二待機部屋にて、主だった者での今後の活動方針などを茶の肴に話し合っていたのだが……ゴシュジンが強引に宝箱に話を持っていったのだ。
「リザードマンの方でそういう物は作れんのか?」
と、ゴシュジンがカルラと命名した現リザードマンの長に聞いてみる。
カルラと言う名前から分かる通り雌らしいが、俺には背の大刀でしか他のリザードマンとの見分けがつかん。
「宝箱デスカ……」
と、カルラは顎に手を当てて悩む仕草を作る。
非戦闘員のリザードマンには、そういう工作が得意な奴がいる。
主に木を削って食器を作ったり、簡易的なリザードマン用の防具を作らせているが、少し頑張れば宝箱くらいつくれるのではなかろうか?
「拙イ物トナルデショウガ……ソレデ良ケレバ……」
「竜の巣にある宝箱が拙くてはいけません!」
カルラの答えを待っていたとばかりにゴシュジンが声を挙げる。
そんな即否定してやるなよ。カルラがへコンでしまったじゃないか。ゴシュジンらしくもない。
「メフィスト!」
「はい。ラティーシャ様」
示し合わせたように手品師が杖を振るう。
すると、豪華な装飾の施された宝箱が十二個現れた。
何故十二個なのか。そこに、作為的な物を感じずにはいられない。
「見てください。この重厚感、荘厳さ。これこそ竜の巣に相応しいと思いませんか?」
「確かに……宝箱ってわくわくしてきますね」
「フェイラン。貴方は素晴らしい感性の持ち主です」
「そうなので……御座いますか? 私にはなんとも言えませんが……」
力強く語るゴシュジンに同意するフェイラン。
言わんとしている事はわかる。宝箱ってわくわくするよな。中にはロマンが詰まっている。
が、俺はそんな中身の入っていない箱よりも、ゴシュジンの荒くした語調が気になる。
まるで強引に話を纏めてしまいたいかのような。
俺の予想では、恐らくもう……。
「ゴシュジン」
「はい。どうしましたマシロ? 素晴らしい宝箱でしょう?」
「幾らした?」
「……え? ……っと」
言い淀みながら、目線をサッと逸らすゴシュジン。
必死に頭を回転させている顔だ。
だが、その間が最早答え。俺にはわかる。このゴシュジン。既に買っている。
「手品師。幾らだ」
「十個で二万Gデスね。既に契約書にサインを頂いていますので、キャンセルの場合は二割の違約金が発生するのデス」
「メフィストっ? 裏切るのですか?」
やはりな。
しかも、一個二千Gもしやがる。ウチの高級弁当より高いじゃないか。
「値段相応の見た目の豪華さに加え、頑強な構造となっており、中位魔法が当たっても中身を守る逸品です。今なら十個買うと更に二個着いてくる七日限りのサービス期間中デスよ」
「何だそのついつい買いたくなるシステムは。それでウチのゴシュジンを騙しやがったな」
「……マシロ。お願いします。宝箱の一つも無いと、あの竜は宝箱を置く金も無い貧乏竜だと侮辱されるのです」
いや、一つじゃないだろう。セール期間に踊らされて十二個も仕入れようとしているではないか。
それに、ゴシュジンは貧乏竜どころか借金竜……とは言うまい。泣いてしまいそうだ。
「……マシロ」
ゴシュジンが縋るように見上げてくる。
うぅむ。ここまで嘆願されては困る。
そもそもがゴシュジンの為を思って金の管理をしているのに、ゴシュジンにこんな悲しそうな顔をさせてしまっては本末転倒なのだ。
それに、ゴシュジンはゴシュジンで頑張っている。
翻訳クエストでこの宝箱以上の金を稼いでいるし、この前のクエストにも付き合ってもらい、俺は窮地を救われた。
「マシロ様。私には良くわかりませんが、ラティーシャ様がこうまで仰っていられるのでしたら、たまには浪費も良いでは御座いませぬか」
「クゥ様の言う通りデスよ」
手品師。お前が言うな。
それにしても、狐娘まで賛成か。なんだか俺が悪者をしている気になってきた。
大体、買わなければ無駄に四千Gを払う事になるというのも悔しい。それならばいっそ買ってしまえと思考が誘導されていく。
どうにも手品師の手の平で踊らされている感が気に食わないが、ここで断固拒否とする鉄の心も俺は持ち合わせていない。
「わかった。ゴシュジンがそこまで言うなら俺は何も言わん」
「毎度有難うございますデス」
よって、俺には手品師のニヤニヤ顔に金貨を二枚投げるしかないのである。
「マシロ! 私は貴方を信じていました!」
「はいはい。今度からは相談してくれよ」
太陽を象徴するみたいな明るい笑顔を浮かべるゴシュジン。
結局ゴシュジンを堕とされた時点で俺の負け。
手品師には見事にしてやられた訳だ。
まぁ、それは良いとしてだ。一つ疑問がある。
「で、その豪華な宝箱に何入れるんだ?」
ピシャリ! とゴシュジンの後ろで雷が落ちた気がした。気がしただけだが。
その顔だけでわかる。
やっぱり考えてなかったんだな。




