第四話「八畳アパートの神様」
「……せまっ」
それがスイがアパートに入って最初に言った感想だった。
「悪かったね、ワンルームで。田舎の実家と違って家賃も高いんだよ」
大学の近くに立つ学生向けアパート。
八畳間に小さなキッチン。
神様を住まわせる場所としては、たぶん史上最低クラスだった。
けれどもスイは物珍しそうに部屋を見まわしている。
「うわぁ……!」
ぺたぺた床を歩き回り、カーテンを開けたり閉めたりしている。
「お風呂ある!」
「あるよ」
「台所もある!」
「あるよ」
「れいぞうこだ!」
「テンション高いな……」
すると突然、スイがぴたりと止まった。
「……ねぇ」
「なに?」
「とりいないの?」
数秒黙ってしまう。
「鳥居…? まあ家だからな」
「スイが住むから神社だよ?」
じぃーっと見上げてくる。
「欲しいの…?」
「うん…!」
根負けしてしまった。家にあるもので、何か作れないだろうか……?
幸い僕は、教職課程に籍を置く学生だ。模擬授業や模擬保育で使ったあまりのものはたくさんある。
三十分後。
「できた」
小さな赤い折り紙と割りばしを使って作った鳥居。
高さ十センチくらい。
スイが目を輝かせる。
「わあぁ……!」
「こんなんでいいの…?」
「すごい!!ちゃんと鳥居!」
スイはそれを大事そうに両手で持ち上げる。
それから部屋の隅にちょこんと置いた。
途端。
ふわ、と風が吹いた。
「………え?」
カーテンが揺れる。
窓は閉まっているはずなのに。
スイは満足そうに頷いた。
「うん!これで大丈夫!」
「え、今の何?」
「結界!」
「折り紙で!?」
「神様舐めないで!」
えへん、と胸を張る。
でもその直後、ぐうぅ……とスイのおなかが鳴った。
「……ご飯にするか。遅いから自炊はできないけど」
「する!」
コンビニ弁当を食べ終えた後、スイは机に頬杖をついていた。
「ねぇ奏」
「ん?」
「お願い事、ないの?」
「また?」
「神様だもん」
きらきらした目。
思わず苦笑しながら答える。
「そんな何個も叶えてたら疲れるだろ」
「平気だよ?」
「いや、なんか怖いな…やめとくよ」
スイはむぅっとする。
「奏、遠慮する」
「するのが普通だよ」
ベッドに寝転がった。
天井を見る。
就活は終わった。でも、急に人生が楽になったわけじゃない。
不安はまだ残っている。
ふと、冗談みたいに呟いた。
「…宝くじ一等とか当たんねぇかな。母さんが楽できそう」
「わかった!」
スイは飛び起きる。
「待て待て待て待て」
「え?」
「今のなし!」
「なんで!?」
スイは本気だった。嫌な予感しかしないこいつ……
「…そんなこともできるの?」
「できるよ!」
さらっと言う。
「幸福の神様だもん!」
どや顔。
頭を抱えた。
これは……まずい。
「駄目!!」
「えぇーー!?」
「なんか倫理的に良くないよ…」
「りんりてき?宝くじ当たるのはいけないことなの?」
「いや、そんなことないけど……」
スイは納得いかなそうに頬を膨らませる。
「じゃあ何ならいいの?」
「何ならって……」
言葉に詰まってしまう。
スイはじっと見ている。
本当に、“叶えてあげたい”と思っている顔だった。
その純粋さに、僕は自然と口角が上がる。
「そのうち、な」
「むぅ」
「今は普通でいいよ」
「普通って?」
「一緒にゲームするとか」
「げーむ!」
スイの目が輝いた。
現金な神様だな…と苦笑する。
誰もいなかった部屋が、少しだけ賑やかになった気がした。




