プロローグ 後悔しない生き方を
車に轢かれてしまった俺は、ゴロンゴロン転がった先で大の字になって倒れた。とんでもない一撃をもらったのに痛みがない。これは危険な状態だと思う。死という不吉な文字が頭の中でちらつく。
そんな大変な事態で体の心配をした方がいいはずなのに。
なぜか俺は自分の人生についてふと思ってしまった。
俺の人生って、本当にしたい事が出来ていたのか?
夢を追うなんて、最初からしてなかったんじゃないか。
小さな頃であれば、一つくらいあったはず。
なのに、忘れている。すっかり忘れている。
俺は、途中で諦めてしまったのではないか・・・。
そしたら、見上げた空があまりにも青くて、無性にムカついた。
どことなく悔しい気持ちが沸々と湧いてくる。
このまま死ねば、俺はこの世に何の成果も残せず。
後悔だけを残して去っていく気がする。
そう思ったら、最後に意地が出た。生への執念を出たんだ。眠りそうな目を強引に開け続けて、何とかして生き残ってやると思った。
でも無理だ。徐々に世界から色が消えていく。
今も暢気に輝いてるはずのお天道様。あの光も感じなくなってきた。
重くなっていく瞼に、『おら、下がるんじゃねえぞ』と念を込めてみるが、目の前の青空が黒に染まって、暗黒になっていった。
ああ、どうやら、駄目だ。
俺にも爺ちゃんの時みたいなお迎えが来たようだよ。でもこれ暗すぎて、天使じゃ来られないだろうね。こいつは死神が来るのかもしれないよ。俺の傍らに・・・。
・・・・。
あれ。中々来ないな。おいどうした。来てみろよ。死神。奪ってみろよ俺の命。俺の魂をさ。でも簡単には奪わせねえぞ。最後まで粘ってやる。そのご自慢の鎌にでも噛みついていやるからな。ガジガジ噛んで泣きついてやる。お前が嫌って言うまでな!
って、なんだか結構長い間、待ったような気がする。
なんか最後に色んな事を考える時間があるぞ。
轢かれてからだと体幹十秒くらいは経っている。
俺ってこのまま生きられるんじゃねえかって思い始めたら、ぼんやりと淡い光が向こうから迫って来た。
天使が来るのか。まだ救いがあったのか!?
と思ったら、なんか知らんけど、俺の過去の映像が降って来た。
記憶の底に封じ込めていた暗黒時代の歴史が、俺の前に晒しだされていく。
これは・・・走馬灯だ。
正直これは止めて欲しいくらいの悲しい走馬灯だ。
最近の俺じゃなくて、かつての俺。
こんなにも多く見せてくるのは何故だ?
そうか。俺は死の間際で凄く後悔したのか。
子供の頃の俺が、『おいお前、夢見た自分になってねえじゃんか。ふざけんな』
昔の自分がそう言って来たんだ。
なんでそんなにたくさんの事を諦めて生きてんだよってさ。
もっとちゃんと生きてろよって事だろうな。
がっかりされたか。子供の頃の俺に・・・。
◇
小学低学年の頃。
「僕、ヒーローになる。凄い人になって母ちゃんを守ってあげるよ」
「父ちゃん。父ちゃん。俺、魔法を出してみたい! 手から火とか水が出ないかな。目からビームでもいい」
この発言の時、両親には相手にされなかったけな。俺が馬鹿過ぎて、興味がない感じだったんだ。ずっと無視されてた。
それで、俺は全否定されたと思って悲しんでいたんだけど。
でもたしかこれには続きがあって。
「爺ちゃん。どうしたら伝説の勇者になれるの」
「そりゃ、一生懸命生きたらなれるぞ」
爺ちゃんだけはふざけないで答えてくれた。
「僕なれるんだ。どうやって?」
「なんにでも、とにかく一生懸命でいればいい。そんで、ジジイになるまで生きたら、誰もが勇者だ。いいか。ババアになるまで生きたら賢者だぞ。だから儂が勇者で、婆さんが賢者だ。どうだ。凄いだろ。ジジババコンビ」
「すげえ。爺ちゃんが勇者で、婆ちゃんが賢者なんだ! でも長生きだったら、婆ちゃんも勇者じゃないの?」
長生きして勇者になれるなら、同じくらい生きている婆ちゃんも勇者かと思ったんだっけ。
「ホホホ。それはな。婆さんの方が頭が良いからだ」
「え? 頭?」
「ああ。男は基本死ぬまでアホだからな。アホでも務まるのが勇者なんだぞ。あと見栄っ張りだからな。背伸びするのも勇者だ。お前も背伸びしとけ。ぐんぐん伸びるぞ、真っ直ぐにな」
「へえ。そうなんだ。勇者ってアホなんだ」
「そう、アホでもいいんだ。だから何にでも真っ直ぐ生きろ。なりたい者になれ。やりたい事をやれ。爺ちゃんはお前が曲がったら許さんぞ。な」
「うん!」
「爺ちゃんと婆ちゃんは二人で真っ直ぐだったからな。お前も良い子を見つけろ! そしたら強い漢になるぞ」
「うん! わかった。爺ちゃんみたいな凄い人になる」
小さな頃は、こんな可愛らしい夢を持っていた気がする。勇者・・・この世界のどこにそんな職業の奴がいるんだって気付くのはもっと後の事だ。俺って子供の頃から馬鹿だな。爺ちゃんって優しかったんだな。馬鹿な子供の話し相手になってくれてさ。
小学高学年の頃。
「ダークヒーローになる。世界の裏側で暗躍するんだ。いや、勝手に世界を救う感じでもいいかな。普通のヒーローだったら物足りないもんな」
ああそうだった。表は何も出来ないけど、裏では最強みたいな。アホな夢だった気がする。でもまだ子供だから、この程度は許容範囲だよな。
中学一年生の頃。
「俺の邪眼が開花したら、貴様はもう死んでいるぞ」
四年でだいぶ拗らせた。いずれ、その内、いつか・・・。俺の瞳には力が宿るんだと信じていたっけ。はずい。思い出すだけでも、今すぐ死にたい。なんでこんな恥ずかしい走馬灯を俺は見ているんだ。天国でも地獄でもいいんで、とにかく今すぐここから連れ出してください。天使でも死神でもいいです。お願いします。
中学二年生の頃。
「俺のこの右腕に! あの聖痕さえ浮かび上がればな。貴様らなど、けちょんけちょんなんだぞ。今のうちに精々粋がっていろ。俺に倒されるまでな」
たったの一年で、拗らせ具合が悪化した。たしか、これがきっかけで、俺がいじめられるようになったんだ。この発言のきっかけは、いじめられている子を救おうとした時の事だったな。ヒーローに憧れていた俺は正義感に駆られて、クラスメイトの前で中二的発言を堂々と言ってしまったんだっけ。それで、俺がなんか変な事ばっかり言うから、皆が気持ち悪いって言ってきたんだ。周りが段々と大人になっていく時期なのに、俺だけがいつまでも子供のままだったんだ。やっぱり中二病って危険な代物だよな。今の俺ならよく分かるよ。当時の俺は馬鹿だった。
「俺の黒龍覇が完成してしまったらな。こんなちっぽけな日本。すぐにでも消し飛んでしまうからな。今のうちに幸せを享受しておけ。愚民ども。フハハハ」
悪役のセリフじゃねえか。これ?
やっぱり馬鹿丸出しだ。
中学三年生の頃。
「くそ。俺に透視能力が宿っていたら・・・こんな問題簡単なのに」
テスト問題が透けたって、答えなんて分からないだろ。自分の頭で答えを見つけんだよ。馬鹿だろ俺。問題が解けないだけなのに、負け惜しみを言ってるわ。ああ、ああ、こんなに赤点取ってるよ。名前の欄に、常闇光月と書いてあるぞ。こいつ、ヤバいぞ。誰か病院に連れて行ってくれ。俺の名前って斎藤映次だ。ありきたりな苗字に古風な名前なんだぞ。頼む。重症すぎる!
高校一年生の頃。
「まあ、俺の力は強すぎる。反動がデカすぎるから、自分の為に力を封印したのさ」
体育のボール投げの時のセリフだ。本気で投げたって、10メートルくらいしか投げられないのに、かなり強がってるわ。
ああ。そうだ。この頃から、俺って中二病の症状が軽くなっていくんだ。大好きな爺ちゃんも死んで、それで別な地区の高校に行ってさ。そこには中学時代の子たちがいないから、何とか自分の中のヤバいものを押さえていたっけ。不器用なりに友達を作ろうと必死だったんだわ。
高校三年生の頃。
「ふっ。任せておけ。これくらいは朝飯前さ。ハハハ」
文化祭の時の看板だ。お前、絵が上手いから、描いてくれってクラスメイトに頼まれた時だ。段々と溶け込んではいるみたいだな。まあまあの人間になれているような気がする。だけど、これが本当の俺じゃない気もするな。本来の自分じゃない自分を演じて、皆の仲間に入れてもらってる感じだ。
大学二年生の頃。
「俺の彼女になってくれるんですか! ありがとう。これから大切にします」
二十歳の頃に普通の恋愛を頑張ったんだ。初めての彼女には、黒歴史だけは見せないようにしていたっけ。だから本当の自分を見せないように必死だったから、長続きしなかったのかもしれないな。心から通じ合う・・・気が合うって感じじゃなかったのかも。
大学四年生の頃。
「就職先・・・全然見つからねえ。ヤバいな」
何十回挑戦しようとも、一つも受からない。やはり、世の中が俺を拒絶してって考えていた時期だ。いや、本当の自分を隠していたから、心ここにあらずが面接中に見抜かれたのかもしれないな。この頃の俺の目って死んでるわ。あの頃の方が目を輝かせていたよ。
俺の人生って、上手くいかない事ばかりだったな。だからさ。もしかしてだけどさ。どうせだったらだよ。俺って夢に向かって走っておけば違ったんじゃないか。それが上手くいってもいかなくてもさ。満足できる人生だったかもしれないよ。人生一度きりなんだ。一回でもいい。何か夢に向かって走っておけば、何かを掴めたのかもしれない。たとえ夢が叶わなくてもさ・・・。
俺の死因が交通事故のように。
死に方にだって、色んなバリエーションがあるんだから、生き方にも違いがあっていいはずだ。
どんな趣味を持とうとも、どんな考えをしようとも、人が人の生き方にケチをつけちゃいかんでしょ。
俺の親父やお袋のように、誰かの生き方を否定しちゃいけないんだ。
迷惑を掛けないのであれば、どんな生き方をしてもいい。俺はここ日本で、もっと自分らしく生きてもよかったはずだ。
親からも他人からも白い目で見られようが、いじめられようが。
俺は俺らしく。
中二病を全開にすればよかったんだよ。
恥ずかしがることなんてない。だってそれが自分だったんだからさ。
そう言えば、俺。ジジイになるまで生きてねえから、勇者になれなかったな。
爺ちゃんってやっぱり凄い人だったんだ。100近くまで生きただろ。最強の勇者じゃねえか。カッコよかったな俺の爺ちゃん。あの人みたいになりたかったな。
俺もそれくらいまで・・・ああ、そうだよ。もし来世をもらえるなら。
もう一度生きるチャンスがあるのなら。
俺は・・・。
今度こそ自分の心に素直になって、俺は俺の心を爆発させてみせるよ。
自分の何かを残せるような男になってみせるさ。




