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012:第2章「領主館への招待」②

(どうして、私……こんな綺麗な馬車に乗せられているんだろう)


夢世界のレテーネ村から出発して数刻。

修道女リィナは領主から使わされた小綺麗な馬車の中で揺らされていた。

車酔いしないタイプとはいえ、舗装されていないでこぼこ道を車輪で走るため、ガタゴトと不規則な揺れが長時間続く。

「大丈夫? リィナ」

旅の経験が豊富なためか、隣に座っているカナタは全く揺れにも動じていない。

「は、はい。ありがとうございます、勇者様」

心配させまいと努めてにこりと微笑んだが、カナタはむすっと人差し指を立てると念を押す仕草をした。

「違うよね? もう一回呼んで?」

「あ……えっと……か、カナタ……さん」

勇者様を名前で呼ぶなんて恐れ多くて気恥ずかしい。

かぁっと頬が熱くなってカタコトになってしまったが、言われた本人には満足いくものだったらしい。

「うん、合格。僕たち今日は仲間なんだから遠慮は無しだからね?」




教会が半壊になった翌朝。

リィナのダイスが意図せず光った。

戦闘以外でダイスが勝手に出現するのは『クエスト』の発生によるものだ。

出た目は『2』。

とは言っても、クエストの場合は数字の大きさで善し悪しは測れない。ただのルート選択だからだ。

だが、ダイスが消える寸前、短いクエスト名が一瞬だが表示された。


――――『招待』……?


そのキーワードだけで具体的なことは何も分からなかった。

誰からの、何の目的による『招待』なのか。

けれどその疑問は、身支度を済ませて村の広場に出た途端に明らかになった。

リィナの元に領主からの使者だという女性騎士がやってきていたのだ。


「領主様が私を……?」

女神がつくったこの世界には国という制度は無いため、本来は領主という地位も設定されていない。

だが、人が密集して過ごせば自然と取り纏める者が出てくる。

村長や町長、そして、その延長線上で生まれたのが領主という役目。

女神が任命したのではなく、あくまで民の代表の一人という位置づけである。

その領主はこの東の辺境にあるいくつかの村や街を統括しているらしい。

だが、どうして単なる修道女の元へ領主の使者が現れたのか、リィナには心当たりがまったくない。

ただ、手渡された書簡には『領主館まで来るように』と綴られていただけだった。

(どう考えたって、いいクエスト……ではないよね)

そもそもリィナはこの村の周辺から外に出る気はなかった。

なのに、これはリィナを強制的に遠出させる内容だ。

領主館までは馬車で連れていってくれるようだが、それでも嫌な予感の方が上回る。

かといって、拒否することも立場的に難しいようだった。


「じゃあ、僕が護衛としてついていくよ」

そう言い出してくれたのは勇者カナタだった。

村人たちは「それがいい」と勝手に話を進めているが、皆から慕われる勇者をただの修道女である自分が護衛とするのは気が引ける。

だから遠慮しようと思ったのに。

「リィナ。星砂の水晶を」

「水晶、ですか?」

言われるままにペンダントになっている自分の水晶をカナタに見せると、彼は自分の胸にあるブローチの水晶を取り外して水晶同士をコツンと触れ重ねた。

途端、水晶から発せられた淡いきらきらとした光が二つの水晶を包んで繋げていく。まるで夏の夜空を流れる天の川のように。

「これでパーティー契約完了だよ」

「え……えぇ!?」

驚くリィナにカナタはにっこりと笑顔で応える。

「これで僕は単なる君の仲間。だから一緒に行ってもいいよね?」

半ば強引に成立した勇者とのパーティー契約にリィナは唖然とするしかなかった。


(勇者様がついてきてくれるのは心強いけれど……)


そして、言われたのだ。

勇者からのお願いでもある、たった一つの命令を。

「もう仲間なんだから、僕のことを勇者って呼ぶの禁止」

「で、でも、勇者様……」

「ダメ。名前で呼んで。そもそも僕『世界一の剣士』を目指しているのに、いつの間にか『勇者』って呼ばれて困ってたし」

どちらの二つ名も似たような意味に思えたが、彼には彼なりのこだわりがあるのだろう。

ここまで言われてしまっては従わないわけにもいかない。

「では、か……カナタ、様」

「様、いらない」

少しずつハードルを上げられてリィナはたじたじになってしまう。

憧れの存在に対して名前で呼ぶという有り難い苦行の大変さは、きっと目の前の勇者様には理解してもらえないのだろう。

現実の世界でだって、名前呼びなんて近しい人にしかしていないのに。

「か……カナタ……さん」

頬を染め、絞り出すようにどうにか口にしたリィナからの呼び名に、ようやくカナタは満足したようだった。

「うん、まぁいいか。本当は呼び捨てがよかったけど……」

「ごめんなさい! これで勘弁してください!」

これ以上は無理だと先にリィナが頭を下げると、カナタは笑って手を差し出してくれた。

仲間としての握手を。


「これから、よろしくね、リィナ」


そうして、カナタと共に出発したリィナは馬車に揺られていくつもの村と街を抜け、夕刻になってからようやく領主の館に辿り着いたのだった。




◇◇◇




「そなたがレテーネ村の修道女か。こんな遠くの地まで呼び立ててしまってすまなかった」

長身の男性の口から凜とした声が礼儀正しく響く。

ふと、学校の全校集会で聞いた生徒会長の挨拶を思い出した。


「は、初めてお目にかかります。レテーネ村から参りました。リィナと申します」

「彼女の仲間で剣士カナタです。護衛のため同行をお許しください」

通された謁見用の部屋でリィナたちは領主と対面した。

領主と呼ばれる青年は思っていた以上に若かった。リィナより三つか四つほど上だろうか。

薄茶の肩下までの髪を左肩で一つに束ね垂らし、所作にとても品がある。細身だが弱々しい印象はなく、腕などを見るに服の下は引き締まった体躯だと思われた。物語に出てくる王子様に近い印象かもしれない。

仄かに香るのは彼がつけている香水だろうか。ふわりと漂う花の香りが緊張を幾分か和らげてくれる。

そういえば、館に入る前にちらりと目にした庭園には彩り豊かな花やハーブが植えられていて目を見張った。それらから作られた香水なのかもしれない。

領主というから最初は偉い政治家みたいなイメージを抱いていたれど、実際には品行方正そうな好青年で、リィナは少しホッとした。


「堅苦しい挨拶は不要だ。領主といっても私は……」

ほら、と腰元の飾り紐を手にとって見せてくれた。

「あ……星砂の」

飾り紐の先についていたのは星砂の水晶だった。

「領主様も星の使徒なんですね?」

カナタの問いに、領主はこくりと頷いた。

「薬などを生み出す調合師のリンドだ。この世界に来て四年、領主になったのは二年ほど前から。まぁ成り行きでね」

どうやらカナタと似たケースで、村や街でクエストをこなしているうちに領主に祭り上げられたらしい。違うのは、カナタと違って「仲裁」として揉め事を解決していたからだそうだ。


「さて、リィナ殿。今回そなたを招いた理由なのだが……」

「は、はい」

リィナはごくりと息を呑む。

心当たりはないけれど、いや、あるとしたら先日の騒ぎくらいだけど、とにかく自分のせいで誰かに迷惑をかけてしまったのではないかとリィナはハラハラしていた。

だから、どんな厳しい処罰を受けるのかと胃が痛い思いをしていたのだが。

「もう夕刻だ。話は食事の時にでもしよう」

「え?」

穏やかにそう笑むと、すぐさまメイドにリィナたちの身支度を命じていた。

「既に部屋を用意してある。今夜はゆっくり泊まっていくといい」

「あ、あの、でも」

麓の街で宿をとるつもりだったリィナは遠慮しようとしたのだが、

「夕食は一時間後。ドレスアップした姿を楽しみにしているよ」

では、と領主は有無を言わさず話を終えるとすぐに部屋を出ていってしまった。

おそらく執務がまだ残っていて忙しいのだろう。

(……いい人そうだけど、ちょっと強引だよね)

上に立つ役目がある人の特徴なのかもしれないけれど、選択肢さえ与えられない状況はほんのわずかな不安を生む。

昨日の魔王のことといい、物事が強引に進んでいく感じはちょっと苦手だ。

「お腹空いてたから食事が楽しみだね。じゃあ、僕はこっちの東側の部屋みたいだから」

一方のカナタはそんな不安などは感じていないようで、素直に領主の厚意を受け取っていた。彼の純粋さを自分も見習うべきかもしれない。

「はい。では、また後で」

少しばかりの不安の影を振り払って、リィナも館のメイドに案内され、与えられた西側の客室へ緊張しながら向かうのだった。






誰もいなくなった謁見の間の窓がほんの少しだけ紐解くように開く。

隙間風しか入らなかったように見えたが、するりと小柄な影が一つ室内の棚影へ潜んだ。

「……いいタイミングで客人が来てて助かったよ」

お陰で入り込みやすかった、と影はにんまりと笑う。


――――ボクの潜入クエスト、必ず成功させてみせるからな!

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